第10話 ハンデと双刀

――煌華学園 第1アリーナ――



『試合開始!』


 開幕して1秒と経たないうちに、ユリとリンシンはほぼ同時に飛び出した。


「なるほど、やっぱりそう来たか。」


 ユリは幻獣を生成してない。それにリンシンも風をまとっていない。どうやら最初は純粋に剣術勝負をするつもりらしい。


「はぁぁぁ!」


 フィールドの中央でお互いの間合いに入ると、ユリが紅桜べにざくらを大きく振り上げた。無防備になった腹にリンシンが風牙ふうがを滑り込ませる。が、その刃はユリに届かなかった。


『試合開始のブザーと共に動き出した両者!


 ファーストヒットを決めたと思われた白選手でしたが……これはすごい!』


 ユリはリンシンの刃を柄で防いでいた。振り上げたのはフェイク、あえてリンシンの攻撃を誘ったのだろう。刀を素早く下げて対処するとは……ユリもなかなかやるな。


 ユリは動きの止まったリンシンの脇腹に、身体をひねりながら遠心力を利用した重い蹴りを入れた。


「……ぐっ!」


 リンシンは大きく力の加わった方向に跳ぶと、転がるようにして力を分散させてダメージを軽減した。とっさの判断としてはいい方だ。


「判断力はいいね。


 けど、判断力だけでユリを倒せるとは、さすがにリンシンも思ってないだろうね。」


 アラムの言う通りだ。人は脳で判断しても神経を伝って身体の筋肉を動かすまでに若干の、いわゆるラグがある。判断してから行動するには反射速度の限度がある。


 ただ、アラムの意見は一般論だ。リンシンの場合はラグに要する時間がかなり短い。それは彼女の初戦の機転で証明済みだ。まだ試合は始まったばかり、勝負の行方は誰にも分からない。


「行くよ!」


 ユリが紅桜を斜め下に向けて構えると走り出した。リンシンはその場から動かず、じっとユリが間合いに入るのを待っているようだ。


「やあぁぁぁぁ!」


 ユリが勢いよく斜めに斬り上げるが、それを読んでいたリンシンは上体を逸らして回避する。


 上体を逸らした勢いを利用して、リンシンがユリの紅桜を持つ手を斬――らなかった。


 いや、できなかった。


「……そんな!」


 一撃を食らったのはリンシンの方だった。ユリは斬撃を食らう直前に刀の動きと刃の向きを反転させ、リンシンの伸びてきた腕を斬ったのだ。


『城崎選手の紅桜が白選手に一撃を与えたー!


 速すぎて何が起きたのか全くわかりませんが、白選手の右腕には痛々しい刀傷が刻まれているー!』


『これで彼女は、右腕で刀を操ることはできないでしょう。


 この怪我が大きなハンデになることは、まず間違いないですね。』


 いや、そこじゃないだろう解説のステイザーさん。ユリは何気なく常人ではできないことをしたんだぞ?


 思いっきり振り上げた刀の動きを途中で止め、刃を反転させて斬り下げるなんて芸当は並大抵の人間ではまず不可能だ。それは《超越者エクシード》とて例外ではない。


 なぜなら、その動作をするには腕全体の筋肉を使って刀の動きを、言葉通り完全に制御しなくてはいけないのだ。


 それをやってのけたユリは―――


「見えないところでどんな練習をしてきたんだ……。」


 片手を封じられたリンシンが、ついに能力を発動させた。得意の接近戦がことごとく当たらない上、ハンデを背負ったままで剣術勝負に出たら確実に負けると踏んだのだろう。


 リンシンは暴風に等しい追い風を利用して一気にユリの背後につく。この戦法はもはやリンシンの十八番おはこだ。


 リンシンが風牙を持った左腕を振り上げたその時、ユリの周りから炎が包み込むように吹き出した。


『おおっと城崎選手! 白選手の攻撃を炎で妨害したー!


 ここからは能力戦に移行かー!?』


 会場が一気に湧いた。地味な剣術勝負より派手な能力戦の方が見栄えがいいからな。


「……残念。」


「まだまだ勝負はこれからよ!


 朱雀、キマイラ!」


 ユリもここでようやく幻獣を生成した。ユリの左右に朱雀とキマイラが姿を現す。


「行っけぇー!」


 ユリが指示するとキマイラが火炎を吐き出した。リンシンは風を起こして押し戻そうとするが、朱雀がそれを許さなかった。


 朱雀がリンシンの背後から後頭部に翼で一撃を食らわせ、能力の発動を妨害した結果―――


「……くぅぅぅうっ!」


 リンシンはキマイラの火炎を全身に浴びた。キマイラが吐いた火炎の熱は、フィールドを囲むこの観客席にも届いた。アラムの業火ほどではないが、かなりの熱量だ。


『白選手に城崎選手の幻獣の炎がヒットしたー!


 システムによる試合強制終了が発動してないので試合は続行されます!』


 熱が観客席まで届くことから考えると、リンシンの置かれている状況は、もし普通の人間が食らえばあっという間に焼死しているという過酷な状況だ。


 だが《超越者エクシード》であるリンシンは、火炎の中から飛び出しキマイラを風牙で両断した。多少の火傷はあるが戦闘に支障は無さそうだ。


『火炎を掻い潜った白選手、ようやく反撃に出たぁー!


 幻獣をその刃で葬るとそのまま城崎選手へと向かって行く!』


 リンシンがユリに迫ろうとしたが、またもや朱雀に妨害された。あの鳥を何とかしないとユリへの直接攻撃はかなわないだろう。


「……仕方ない。」


 リンシンは風牙を2つに分裂・・・・・ させた。


『ななななんと!? 白選手の柳葉刀、風牙が2つに分裂したー!?


 一体どうなっているんだ!?』


『白選手の《創現武装》は柳葉刀の風牙なはずですが……興味深いですね。』


「な、なんだいあの刀は!? リンシンの武器は片手用の刀じゃなかったのかい?」


「お、俺にも何がどうなってるのか分からないよ!


 でも、あの刀が何なのかは知っている。」


「あれも中国の武器なのかい?」


「あぁ。あの左右対称の刀は中国の武器、いわゆる双刀だ。


 本来の双刀は最初から分裂しているんだけど、リンシンの場合はそれを1つにして、風牙として使用していたのかもな……ってどうしたんだ、口半開きにして?」


「……いや、理解できてるじゃないかって突っ込みを心の中でしていたのさ……。」


 まさかアラムに突っ込まれる日が来ようとは!


 そうこうしている間にも試合はまだ続いていた。


「……斬り落とす。」


 リンシンは左手に持っていた風牙を向かって来る朱雀に投げつけた。


 朱雀は身体を回転し直撃を免れたと思われたが、ブーメランのように戻って来た刀に翼を切断された。翼を失った朱雀はきりもみ状態で堕ちていった。


「……ユリ、終わらせる。」


 リンシンは戻ってきた左手の風牙をユリに高速で投げつけ、自身はそれを追うように走り出す。


「――っ!」


 ユリはなんとか紅桜で飛んできた刀を弾き飛ばしたが、そのせいでリンシンへの対応に遅れが生じてしまった。


 すれ違いざまにリンシンの突き出した右手の風牙がユリの頬をかすめ、浅い切り傷をつける。長い髪の毛もいくつか犠牲になり散っていった。


「くっ!」


 反撃すべくユリがリンシンの方を振り返った、がリンシンは既に右手の風牙の刃が目前に迫っていた。


『白選手ついにここで城崎選手を追い詰めたー!


 これは勝負あったかー!?』


「……勝った。」


「いいえ、悪あがきさせてもらうわ!」


 ユリは紅桜で素早く斬り上げるとリンシンの右手の風牙も弾き飛ばした。


 弾き飛ばされた風牙は持ち主からかなり離れたところでフィールドに突き刺さった。あれを取りに行くのは難しいだろう。


『おおっと! ここで城崎選手が抵抗した! まだ勝負はついてないようだ!』


 リンシンは素早く後ろに跳ぶと初めに弾かれた刀を拾って持ち上げ―――


「――っっ!!」


 その手から風牙が滑り落ちていった。


「これでっ――!」


 ユリは無防備なリンシンの脳天めがけ、まっすぐ紅桜を振り下ろそうとして――寸前で止めた。


「……ユリの…勝ち。」


 これ以上の抵抗は無意味だと悟ったのだろう。両手を上げてリンシンが降参した。主審がリンシンの戦意喪失を見て赤旗を上げた。


『試合終了!


 勝者、城崎百合選手!


 それまでの劣勢を覆す見事な逆転で勝利を手にしだ城崎選手、準々決勝進出だー!』


「リョーヤ、キミには分かっているんだろう? ユリさんが勝って、リンシンが負けた理由。」


 大歓声の中、アラムが耳打ちしてきた。やっぱりアラムも分かったか。


「あぁ。分かったさ。


 この試合、本来ならリンシンが勝つはずだった。接近戦でリンシンを凌ぐのは、恐らくユリじゃ無理だ。


 けどそれは、リンシンが右腕を怪我してなかったらの話だ。」


「うん、僕も同意見だね。


 なのにリンシンが右腕を使って刀を拾ったのは、きっと普段から右腕を使っている癖が出たからだろうね。」


 そういうことだろう。利き足を怪我している人がギプスをしていない時に、その足にうっかり体重をかけてしまいがちなのと同じだ。


「運に救われたね、ユリさんは。」


「そうだな。」


 運に救われる。俺の初戦もそんな感じだったな……。


 まぁ、何はともあれこの試合はユリの勝ちだ。拍手をしながら、医務室に行く2人を見送った。

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