第9話 行方不明と提案

――日本 京都――



 ロビーに着くと、船付先生と武田先生がソファに座って俺達を待っていた。


「お、来たか。


 坂宮、出掛けるのは別にいいが、連絡は取れるようにしてほしいな?」


「す、すみません。以後気をつけます……。」


「反省してるならそれでよし。


 2人とも、ちょっとそこに座ってくれ。」


 言われた通り隣のソファに座ると、船付先生が神妙な面持ちで今日の夕刊の社会面をに見せてきた。


「単刀直入に訊きたいんだけど、この事件について坂宮君は何か知ってる?」


「この事件?」


 煌華学園の男子学生が行方不明、か。


 知ってるも何も俺と全く無関係じゃ―――と言いかけたところで、その男子生徒の名前が目に入った。その名前は、つい最近俺と一戦交えた人の名前だった。


「ヒューム……スクウィール……」


「そうだ、誘拐されたのは《煌帝剣戟ブレイド・ダンス》の予選でキミと剣を交えた生徒だ。


 実は俺達もこの事を学園から知らされたのは空港に着いた時でな。


 彼の周囲には特別な友人がいたわけでもなく、警察の方も事情聴取が進まないせいで捜査が行き詰まってるらしい。


 あの場で戦った程度の付き合いしかないキミに訊くのも変な話だと思うが、坂宮、何か心当たりはないか?」


 心当たりも何も、決定的なパイプを外部に持っているじゃないか。


「あの人は《希望の闇ダークネス・ホープ》と関わりがありましたよね。その線で捜査とかはしてないのでしょうか?」


「警察から具体的な捜査情報はもらっていないからなんとも言えないが、その方面で捜査はしているだろう。


 他に何か思い当たる節はないか?」


「いえ、特にないです。」


 友達どころかクラスメイトですらない俺には、それ以上の心当たりなんてなかった。


「そうか。分かった。


 後々、新しき情報が来たら知らせよう。」


「はい、分かりました。」


「よし、そしたらここからが本題だ。」


 そう言って武田先生は筋肉質な腕を組むと背もたれに寄りかかった。


 今のは本題じゃなかったのか!? 随分と重い内容だったんだけど……。


「坂宮、城崎。2人には明日のラマティス見学の際に行われる模擬戦に出てもらいたい。」


「「……え?」」


 ナニイッテルンダコノヒト?


「武田先生、それじゃ2人が全く話についていけませんよ。」


 俺とユリの呆然とした顔を見た船付先生がすかさずフォローを入れた。武田先生は「おっと、失礼」と言って咳払いすると、詳細を話し始めた。


「実は見学者に《煌帝剣戟ブレイド・ダンス》本戦出場者が2人いることを伝えたら、ラマティスの方から提案があってな。


 『是非うちのスタッフと、模擬戦としてタッグマッチをさせて欲しい』って連絡が届いたんだよ。」


「え、武田先生。俺達、タッグマッチをするんですか?」


「そうだ。


 ラマティスから派遣された者は、万が一の事態に備え基本的に2人、あるいは3人のグループで行動するようにしている。


 その実演ということでキミらとの試合を申し込んできた、というところだろう。」


「な……なるほど。」


 いやいや、勝てる気が皆目しないぞ。相手はプロだ、学生の付け焼き刃タッグでまともな試合が出来るとは到底思えない……。


「何だ坂宮、暗い顔だな。《煌帝剣戟ブレイド・ダンス》本戦出場者たる生徒が、大人との模擬戦を恐れるのか?


 とはいえ強制ではないからな。無理に引き受けてくれとは言わないさ。ただ明日までに返事はくれるように。


 さてと、そろそろ夕食の時間だ。俺はレストランの方に予約の確認をしに行かなくちゃならないから、ここらで失礼させてもらうよ。」


「……武田先生!」


 ソファから立ち上がった武田先生を、思わず大声で呼び止めてしまった。ロビーにいた他の宿泊客の視線が自分に注がれるのを感じたが、気にせず続けた。


「その模擬戦、引き受けます! やらせて下さい!」


 武田先生は振り返ると、「了解した。頑張ってくれ」と言って船付先生を連れてレストランへと歩き出した。


「リョーヤ、大丈夫?」


「あぁ、大丈夫だ。


 一瞬出ようか出まいか迷ったけど、よく考えたら貴重な経験ができるいい機会じゃないか、って思ってね。


 それに負けることを恐れて引いたら、あの人には勝てないだろうからな。せめて足掻かせてもらうさ。」


「あの人? アッシュ先輩のこと?」


「さぁな?」


 アッシュさん、確かに超えるべき壁であることには間違いない。けどその上に、越えるべき厚雲がある。


 修帝学園校内ランキング1位、直江巧真。この人を超えない限り、俺は最強の《超越者エクシード》にはなれないだろう。


「絶対超えてやるさ。」




 それから数十分後、ロビーに併設されているバイキングレストランで俺達は食事を取ることになった。のだが―――


「……で、なんでまた霧峰がこのテーブルにいるんだ?」


「うーん、来たかったから?」


「そうか。


 ってそんな軽いノリで来れるわけないだろ!? 席はクラスごとのはずなのに、なんでこの席にいるんだよ?」


「ちゃんと船付先生に許可もらったし、それにあたしがいると何か不都合でも?」


「うぅ……いえ、ないです。」


 霧峰は「よろしい」と言うと、早速よそってきたローストビーフを口にした。


「んん〜! このお肉美味しい! ゆりっちも取ってきた?」


「うん、取ってきたよ! 確かに美味しいね!


 あ、リンシンちゃん、そのパスタすごく並んでなかった?」


「……ううん。並んでたのはその隣の料理。」


「でも、列がそのパスタの前にもかかってたよね?」


「……列をかき分けた。」


「えぇ!? それはあまり良くないよ! 迷惑になっちゃうじゃん!


 今度からはちゃんと列に並ばないと。」


 列に並ぶ? どうやらユリは少々勘違いをしてるみたいだな。


「ユリ、実はリンシンの行動は別に間違ってないんだよ。


 列になっていたのは隣の料理で、パスタじゃないんだとしたら、その列に並ぶ必要はないんだよ。」


「で、でもその列に並んでる人が、並びながら他の料理を取ってるのを見たことあるよ?」


「それはそのバイキングレストランのスタイルにもよるね。


 順路が決まっている形式なら確かに並びながら取る必要があるけど、順路が決まってない形式なら何かに並びながら別の料理を取るってのは、逆にそれを取りたい人の迷惑になりかねないんだよ。」


「じゃ、じゃあ列の向こう側にある料理を取りたい時は―――」


「一言『これに並んでるんじゃないんですよね?』とでも言って確認してから取ればいいと思うよ。」


「そうだったんだ! 初めて知った!」


 ま、これを知らないオバサンやオジサン、ご老人からすれば、非常識な若者扱いされかねないけど、正しいことをしているのはこっちなんだからな。気にする必要は実際ないんだよなぁ。


「さてと、御二方。何やらマナーについて議論していたようだけど、その間にあたしはワンプレート食べ終わったからね。


 おかわりいってきまーす。」


「早いな!? 食いすぎは太るぞ?」


「うっ……さ、坂宮! あんたに言われなくとも分かってるって!」


 「ふんっ」と言ってローストビーフの乗っていた皿を持って行こうとした霧峰に、リンシンが指摘をいれた。


「……京、お皿は持っていかない。」


「〜〜っ!」


 鋭い指摘を2発食らった霧峰は、逃げるように追加のローストビーフを取りに行った。

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