第8話 氷翼と砲撃

――煌華学園 第1アリーナ――



「私の勝ちね。」


 カレンさんはリスタリアを突きつけてそう宣言した。


 いやだ。負けたくない。俺は―――


「……まだ、戦えます!」


 フィールドについた手から冷気を放ち、巨大な氷の柱をフィールドのあちこち大量に出現させた。カレンさんが気を取られている隙に素早く後ろに下がり、次の手を打つ。


『ななななんと! 詰んだと思われた坂宮選手、フィールドを一瞬にして氷の大木が生い茂る森に変貌させてしまった!


 これではカレン選手もフィールド内を自由に動けないか!?』


「しまった、私としたことが!」


 カレンさんが俺を見つけようと必死に辺りを見渡すが、見つかるはずはない。なぜなら―――


「うおおおおお!」


 俺はカレンさんの足を狙って急降下・・・した。思わぬ方向からの攻撃で不意を突かれたカレンさんは、直撃は免れたものの、制服のスカートの裾をミステインで斬られた。


『おおっと!? 今確実に坂宮選手の攻撃がありましたがその姿は見えません!


 カレン選手も氷の柱で視界が遮られて、坂宮選手を見つけるのが困難なようです!』


「一体どこから!?」


 よし、どうやらまだ見つかっていないようだ。俺は少し離れたところに着地・・するとカレンさんの足元から新たに氷の柱を出現させ、その身体を空中に突き上げた。


「これはっ……!」


「行きますよカレンさん!」


 飛び上がる俺の姿を見たカレンさんの目が大きく見開かれた。


『なんと!? 坂宮選手の姿がようやく見えたと思ったら、あの姿はなんだぁー!?


 まるで鳥の翼のような氷が、坂宮選手の背中に生えているではないか!?』


 そう。これこそ俺がユリの炎の翼を元に編み出した新しい技だ。


 氷の翼を背中に装着し氷を浮かせることで、自分も宙に浮かばせることができる。3次元的に戦えるようになった俺は―――


「これであなたより強くなれる!」


「まだ―――!」


 ミステインを構え、宙でカレンさんに斬りかかったが、身体の支えがない空中とは思えない身のこなしで、紙一重でかわされてしまった。


「チッ! これでも当たらないか。」


「先輩に向かって舌打ちですか?」


「いえ違います! 当てられない自分に対してです!」


 カレンさんは氷の柱で勢いを殺しながら着地すると、再びリスタリアを構えた。


「……こちらもそろそろ能力を使わないとマズイわね。」


 そう言うと自身の周囲に光弾を生成した。あれがカレンさんの能力……。なんだか嫌な予感がしてきた。


「地に堕ちなさい!」


 発射された光弾は俺を狙って飛んできた。いくら避けても、まるで意思を持っているかのように付いてくる。まるでミサイルだ。


「しつこいな!」


 氷のシールドを空中に展開して光弾を防ぎ、カレンさんから少し離れた場所に降りた。


 俺は能力で全ての氷の柱を破裂させると、破片から大量の氷の槍を生成した。俺の周囲で渦を巻く氷の槍はその速度をあげ、運動エネルギーを蓄えてく。


 今度はこっちの番だ!


『坂宮選手、柱から今度は氷の槍を作り出した!


 これは当たれば致命傷だぁー!』


「実況の言う通りです。だからカレンさん、頑張って避けてください!」


 槍をカレンさん向けて撃ち放った。カレンさんは光弾で迎撃するも、さっきまでフィールド上にあった柱すべてから作られた俺の槍の数に対処できるはずもなく、徐々に身体のいたるところに傷を増やしていく。


「そろそろ終わりです!」


 槍と共に俺はミステインを構えて突進した。案の定カレンさんは回避行動を取ろうとするが、それは読めていた。


「行かせませんよ!」


 氷の障壁をカレンさんの正面以外に生成し、その逃げ道を塞いだ。


『カレン選手逃げ道を塞がれたー! 絶体絶命、坂宮選手の勝利が見えてきました!』


「これで――!」


 ミステインがカレンさんの体軸を捉えたその時。


「私も、まだ負けるわけには―――っ!」


 カレンさんが後ろに下がって障壁を蹴り勢いをつけると、俺の背中を踏み台にして跳び越した。


『素晴らしい身のこなしだ!


 忍者も顔負けの運動神経でユーグリス選手、窮地を脱した!』


 カレンさんは綺麗に着地すると肩を抑えた。制服にうっすらと血が滲んでいるのが見える。今みたいな曲芸的な回避はもうできないだろう。


「さすが、1年生でトップ層に食いついただけはありますね。正直、私もここまで試合が長引くとは思いませんでした。」


「ありがとうございます。カレンさんこそ、想像以上に強かったです。


 でもその傷では、もう上手く動けないでしょう?」


 カレンさんは苦笑すると「そうですね」と言ってきた。


「いくら私達が高い治癒能力を持っているとはいえ、痛みを感じないわけではありませんものね。


 このまま戦い続ければ、もしかしたら坂宮さんが勝つ可能性もあったでしょう。」


 ……? なんで過去形なんだ? まだ試合は続いているぞ?


「まるでもう試合は終わったみたいな言い方ですね。でも主審は赤い旗を上げてませんよ?」


「えぇ、そうですね。


 だから次の一手で――終わらせます。」


 カレンさんは再びリスタニアの剣先を俺の方に向け、光を集束し始めた。


 さっきの光弾か? いや、それにしては数が1個だから不自然だ。もっと別の―――


『これは……ユーグリス選手、ここで勝敗を決めるつもりのようですね。』


『解説のステイザーさん、それはどういうことですか?』


『言葉のままですよ。ユーグリス選手は試合を終わりにする。その手段はあの光を見る限り明白です。』


「……真技か!」


「気付いてももう手遅れです!


 〈神々の聖なる砲撃セイクリッド・レーザー・ショット〉!」


 カレンさんは細い剣先から巨大なレーザービームを放ってきた。とっさに氷の障壁を複数生成、砲撃を防ごうとしたが徐々にその数を削られていく。


 真技には真技しかないか……!


 ミステインにありったけの冷気を纏わせ、こっちも真技を放った。


「〈閃々たる銀世界アイス・エイジ〉!」


 最後の壁が破壊された瞬間にミステインを大きく薙ぎ払い、極寒の冷気を暴風として放った。


 冷気とレーザーは衝突し、少しの間だけ均衡を保っていたが―――


『私の気のせいでしょうか!


 カレン選手の真技が押されているように見えます!』


『どうやら普段からどの程度能力を使っているかがこの勝負を決しそうですね。』


『解説のステイザーさん、それは一体どういう?』


『能力の制御、つまり能力の練度は、普段から能力を使っている人ほど高いとされています。


 能力が洗練されることは無意識に無駄を省き、能力を合理的かつ強力に行使できることに繋がります。


 そして真技とは、合理的に使えるようになった能力による技の真骨頂なのです。』


『ええっと、でも2人は今どちらも真技を使ってますが?』


『最初に言いましたよね? 普段から能力を使ってる人ほど練度が高い。


 いくら年長者とはいえ、剣術をメインに戦っているユーグリス選手の真技は―――』


 俺の真技よりも威力が低い!


「そんな、まさかそんな理由で私が押されているの!?」


 カレンさんが驚いたのも束の間、ついに俺の真技がカレンさんの真技を押し返した。冷気にさらされたカレンさんの身体は徐々に凍てつき始めた。


「剣術と体術だけでは真の《超越者エクシード》にはなれないということですね……。


 私も、もっと能力を使うべきでした――――」


 カレンさんは最後にそう言うと、完全に凍りついてしまった。主審が赤旗を上げ、勝敗が決した。


『試合終了!


 勝者、《銀氷の剣士》こと坂宮涼也選手ー!


 新入生が去年の本戦出場者を相手に大金星をあげたぁー!』


 やっぱり本戦出場者だったのか。とにかく、勝てて本当によかった。


「よっしゃあああ!」




――煌華学園 食堂――



 夕方、食堂で俺達いつもの4人は――祝勝会とまではいかないが――いわゆる初戦突破おめでとう会をしていた。


「いやー、それにしてもリョーヤが飛べるようになっていたなんてね!


 僕もあれを見た時、自分の目を疑ったよ!」


「ほんとそれ! 私の真似したの?」


「もちろん。ああいう能力の使い方もあるんだなって思い知らされたからね。


 原理が分かっている以上、俺も使うに決まってるだろ?」


 会のほとんどは俺の試合の話でもちきりだった。……もう1人試合があったはずだが、どうやら本人も忘れているようだ。


「これでユリとリョーヤはランクアップかー。


 僕も早くリョーヤみたいに10位入りしたいよ。」


「……まだ無理。」


「まだ分からないよ? もしかしたら急にランクがポポポポーンと―――」


「……まだ弱い。」


「ぐはぁ、心に太い釘が……」


 なんの寸劇だよ。あまりにアラムの動作がおかしくて、つい笑ってしまった。


「失礼、ちょっといいかな?」


 聞き覚えのある声だ。見るとアッシュさんがテーブルの横に立っていた。


「ア、アッシュさん! 初戦突破おめでとうございます!」


「よしてくれよ。これでも校内ランクは1位、初戦から負けてたら面目丸潰れだよ。


 そんなことより坂宮君、キミの才能は本当にすごいよ。まさかあのカレンに打ち勝つなんて。」


「いやいや、俺もかなり危なかったですよ。真技を出されたから真技で対抗したら、たまたま条件が良くて勝てた、ってだけなんで……。


 自分ではあの試合は実力というよりも運で勝っただけ、だと思ってます……。」


 するとアッシュさんが俺の肩に手を置き、真っ直ぐ目を見て言った。


「それでも勝てたのはキミだ。


 偶然も必然も使いこなせるようになったら、キミはきっと世界最強の《超越者エクシード》になれるよ。


 それにそのセリフをカレンが聞いたら、きっといい顔はしないから気を付けてね。」


「は、はい。分かりました。」


「うん、じゃあ僕はこれで失礼するよ。


 どうやらお客さんも来ているようだしね。」


「お客さん?」


 アッシュさんが食堂の入口を指さした。そこにいたのは黒髪ボブカットの少女だった。身長は平均的な女子高生とさほど変わらないが、明らかに場違いな存在だった。


 私服で、笑顔でこっちに手を振ってきているその少女は―――


「ア、アキ!?」

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