第7話 初戦と翻弄
――煌華学園 学生寮――
1日目の試合はすべて終了し、明日に向けて集中したいと言って、1人で食事をしてから自分の部屋に戻った。
「さてと、まずは―――」
俺は携帯を取り出して母さんと父さん、そしてアキに明日の試合のことを伝えた。トーナメント発表の時に伝えそびれてたから初耳なはずだ。
『明日ついに初戦です。頑張ってきます。』
3人とも同じ文面かつシンプルだが、まぁいいか。メールを送り、さっさとシャワールームに向かった。
シャワーを浴びながら明日のイメージトレーニングをしてみた。抽象的にでもいいからしておかないと、ソワソワして落ち着かない……。
「まずは相手の出方をうかがいつつ、監獄の準備をしておくか。
遠距離戦が得意なら逆に接近した方がいいのか? いや、当然その対策もしているだろう……。
あーー! 難しい!」
1つとはいえ相手は格上、しかも能力の詳細は分かっていないときた。果たして勝てるのか……?
いや、勝たなくちゃいけない。ここで負けたら優勝なんて―――
シャワーから上がって着替えていると、携帯に着信が入った。母さんからだ。通話ボタンを押して机に歩いていく。
「もしもし母さん?」
「あ、涼也? メール見たよ?
明日頑張ってね? テレビ越しにしか応援できないけど、荏柄天神に当日祈願もするつもりだから!」
「いや、荏柄天神って学問の神社だよね!? 明日のことよりも母さんのことの方が心配になってきたよ……。」
「大丈夫、突っ込みはお父さんに任せてるから!」
いやそういう問題じゃないんだよなぁ……。
わざとなのか天然なのか分からないボケに苦笑していると、母さんが改まって「涼也?」と呼んできた。
「あなたは私達の息子よ。誰にも負けたりなんかしないわよ、ね?」
空港でのあの心配性が嘘のように、自信に満ちた口調だ。電話越しでもその様子が伝わってくる。
「もちろん、俺は負けないさ!」
「うん、その言葉が聞けてよかった。
でもやっぱり心配だから靖国神社の方にも―――」
「それは戦没者慰霊だからね、母さん?」
やっぱりこの人の方が心配だわ。ま、気持ちは嬉しいからいっか。
「それじゃそろそろ寝るから、切るよ?」
「うん、頑張ってね!」
通話終了ボタンを押し、携帯をベッドに放り投げた。
ついに明日だ。絶対勝つぞ。
―――翌日。
朝食をとるべく寮の廊下を食堂に向かって歩いていると、偶然アラムに会った。ジャージ姿で首にタオルを巻いている。朝練帰りだろうか。
「おはようリョーヤ。今日は早いんだね。」
「おはよ。アラムこそ、朝練帰りか?」
「まぁね。ジャパニーズラジオ体操をね。」
いや、ラジオ体操でそこまで汗だくにはならないだろう。朝から突っ込みがいのあるやつだな。
「リョーヤはこれからどうするんだい?」
「とりあえず飯食って、それから第2アリーナでウォーミングアップするよ。
多分アラムの試合を観客席からは見れないと思うけど……。」
「そうか、それは残念だね。
でも僕が負けるはずがないから、心配はいらないよ。」
「してないから安心しろ。」
俺はそう言って拳を突き出した。アラムも拳を出し、それに合わせる。お互いの健闘を祈って、俺達は別れた。
――煌華学園 第2アリーナ――
「いいぞアラム。そのまま相手の懐に入れれば勝ちだ。」
第2アリーナ内の控え室に設置されたモニターで、一応アラムの試合を見ることができた。
同じ炎を操る相手――久留米ミクを相手に、アラムは大立ち回りをしていた。
『カシヤノフ選手、久留米選手の放つ炎をものともせず、逆に距離を確実に縮めて行く!
この男に暑いという感覚は、果たして存在するのかぁー!?』
『カシヤノフ選手も炎を操る能力の持ち主ですからね。
ここで引いたら炎使いとして名折れだ、という思いがあるのでしょうね。』
アラムは久留米選手の目と鼻の先に迫ると、久留米選手の剣を遠くに弾き飛ばした。
「はい、これで僕の勝ち。」
久留米選手が両手を上げて降参し、主審も赤い旗を上げた。
『試合終了!
勝者、アラム・カシヤノフ選手ー!
華麗に炎を避けていくその様は、まるで久留米選手の炎を操っていたかのようでした!』
ま、アラムが勝つのは当然だな。じゃなきゃ困るってもんだ。俺のライバルになる予定なんだから、格下相手の初戦は突破してもらわないと。
第1アリーナで第3ブロック第2戦の準備が行われる中、第2アリーナで選手招集のアナウンスが流れた。
『第4ブロック第2試合出場の坂宮涼也選手。
第1アリーナ選手招集所に移動してください。』
よし、とうとう俺の番だ。頼むぞミステイン。俺は白銀に輝くその剣の柄を力強く握りしめた。
――煌華学園 第1アリーナ――
『さぁーて! これから行われるのは本日注目の試合です!
第4ブロック第1試合、フィールドで対峙する2人の選手は―――』
目の前で入場門がゆっくりと開いていくと同時に、観客席から聞こえてくる歓声も大きくなっていく。
『武術3年B組、《
そして1年武術A組、《銀氷の剣士》の坂宮 涼也選手だぁー!』
門をくぐりフィールドに出ると、下から見上げる観客席は人でいっぱいだった。制服じゃない人もいるな、一般人も来てるのか?
視線を正面に向けカレンさんを見ると、いつしかの食堂で会った時よりも明らかにオーラが違うのを感じた。
あの時感じた優しそうなオーラは皆無、威圧的なオーラを放っているのがよく分かる。これがあの人の、いわゆる戦闘モードなのだろう。
『両者、《創現武装》を召喚してください。』
生徒手帳を操作してミステインを召喚した。柄を掴み、ゆっくりと構える。
対してカレンさんが召喚したのは、白い柄で剣身が鏡のように光を反射している、美しいエストックだった。
《
『それでは第4ブロック第2試合
試合開始!』
試合開始の合図であるブザーが鳴った。
のだが―――
『ど、どうしたんでしょうか?
両者ピクリとも動きませんね。』
『お互いの出方を伺っているのでしょうか? 高度な戦いによくあることですね。』
……ちがう。そんなものじゃない。漫画やアニメであるような、見えない戦いが起きているんじゃない。
動けないんだ!
あの人から出てくるオーラが、ブザーがなったあの時を境にさらに威圧的になった。
オーラは対峙する俺の細胞一つ一つを拘束し、先手を打つことすらできない。
『えっと……大会規定により、2分間の膠着状態が続いた場合、強制的に引き分―――』
アナウンスの途中で、ついにカレンさんが動いた。エストックの先を真っ直ぐ俺に向けて距離を一気に詰めてきた。
「速い!」
リンシンが追い風を受けている時以上のスピードだ。俺はとっさに氷の障壁で防御しようとしたが―――
「脆いわ。」
たった一突きであっさり粉砕されてしまった。
『カレン選手! 坂宮選手の得意技の一つ、氷の障壁をいとも簡単に破壊してしまったー!』
嘘だろ!? 今の障壁はかなり厚めに生成したはずだぞ!?
「それなら!」
足元の広範囲に氷のまきびしをばらまいた。これで動きが鈍るはず……!
だがカレンさんはまきびしを飛び越えると、俺の背後に着地した。
「残念、私を足止めするならそれこそ壁じゃないとね。」
振り返りつつ勢いを利用して剣でなぎ払ったつもりだったが、カレンさんは俺のミステインよりも細いエストックで斬撃を防いだ。
『さすがユーグリス選手、坂宮選手の反撃をその細い剣身で容易に防いだー!
それにしてもユーグリス選手のエストック、一体どれほど頑丈なんのでしょうか!?』
「私のリスタリアを甘く見ない方がいいわよ。」
「甘く見ているつもりはなかったんですけどね。
ただ少々想定以上の強度に驚いたのは事実です!」
言いながらカレンさんを突き放す。その勢いのまま後方に下がり、距離をとった。
接近戦では危険だ。となれば遠距離広範囲の攻撃で……!
ミステインを振りかざし、カレンさんの頭上に巨大な氷塊を生成する。いつしかのユリにも使った技だ。いくら何でもこの氷塊の攻撃は通じるだろう。
『おっと! 坂宮選手がフィールドに巨大な氷塊を出現させたぁー!
これには流石のユーグリス選手も回避は不可能かー?』
その時、不意に真横から凄まじいプレッシャーを感じた。プレッシャーを感じられた方を向くと、もう1人のカレンさんが迫っている光景が目に飛び込んできた。
「どういう―――!?」
とっさに屈んだおかけで致命傷は避けられたが、それでも肩に刺突の一撃を食らった。
せめてバランスを崩そうと足を払うが、カレンさんは軽くジャンプしてそれを避けてしまった。さっきのまきびしを避けたときといい、恐るべき身のこなしだ。
『い、今何が起きたのでしょうか? 実況サイドでも状況が把握できておりません!
信じられないことに、2人のユーグリス選手がフィールドに立っています!』
何らかの原理で2人いるように見せているのは明らかだ。リンシンの場合は蜃気楼と同じ原理で自らの分身を作った。ならこの人は一体?
その疑問は、氷塊が片方のカレンさんを押し潰したことで晴れた。
「なるほど、残像か!」
迂闊だった! 光を操ることができるならこの戦法も予測すべきだった……!
『ユーグリス選手は恐らく、自分に照射された照明の光を固定することで残像を生成していると思われます。
つまり、自分が乱反射した光の波長を照明の光から取りだし、進路を固定させることで、自分がいた場所に残像を発生させているわけです。
それを刹那でやり遂げてしまうユーグリス選手、強さはまさに一級品でしょうね。』
解説を聞きながら、その能力の厄介さに歯軋りした。蜃気楼なら揺らぎが発生する可能性があるが、解説の言う通りのカラクリならそれは望めそうにない。
刺突をかわされたカレンさんは方向転換すると、再び刺突を繰り出してきた。今度の狙いは明らかに右ももだ。これなら!
身体を捻って右足を引き、刺突を避けようとした。だが
「なぜ―――!」
筋肉が切断される鋭い痛みで、思わず膝を地についてしまった。カレンさんがリスタリアを構えてゆっくり近付いてくる。
「身体を捻って右足を引く動作は、左足を軸にしがち。
相手がその行動をとった時、少し剣をずらせば刺突ではなくても斬撃なら当てることはできるのよ。」
そう言いながら俺の鼻先に剣先を向けた。薔薇のトゲのように鋭い剣身が照明を反射して輝いた。
「私の勝ちね。」
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