第19話 成長と不死鳥

――煌華学園 第1アリーナ――



「次はユリの出番か。なんか真技が使えるようになったって言ってたよな?」


「……うん、言ってた。」


 購買からオレンジジュースを買って戻ってきたリンシンが相槌を打った。


「使うと思うか? 相手がほぼ同ランクのソン選手となると、普段通りの戦い方で勝てると俺は思うんだけど。」


「……同意。」 


 だよな。まぁ相手は一応にも格上だからな……油断は出来ないか。


「何の話だい?」


 トイレからアラムが戻って来た。こいつの場合は能力制御の度合いから言って、真技習得はもう少し先になりそうだな。


「お前はまだまだ弱いって話だよ。」


「嘘つけ! そんな話じゃないだろう?


 ねぇリンシン?」


「……雑魚。」


「ぐはっ!」


 なんか1人で勝手に胸を抑え始めた……。こういう時はスルーが一番だ。突っ込むと調子に乗るタイプだからな。


『会場の皆さま、お待たせしました!


 これより第2ブロック決勝戦を開始いたします!』


 アナウンスと共に入場門がゆっくり音を立てて開いていく。


『1年武術A組、城崎 百合選手


 並びに2年武術B組、ソン 南虎ナムホ選手の入場ーっ!』


 フィールドに進入する2人の手には、さっきのアッシュさんと卯月選手との試合の時と同じように《創現武装》があった。


『それでは第1ブロック決勝戦と同様に、各選手の《創現武装》の紹介をしていきます!


 まずは城崎選手の《創現武装》、紅桜です!』


『刀身に施された緋色のライン、刀を振ると残像のように空中に軌跡が残り、幻想的ですね。


 加えて本人の容姿も美しいことから、剣を交えた選手からは「あんな美しい女性と刀に斬られるなら本望だ」などという声が届いています。』


 世の中には斬られて本望だ、なんて言うやつもいるのか……。たしかにユリは美人だけど、その発想はどうだかな……。


「リョーヤ、顔が引きつってるよ? 大丈夫かい?」


「あ、ああ。平気だ。」


 俺って結構気持ちが顔に出やすいタイプなんだな……。前にユリに目が血走っていたことを指摘されたっけ。


『続きまして宋選手が持つのはハルバード型の《創現武装》、ボルガイストですね。』


『ハルバードは非常に強力な武器ですね。叩き斬る、刺す、引っ掛けるといった3つの用途を兼ね備えた武器は、世界広しといえどなかなか例を見ません。


 それを使いこなす宋選手は、10位以下のランカーに敵はいないと言っても過言ではありません。教職員の方々からも将来トップ10入りが期待される選手の1人ですね。』


 なるほど、筋肉質な体格に見合った武器だな。だとしてもあれほどの長物だ、自在に扱うのは至難の業だろう。


 とはいえユリ……無茶だけはするなよ? そう思いながら俺は拳を膝の上で握りしめた。


『どうやら両者とも準備が整ったようです。


 それでは第2ブロック決勝戦


 試合開始!』


 ブザーと歓声がアリーナに響き渡った。頑張れユリ!


「行きます!」


 ユリが翼を纏うと腰に紅桜を構え、宋選手に向かって地面スレスレを飛行し始めた。幻獣は……ここでは出さないようだ。


「はあぁぁぁ!」


 あっという間に宋選手を間合いに入れたユリは体を回転させながら、宋選手の足元を狙った一撃を繰り出した。


「ふん!」


 膝に刃が触れる直前、宋選手はボルガイストの柄でユリを弾き返した。さながら豪速球を打った剛腕スラッガーのような一撃だ。


 ユリは防御する間もなく左肩にスイングを食らって吹っ飛び、反対側のフィールドの壁にめり込んだ。


「ユリ!!」


「……あの一撃、重い。」


『キョーレツな一撃が城崎選手に命中したぁー!


 ファーストヒットは城崎選手が取ったと思われましたが、取ったのは宋選手だぁー!』


『今の宋選手の攻撃には正直驚かされましたね。まさか柄の部分で棍のように打撃を与えるなんて……。


 やはり宋選手はボルガイスト、いや、ハルバードそのものの扱いに長けているようですね。』


 ユリは壁から脱すると、素早く幻獣を生成した。


「いい判断だね。相手に接近戦が通用しないと早々に判断して、遠距離戦に転換する。


 無駄な時間と労力を割かなくて済む点で善策と言えるね。」


 アラムが感心しながらそう言った。確かに、戦闘において判断は早いに越したことはない。


 そう考えると最初に接近戦を仕掛けたのにもちゃんとした理由があるのか。


 どちらかと言えば不得手な接近戦で相手の動きで判断した方が、得意な遠距離戦において速やかに対抗手段を展開できるからだろう。


 そしてその接近戦で分かったことが1つ。


「見た目より素早い動きができるようだな。」


 無意識に呟いた独り言にリンシンが反応した。俺が考えていることがなんとなく分かったようだ。


「……さっきのスイング?」


「ああ、格闘戦に長けたリンシンならかわせたかもしれないな。


 でもユリは格闘戦より能力戦、とくに遠距離型の能力戦の方が得意だからね。


 予想よりも宋選手に素早い動きをされて判断が遅れる、その影響で回避するのができなかったと考えると納得がいく。」


「……私との試合は接近戦だった。」


「あれは……きっと意地だと思う。ユリにもユリなりの正々堂々とした勝負を、友人であるリンシンに仕掛けていくつもりだったんだろうさ。


 んまぁ結局のところ、遠距離攻撃も使ってたけどな。」


「……じゃあ今回あの戦法は?」


 あの戦法……以前俺が教えた、幻獣の攻撃の最中に相手の不意を突いた接近戦を挑むという戦法だろう。


「あぁ……あれはまだ宋選手に通用するか俺にも分からない。


 あの人の技術がどれほどのレベルなのか、もう少し見極める必要があるかな。」


 さっきの一瞬の接近戦で得た情報だけでは、この戦法を使うべきかどうかは判断しかねるだろう。大人しく遠距離戦で―――って、何だあれ!?


「出番よ!」


 いつも通りキマイラやケルベロスなどの幻獣を選手するかと思っていたのに、生成されたのは―――


「ファーブニル、フェニックス・・・・・・!」


 お馴染みの巨大なドラゴン、そして見たことのない鷹のような巨鳥だった。朱雀とはまた違うその姿に、理由は分からないが畏怖さえ感じた。


『キター! 城崎選手の新たな幻獣が、この決勝戦でついにお披露目だぁー!


 観客席は城崎選手の十八番披露で大盛り上がりです! かく言う私も興奮してきました!』


『興奮するのは良いですけど、城崎選手は新しい幻獣の生成に成功したようですね。


 美しさの中に垣間見える得たいの知れない威圧感、一体どんな幻獣なのでしょうか?』


 《希望の闇ダークネス・ホープ》の襲撃からまだそんなに日数は経っていない。そんな短い期間の練習で新たな幻獣を生成できるようになるなんて……思った以上にユリの能力の制御は完成形に近いようだ。


 いや、もはや完成形なのかもしれない……。


「ユリさんが真技が使えるようになったって話も頷けるね。」


「あぁ……凄いな、ユリ。」


 ユリは刀先で宋選手を示し、2体の幻獣に単純だが十分な指示を出した。


「行っけぇぇ!」


 ファーブニルとフェニックスは指示に従って宋選手の元へと翼を広げて飛び込んで行く。


『ファーブニルとフェニックスが宋選手に突っ込んでいく! 


 これはまさかの決勝戦ではなかなか見られない、短時間で決着がつくパターンか!?』


 あのバカ実況! 変なフラグを立てるなよ!


 なんて思ったが時既に遅し。宋選手はニヤリと笑って2体をギリギリまで引きつけると、身体全体を大きく捻って薙ぎ払った。


「うおぉぉぉぉ!!!」


 ボルガイストから放たれた雷の刃は一瞬にしてファーブニルとフェニックスを消し去ってしまい、ユリに届く前に刃も消滅した。


 あの技はどうやら短距離の技らしい、があのファーブニルを消し去るだけの威力は十分あるようだ……。


『宋選手の雷撃がファーブニルとフェニックスに命中したぁ!


 恐るべし宋選手の雷撃! 同タイプの能力を持つ生徒の中でも、トップクラスの威力を誇るという噂も頷けます!』


「地を這え、我が雷撃!」


 宋選手はボルガイストを振り上げ、思いっきりフィールドに突き立てた。宋選手を中心に放射状にヒビが入り、雷撃がヒビを伝ってユリに襲いかかった。


「危なっ!」


 間一髪のところで飛び上がって雷撃を避けると、ユリは紅桜振ってグリフォンと朱雀を空中に生成した。


「行くよ、グリフォン、朱雀!」


 グリフォンと朱雀、そしてユリは散開すると、左右と後方からの三面攻撃を仕掛けた。


『城崎選手、幻獣と連携した三面同時攻撃を仕掛けた!


 しかし宋選手の身体能力の前に、果たして通用するのでしょうか?』


『確かに1対1では城崎選手に勝ち目はほぼ無いでしょう。


 しかし1対多数なら可能性はありますね。』


 だが宋選手は一歩も引くことなく、むしろ接近してくるのを敢えて待っているように見えた。


「俺に接近戦を2度も挑むとは―――」


 ユリと2体の幻獣が宋選手を攻撃範囲にとらえた瞬間、宋選手はボルガイストの柄を突き立てて3メートル近く跳び上がった。


「っ!!」


 ユリは返り討ちを警戒してか、素早く反転した。がグリフォンと朱雀は宋選手がいた場所で止まってしまった。


「―――愚策だったな!」


 自身の落下のエネルギーを利用し、宋選手はボルガイストを叩きつけた。大威力の一撃をまともに食らった2体の幻獣は、一瞬にして抹消してしまった。


 舞い上がった土煙とフィールドの破片の中から、宋選手は雷を纏ってユリに襲いかかった。


「ふんっ!」


 観客席にいても聞こえてくる風切り音を発しながら、宋選手はユリに雷で巨大化した刃を突き立てようとする。


『猛烈な宋選手の攻撃に城崎選手、防戦一方! スタミナ切れも時間の問題かぁ!?』


 ユリはなんとか一撃一撃をいなして回避しているのだが――どこかおかしい。まるで何かを警戒するのではなく、気にしているような……。


 まさか―――


「ユリ、左肩にダメージが……」


「……残ってる。」


「恐らくあの初撃がユリさんの肩に、何らかの継続的なダメージを与えているんだろうね。


 あの様子じゃあ、まともな剣の打ち合いはほぼ不可能だね。」


 そしてアラムの予想通りユリの動きは鈍り始め、宋選手の攻撃が紅桜に当たるたびに後退させられていった。


「終わりだ、城崎百合さんよ!」


 なぎ払いを防いだユリは、ついにバランスを崩してしまった。


「ほぉらよ!」


 回転しながら宋選手は柄でユリの腹部を打った。ただでさえ重い一撃に運動エネルギーが加わった打撃に、ユリの体はフィールドを激しく転がった。


「ぅぐ……ぁっは!!」


 やはり相当なダメージが入ったようだ。壁に当たって停止したユリは、口から血を吐いた。


 が、リタイアする様子はなくゆっくりと上体を起こした。


『うぅ……非常に見ていて痛々しいですが、試合は続行されます!』


『システムによる試合の強制停止も、選手の戦意喪失もありませんからね……』


「今のを食らってまだ諦めないか。大した根性だ、城崎百合さんよ。


 だがな、優勝と《煌帝剣戟ブレイド・ダンス》出場は俺がもらう!」


 宋選手はいかづちをボルガイストの刃に纏わせて急速接近していった。


 次攻撃をまともに食らったら、試合云々どころじゃないぞ!


「私は…あの人みたいに……リョーヤみたいに強くなりたい。だから、まだ―――」


 ユリはヨロヨロと立ち上がると紅桜を突き立て、両側面に紅く輝く炎の柱を作り出した。


「負けるわけにはいきません!」


 炎の中から紅蓮のケルベロスとキマイラを生成し、それぞれ宋選手を迎撃させた。


「小賢しい!」


 宋選手はボルガイストを振り回し、あっという間にケルベロスを両断した。


 さらに時間差で炎を吐き出したキマイラ目掛け、ボルガイストを投げつけて串刺しにした。炎から成っていたキマイラは火の粉となって散っていく。


『宋選手のボルガイストがいくつのもの戦いを経てきた城崎選手の幻獣を、いとも容易く葬った!


 ついに両者の距離は5メートルを切りました!』


『全ての幻獣を出し尽くした城崎選手には、もう幻獣を生成するだけの余力は無いでしょう……。


 それに度重なる身体への相当なダメージで、防御もままならないと思われます。


 城崎選手には申し訳ないですが、勝敗は着きそうですね。』


 無慈悲なステイザーさんの解説の通り、ユリに反撃するだけの活力は残っていないだろう……。


「〈獄雷の―――」


 障害物である幻獣を全て排除し、いよいよ宋選手が真技を発動させようと構えた時だった。


「今よ! フェニックス!!」


 ユリの掛け声とともに両者の間の地面から炎が吹き出し、消えたはずのフェニックスが姿を現した。


『ななななんということだ! 消えたはずのフェニックスが復活したぁー!?』


「なっ―――!」


 宋選手は目を見開き、口も開けっ放しになっている。はずのフェニックスが目の前に立ちはだかっているのだからな。


 しかしどういう原理で復活したのだろうか。単純にもう一度生成したのか、あるいは―――


「これで勝たせていただきます!」


 ユリがそう宣言するとフェニックスはユリの元に飛び、翼でユリを包むと同化した。


『城崎選手がフェニックスと同化したぁ! 試合はどうやらクライマックスを迎えているようです!』


「いいえ、これがフィナーレです!!」


 フェニックス――ユリはその脚で怯んで動けなくなっている宋選手を掴むと、アリーナ内を垂直に舞い上がった。


「うぉぉ!?」


 天井ギリギリの所まで上昇すると、無慈悲にも宋選手を解放した。支えが無くなった宋選手は地面に向かって自由落下し始める。


「クソぉぉぉ!」


 虚しく手足をばたつかせる宋選手に、向かってユリは紅桜の切っ先を向けて急降下していく。その姿はまるで巨大な炎の槍だ。


 ……なるほど、これがユリの真技か。


「〈不死鳥の紅焔槍ブレイズスピア・オブ・フェニックス〉!!!!」


 ユリの紅桜が宋選手の腹に突き刺さり、そのままフィールドの地面に勢い良く激突した。衝撃波と共に舞った土煙が観客の目と喉を容赦なく襲う。


『決まったぁー! 城崎選手の真技が宋選手に炸裂したぁー!


 フィールドを覆う土煙で、こちらからは試合の行方は分かりません!


 果たして、主審のジャッジは―――』


 固唾を飲んで見守るなか、ようやく土煙が晴れたフィールドで主審が上げていた旗は―――


『赤旗です!! 赤旗が上がっています!


 よって試合終了!


 第2ブロック優勝者は城崎百合選手だぁー!


 トップ10入りを期待された宋選手をねじ伏せたその実力は計り知れません! 城崎選手、堂々の《煌帝剣戟ブレイド・ダンス》煌華学園代表決定です!!』


 フィールドにはクモの巣状にヒビが入り、中心には気を失っている宋選手が横たわっている。負けたとはいえ彼も《超越者エクシード》、さすがに出血は止まっているが再起は不能だろう。


「さすがは僕らがユリさんだね。


 トップレベル相当の生徒を倒してしまうなんてね。」


「あぁ。あのフェニックスは今後ファーブニル並みの戦力になるのは間違いないだろうな。


 今回は色々驚かされたな……ほんと、さすがだよ。」


 ユリは担架で運ばれていく宋選手に付き添ってフィールドを後にした。相変わらず優しい人だな、ユリは。


 こうして試合は、ユリの隠された実力を見せつけられた形で幕を下ろした。

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