第9話 初対面と火蓋

――煌華学園 食堂――



「ア、アキ!?」


 入口に立っていたのは俺の幼なじみであるアキ――藤ヶ峰秋代だった。


「どうしてここに?」


 アキは「これ」と言って首から下げている入校許可証を見せて来た。


「リョーヤの試合を見に来たの。」


「来るなんて一言も―――」


「言ったら意識するでしょ?」


「お、おう。確かに……な。」


「あのー……」


 気まずそうにユリがそっと手を挙げた。そういえば3人とも、アキに会うのは初めてか。


「あ、紹介するよ。彼女は俺の幼なじみ、藤ヶ峰秋代だ。


 アキ、城崎百合とハク林杏リンシン、ついでにアラム・カシヤノフだ。」


 アキは軽く頭を下げると―――


「いつもリョーヤがお世話になってます。藤ヶ峰秋代です。」


 いやいや、なんでそこで保護者みたいな言い方してるの!?


「いえいえ! むしろお世話になってるのはこっちですよ!


 リョーヤには色々と教わっているんで。」


「色々と?」


「はい、色々と。」


 なんで胸張ってるんだ? そんな自慢することでもないだろう?


 すると何故かアキが「ふーん」と言いながら俺を睨みつけてきた。目が明らかに何かを疑っている。


 やましい事はありませんよ! あったらアキに何されるか分からないし!


「と、ところで今日はこれで帰るのか?」


「まぁね、明日も学校あるし。」


 それなのにこんな辺境の海の上に来てくれたのか。ありがたいな。


「そうか。来てくれてありがとな? 気を付けて帰れよ?」


「はーい。分かってますよー。」


 アキはそう言うとなぜかユリの方を向いた。ユリに何か用でもあるのか?


「城崎さんだっけ?


 私よりもリョーヤの隣に立つのがふさわしいかどうかは、私が決めるからね!」


「なっ!?」


 何を言っているんだこの人は!? どうしてそんな発言するに至った!?


 てか俺達まだそんな関係じゃない―――ってなんかユリも赤くなってるし!


「わ、分かったわ! 認めさせてあげようじゃん!


 あなたより、私がふさわしいってことを!」


 ……おい、それ内容的に俺のいないところでやるもんじゃないのか、普通。こんな人目に付くところで勘弁してくれよ……。


 アキはその言葉を聞いて吹き出すと「頑張ってね」なんて言って食堂を出ていってしまった。


 って、「じゃあね」も「バイバイ」もなしかよ……。


 ま、それはともかく―――


「あのー、ユリさん? なんてこと宣言してるんですか?」


「……言わないで……。」


 ユリが顔を赤くしたまま下を向いてしまった。こんな女子の気持ちが男にもわかりやすく伝わってしまう展開、恋愛小説やラブコメ要素満載のラノベでもなかなか無いだろう……。


「あぁ。恋のライバル登場でこの先2人の関係は熱く激しく官能的―――痛ってぇぇぇ!」


 セリフの途中で、アラムが何やら絶叫を上げた。


 どうやらユリが地雷を踏んだアラムのスネを思いっきり蹴飛ばしたようだ。アラムはスネを抑えて涙目になっている。


「……アホ。」


「うん、アホだな。」


 何が官能的だ。全く関係ないワードを持ち出すな。


「あ、そんなことより、たしかこのメンバーでの次の試合はリンシンとユリの試合だよな。」


「……そう。」


「大丈夫か? お互い短所も長所も知った上での試合になるだろうけど―――」


 するとリンシンはオレンジジュースに刺さったストローから少しだけ口を離した。


「……むしろ好都合。」


「私もそう思う。


 今日のリョーヤみたいに、対策しづらい相手なら不安になってたかもしれないけど、逆に手の内が分かってる分色々と戦いやすいと思うわ!


 もちろん、本気で戦うことが友達に対する礼儀でもあるしね!」


「そ、そうなのか?」


「うん!」


 どうやら俺の思い過ごしだったらしい。どう戦うのかは分からないが、この2人は例え相手に自分のカードがバレていても本気で戦うつもりのようだ。


「分かった。頑張れよ、2人とも!」




――煌華学園 第1アリーナ――



 6月も中旬に近づいてきたこの日。ついに2人の試合が始まろうとしていた。


 その前の試合では、アッシュさんが1年生相手に圧倒的な力量差を見せつけて勝利した。


『試合終了!


 勝者、《深海の竜レヴィアタン》ことアッシュ・ストラード選手!


 銃型を相手に一歩も引かない戦いを繰り広げたこの男には、もはや敗北の二文字は存在しないのかー!? そのコマを準々決勝に進めたー!』


 やっぱり強いな。初戦の光速で動く相手もそうだったし、今回の弾丸だって目視は困難なはずだ。


 なのに被弾するどころか、逆に生成した水弾を確実に相手に当てていくなんて。


「これが1位かー。」


「おーい、2人の試合終わった?」


「いや、まだだよ。」


 トイレからアラムが戻ってきた。こいつはアッシュさんの戦いを見なくて良かったのか?


「なぁアラム。アッシュさんの戦いを見ないのか?」


 席についたアラムは「そうだねー」と言って天井を見上げた。


「僕もあの人はすごいと思う。けれどもあの人の戦いを見て参考にすると、それまで僕が培ってきた戦い方を忘れそうなんだよね。


 もちろんアッシュ先輩の戦い方をよりも僕の戦い方が優れているとは言わないさ。


 ただ他人の技を自分の流儀を崩さずにモノにする、なんて器用なことは僕にはできないからさ。」


 案外まともに考えていたアラムに、思わず感嘆の声が漏れた。


「おお、そんなことを考えていたのか。意外とそういうところはしっかりしてるんだな。」


「普段から変なやつだと思ってるなら、その意識は是非とも変えさせていただきたいね?」


「いや、断る。」


 ちょうどよく次の試合の準備が整ったようだ。会場に実況のアルテットさんの声が響く。


『会場の皆さま、お待たせしました! 第2ブロック第16試合目に参ります!』


 ユリとリンシンの戦いだ。結果がどうなるか、皆目見当もつかない。


「お互いに手の内が知れている相手となると、小細工は通用しないはずだね。


 やっぱりここは真っ向勝負って感じかな?」


「さぁ、俺にもまだ分からないな。」


 まるでダンジョンのボス部屋が開くような低い音をたてながら、入場門がゆっくりと開いていく。


『この試合、フィールドに立つ2人の選手はー!


 1年武術A組、城崎百合選手


 そして対するは同じく1年武術A組、白林杏選手だー!』


「2人ともー! 頑張れー!」


 遠目でも分かる。意外と落ち着いているようだ。普段から一緒に特訓している仲だ、その影響が良い方向に出ている。


 ただそれと同じくらい、2人からの闘志をここまで感じる。絶対に勝つ、その意識が鮮明に伝わってくる。


『両者、《創現武装》を召喚してください。』


 ユリの手に紅桜べにざくら、リンシンの手に風牙ふうがが召喚される。お互いに構えると、フィールドにつかの間の静寂が訪れた。


 そして―――


『それでは第2ブロック第16試合


 試合開始!』


 アナウンスとブザーの音によって、戦いの火蓋が切って落とされた。

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