第17話 深海の竜と必中の聖矢

――煌華学園 第1アリーナ――



『会場の皆さま、並びにテレビをご覧の方々。ついにこの日がやって来ました。


 《煌帝剣戟ブレイド・ダンス》煌華学園予選の決勝戦がこのフィールドで行われようとしています!


 解説のステイザーさん、この一連の試合の見どころはどこだと思いますか?』


『そうですね。


 まず第1ブロックの校内ランク最上位の選手同士による試合は見応えあると思いますね。


 校内ランク1位のストラード選手と5位の卯月選手の戦いですから、きっと想像を絶する戦いになると思います。』


『ええ、私もその試合はとても楽しみにしています!


 ですが話によると、ステイザーさんにはもう一つ気になる試合があるとか?』


『はい。第4ブロックの坂宮選手とスクウィール選手の試合です。


 先日の《希望の闇ダークネス・ホープ》の襲撃では、坂宮選手は真技を使って《爆砕の災厄マッド・デストロイヤー》を見事撃破したらしいですね。


 一方のスクウィール選手はあの襲撃で主だった活躍は無いものの、去年の《煌帝剣戟ブレイド・ダンス》の出場者と決闘試合を行った末に勝利した、という記録があります。


 展開が全く読めないという点において、この試合もまた注目すべきでしょう。』


『なるほどなるほど。


 それでは時間になりました! 《煌帝剣戟ブレイド・ダンス》の決勝戦の開幕です!』


 わっと会場が熱狂に包まれた。いつも以上に人が集まっている気がするな。


「……暑苦しい。」


 リンシンが能力で微風を吹かせながら呟いた。こういう時リンシンの能力って便利だよな。俺の能力だと、逆に冷やし過ぎかねないからなぁ。


「きっとヒースネス中から人が集まってきてるんだよ。


 ところで修帝学園はこういう試合はしないのか?」


「うーん、僕の記憶では修帝がこういう試合をするとは聞いたことないね。」


 アラムがどこから仕入れてきたのか、うちわを扇ぎながら答えた。


 ちなみにここにいないユリは、次の試合に備えてウォーミングアップをすべく第2アリーナに行っているはずだ。


 少し間を置いて、ようやくフィールドの門が開き始めた。いよいよ試合が始まるぞ!


『3年武術A組、《深海の竜レヴィアタン》ことアッシュ・ストラード選手


 並びに3年武術B組、《必中の聖矢ホーリー・スナイパー》こと卯月 誠選手の入場だぁー!』


 大音量の歓声と共に2人がフィールドに入場する。その手には既に《創現武装》が握られていた。


『さて、ここで両選手の《創現武装》の紹介に参ります。


 まずはストラード選手の持つ槍型の《創現武装》、ハーテイルです。』


『青藍の地に、よく見ると薄い藍白の螺旋の装飾が刻まれたシンプルな槍ですね。


 優美な装飾でもないのに自然と目を引くその色は、やはり美しいという言葉がよく似合います。』


『まさに海の竜ですね! ストラード選手はハーテイルの長いリーチを生かした戦いを今回も見せてくれるのかぁー?


 対する卯月選手は弓型の《創現武装》、明星を手にしています。』


『これまでの試合、あの弓で狙われた選手は全員、あの弓から放たれた矢の餌食になっています。


 高速で追尾してくる矢を落とすか、ヒットを食らうかのどちらかしか攻略法は無いようですね。さすが必中と言ったところでしょうか。』


 でもアッシュさんは以前、銃型相手に余裕で勝利していたからな。今回も楽に勝つんじゃないのか? ―――なんてフラグは立てないでおこう。


『両選手、準備が整ったようです。


 それでは第1ブロック決勝戦


 試合……開始!』


 第1ブロック決勝戦開幕のブザーが鳴り響いた。


 と、一斉に観客席がざわめいた。なぜなら先に仕掛けてきたのが意外にもアッシュさんだったからだ。ハーテイルを両手で持ち突進していく。


『おおっと開幕速攻をかけたのは、なんとこれまで後手で戦ってきたストラード選手!


 予想外の事態に会場も驚きに包まれているようだー!』


 対する卯月選手は――どこから取り出したのか――ゆっくりと矢をつがえると、限界まで引き絞ってから放った。


 矢は真っ直ぐアッシュさんに飛んでいった―――が、当たることはなかった。まるで実体が無いかのように矢はアッシュさんをすり抜けていった。


『これはどういうことでしょうか!


 卯月選手の放った矢はストラード選手を捉えたはず! なのにストラード選手にはかすり傷一つ無いようだ!』


「リョーヤは分かってるんだろう? あのカラクリの正体を。」


 アラムがニヤッとしながら訊いてきた。そんなことわざわざ訊かなくても、俺が予想ついていることくらい分かってるくせに。そう思うと俺も少しニヤけてしまった。


「ああ、大方の予想はついてるさ。


 卯月選手のあの矢、きっとカレンさんと似たようなものだと思う。飛んできたように見えたのはおそらく幻影だ。」


「だろうね。ま、僕も同じ予想をしていたけど。」


「ただ、カレンさんが俺に使ったのは静止画の幻影だ。


 卯月選手みたいに動画として幻影を作り出すのは、多分簡単な事じゃないだろうね。」


「つまりビデオカメラと同じ原理だね?」


「ま、そうだろうな。


 動画などを大量の静止画として記録しているビデオカメラは、それら静止画を繋げることで一つの動画にしている。


 それと同じことを卯月選手がしているのであれば、カレンさんを遥かに上回る能力の持ち主だね。」


 大量の静止画幻影の生成と消去の繰り返し。相当訓練を積んでいないと得られない技術だろう。


「でも不思議に思わなかったかい? 飛んでいったはずのオリジナルの矢は、一体どこに行ったと思う?」


「そうなんだよなぁ。どこかからアッシュさんを狙ってるのかな?」

 

 するとリンシンがそれまでの俺とアラムの考えを覆す一言を口にした。


「……矢を射ってない。」


「え? なんだってリンシン?」


「……あの人、矢をつがえてすらない。」


 なるほど、リンシンは風を操る能力を持っているから空気の流れを読むことができる。だから卯月選手が矢を射てないことはお見通しなわけだ。


 ……ちょっと待て!?


「てことはあの矢、オリジナルがあるわけでもなく、正真正銘の幻影だったのか!?」


「……そうなる。」


 予想を遥かに上回っていた。そこにある物が乱反射した光を固定・操作していたのではなく、ない物をさぞ存在しているかのように光の波長を調節し、周囲に見せていたのであれば、優れた技術なんて言っていいレベルではない。


 もはや神業にも等しいレベルだ! 一般人からすれば良くわからないだろうが、壮大なようで意外と繊細な俺達の能力をもってしても神業としか言えないのだ。


 ……ん? そう考えると、水を操る能力の持ち主であるアッシュさんは幻影を見抜いたんだよな?


「やっぱりすごいな、アッシュさん。」


 ハーテイルのリーチに卯月選手が入ると、アッシュさんは薙ぎ払うように槍を振った。が、俺たちが見ていた卯月選手自体も幻影だった。


 実況のアルテットさんも興奮して声が裏返っている。


『なんと! 卯月選手だと思っていたものは幻影だったぁ!?


 本人はどこにいるんだ!?』


「……観客席からも見えない。」


「だな。となると透明化しているのか。」


 完全な幻影を作り出せるんだ。それくらいは簡単にできるのだろう。


 と、突然アッシュさんが急に防御体勢をとると、その身体が何かにぶつかったように大きく後ろに後退した。


「っ!!」


 アッシュさんは倒れないようにこらえると、今度は槍を振り回し始めた。あれは……闇雲に振っているわけではなさそうだ。何かから自分を守っているのか?


 アッシュさんの肩や足に、矢じりの擦った傷が刻まれていく。


『卯月選手、やはり強い!


 校内ランク1位を相手に、完全に一方的な攻撃を仕掛けている!』


『やはり透明化と幻影のコンボは、さすがのストラード選手でも苦戦を強いられているようですね。』


 アッシュさんの動きがだんだんと鈍くなってきた。このタイミングでスタミナが尽きてきたのか?


 ついにその膝が地についてしまった。ひどい息切れをしているようだ。


「はぁはぁはぁ―――」


 いつの間に正面から移動したのか、卯月選手がアッシュさんの背後に姿を現した。手に持っている明星には、既に新たな矢をつがえている。


「いやぁアッシュ。ボクがキミをスタミナ切れにさせたのは実に何年ぶりだろうね。


 ……いや、違うか。スタミナ切れと見せかけるその戦法を見せつけられるのは、かな?」


「ははは……そう言われるのは心外だなー……。これでもかなり疲れているんだけどね。」


「なら潔く諦めて欲しいね。ボクは今年こそ代表にならなきゃいけないんだからさ。」


「いや、僕もまだ諦めきれないよ。彼を倒すって目標はね。」


 彼って誰のことだ? アッシュさんが目標にしている人……?


「……そうだよな。アッシュ、お前ならそう言うと分かっていたよ。


 ……はぁ、仕方ないか。」


 卯月選手はそう言って後方に跳び、弓をぐっと引き絞る。するとつがえていた矢が眩く光りだした。その光は段々と強くなってきている。これはまさか―――


『これは―――卯月選手、どうやらここで真技を使うようです!』


『疲労しているストラード選手に、卯月選手の真技に耐えるだけの余力は残っていないでしょう。


 これは意外にも早々に決着がつきそうですね。』


「解説の言う通り、少し早いけどボクらの決勝戦はこれでお開きにしよう。


 このまま長話して、ボクの気づかない間に罠を仕掛けられたり、体力の回復をされちゃ困るからね。」


 矢がまるで太陽のような強烈な光を放ち始めると、卯月選手は息を止めて真っ直ぐアッシュさんに狙いを定めた。そして―――


「〈悪鬼穿つ天弓の聖矢ホーリー・ルインイビル・アロー〉!」


 卯月選手はついに矢を放った。たった1本の光る矢だったが、それはアッシュさんの胸を貫通し、背後のフィールドの壁に大穴を開けた。なんて威力なんだ!


『き、決まったー! 卯月選手の―――ってあれ? おかしいですね。


 あれほどの攻撃が胸に命中したはずなのに、試合の強制終了がされておりません! 主審は……赤旗を上げていません!』


 決闘試合やこの予選は、システムがそれ以上の試合続行が選手の生命に関わると判断すると、強制的に試合を終了される。


 またこの予選に限っては、主審によるジャッジもされる。赤旗が試合終了。挙げなければ基本的に試合続行だ。


 アッシュさんのあの傷は致命傷、いやそれ以上に死んでもおかしくない。なのになぜ終了しないんだ……?


「試合はまだ終わらないよ。


 なぜなら、僕はまだ戦えるからね。」


 胸に穴が空いたアッシュさん何事も無かったかのように立ち上がると、その身体が揺らいで消えていってしまった。


 代わりにその背後に現れたのは、傷一つないアッシュさんだった。

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