第11話 再会と爆砕

――煌華学園 第1アリーナ医務室――



「2人とも、調子どうだ? って、訊くまでもないか。」


 医務室の椅子に座った2人は点滴に繋がれて大人しくしていた。校医はいないようだが、既にユリの頬の傷はすっかり塞がり、リンシンの右腕に刻まれた刀傷もほぼ完治している。


 俺達のような《超越者エクシード》は致命傷じゃない限り、出血を自らの意思で止めることが可能だ。


 しかし傷の回復はまた別の話。血を止めることができても、傷口を塞ぐことはできない。


 そんな怪我をした人の救護をする部屋がこの医務室だ。


「もうなんともないよ、リョーヤ。


 にしてもこの点滴すごいよね。これを打ったら擦り傷程度で10分、骨折でも1日安静にしていれば完治ちゃうんだから。」


 感心したようにユリが自分に繋がっている点滴の袋を見上げた。


「まぁな。でも一般人に打ったらショック死する可能性があるんだとさ。」


「そうなんだ。それほどやっぱり《超越者エクシード》って特別な存在なんだね。」


「そうだな。


 ところでユリ、準々決勝出場おめでとう! リンシンはあと少しだったけど……」


「……不覚。」


 いつも無表情なリンシンの顔だが、今はなんとなく曇っている気がする……。


 まぁ、無理もないか。勝利していた可能性が高かったはずなのに、思わぬところでミスをおかした挙げ句に敗北したんだから……。


 俺はそっとリンシンの肩に手を置いた。


「大丈夫だよリンシン。これでユリの攻略法が分かったんだからさ!


 次は勝とう?」


「……うん。」


 そう頷いたリンシンの目には、明らかに闘志の炎が戻ってきている。近いうちに俺もリンシンと勝負しようかな。


「よし。そんでもってこの先順調に行った場合、ユリが戦いそうなのは―――」


「決勝で13位のソン 南虎ナムホさんと戦うことになると思うわ。


 雷使いでそれなりに強いみたい。」


「雷か……。


 まさかアッシュさんと戦ったキム選手みたいに、光速で動くなんてことは無いよな……?」


 あの能力は正直驚いた。ただ、もし攻撃を外してあのまま走り続けていたら、あの人はどうなってたのか気になるところだ。


「まだよく調べてないけど、多分ないと思うわ。


 あんなのみんな出来たら、それはそれで怖いし……。」


 雷をあやつる人が全員使えたら……確かに考えただけである意味怖い。人間が光速で動くなんて……どんな世界だよ。


「そ、それもそうだな。


 まぁ、まだ次の試合まで時間はあるからな。とりあえず今は安静にして―――」


「ゆりっちー!」


 ユリのあだ名が聞こえたと同時に、自動ドアであるはずの医務室のドアが乱暴に開けられた。ドアはモーター音をしばらく虚しく鳴らし続けた後、完全に沈黙した。これは修理費が高そうだ……。


「準々決勝出場おめでとうー!」


 そう言って校内設備を破壊した張本人がユリに抱きついた。この人……久しぶりに見たな。


「霧峰! 久しぶりだな!」


 霧峰はユリに抱きついたまま首だけこっちに向けた。


「お! あの時の少年! ……えっと、名前は……田中?」


「勝手に俺の部屋に入ってきたんだから覚えとけよ!?


 坂宮だよ、坂宮涼也!」


「あー! そうそう、坂下だ坂下!

 久しぶり!」


 さらっと2度も苗字を間違えるなよ……。そのうち直させよう。


「はぁ……。ところでこんな所にどうした? ユリのお見舞いか?」


 霧峰はユリから離れると、乱れた制服を整えた。


「まぁねー。でもこの様子だと、案外大丈夫そうだったみたいだね。」


「ただの切り傷だもん。きょーちゃんに心配されなくても大丈夫だよ!


 そんなことよりむしろ、この後きょーちゃんに渡される請求書の方が心配だよ……。」


 やっぱりユリもそこが気になったか。何か言われても俺はフォローせずにありのままを語るからな、霧峰。


「えっとー、リョーヤ? この人は誰なんだい?」


 と、ようやくこの場の空気になりかけていたアラムが声を出した。


 一方のリンシンは……もはや完全に空気だ。風の能力を使うだけに……つまらないな、言わなくていいか。


「えっと、この人は―――」


 「霧峰」と言いかけたが、この場所めがけてただならぬ殺気が近づいてくるのを本能的に感じた。


「――っ! 伏せろ!」


 俺はそう言って氷の障壁を窓際に生成した。その瞬間―――


 ドォーーン!!


 というまるで雷が落ちたかのような、校舎を震わせるほどの音と共に医務室のコンクリートの壁が吹き飛んだ。


「キャー!」


「な、なんなんだ!」


 悲鳴は上げているが、4人は氷の障壁に守られて無事のようだ。一体何が起きたんだ?


 するとポケットの中の生徒手帳が、まるで緊急地震速報のような警報音を鳴らした。見ると『緊急防衛プログラム発動』と書かれたアイコンが点滅している。


「緊急防衛プログラム? なんだそれ?」


 アイコンをタッチすると詳細が表示された。


『生徒はすぐにアリーナ地下のシェルターに避難すること。


 また2年及び3年生の10位以内の生徒は現場の状況確認、生徒会は教員と連携し情報収集にあたること。』


 対応が早いな。校舎破壊でも起こったら自動送信される仕組みなのか?


 それはさておき、1年生の俺達はシェルターに行くべきだろう。幸いここはアリーナ内だ。すぐそこに―――


「ほぉー、立派なええ氷やなぁ? カッチカチでめっさ冷てぇわ。」


 誰かが氷を叩きながら言ってきた。見るといつの間にか障壁の反対側に、黒装束で白い仮面を被った人が立っていた。


「ワイの爆発を防ぐとは、兄ちゃんいい腕してるよ?」


「……誰だ、お前?」


「ワイか? ワイは《希望の闇ダークネス・ホープ》が1人のデルバードや。


 世間では《爆砕の災厄マッド・デストロイヤー》なんて呼ばれてるけど、その呼び名はあんまり好いとらん。」


 《希望の闇ダークネス・ホープ》……!? まさか学園を襲ってくるなんて! 世界的テロ組織の一員を前に、背筋に冷や汗がどっと流れた。


 エセ関西弁のような口調で自己紹介した彼の手にはメイスが握られている。恐らくあれが《創現武装》か。


 するとユリが僅かに震えながら小声で言ってきた。


「リョーヤ、あの人の殺気―――」


「あぁ、俺も感じたよ。尋常じゃない殺気だ。」


 カレンさんの威圧感とは違う、暗くねっとりとした殺人者の放つ殺気だ。


 この状況で一番みんなが安全にシェルターに行ける手段は……これしかないか。


「みんな、先にシェルターに行っててくれ。


 俺はこいつを足止めする。」


 ミステインを召喚しながらそう言うと、ユリがちょっと待ったとばかりに反論してきた。


「で、でもみんなで戦った方が―――」


「こいつの放ってる殺気は尋常じゃない。それにユリとリンシンは試合直後の疲労が残ってるだろ? そんな状態で戦うなんて無謀だ。


 ……霧峰!」


「は、はい!」


「《因果干渉系》の能力なら、ここからシェルターへの近道もすぐに計算できるよな?」


 霧峰は「ちょっと待って」と言うと目を閉じた。が一瞬で再び目を開けると頷いてきた。


「大丈夫、なんとかなると思う。」


「分かった。霧峰、みんなの誘導を頼む!」


 霧峰は「了解」と言うと、留まろうとするユリを無理矢理引っ張っていった。リンシンも2人に続いて医務室を後にした。


「リョーヤ! やばくなったら逃げるんだよ!?」


「ああ! 分かってるさアラム!


 みんなの護衛を頼むぞ!」


 アラムは親指を立てると3人の後を追って医務室を出ていった。


 俺は深呼吸をすると、ミステインを構えデルバードに向き合った。


「……へぇ。兄ちゃん、ただの生徒じゃないね?


 その構えから察するに……古流武術の類を教わっているのかな?」


 構えだけで剣道でも西洋剣術でもない、古流武術であることを見抜きやがった! やはりただ者じゃないか……。


「テロリストに一瞬で見抜かれるとはね……。」


「テロリスト……ね。まぁそうだね。」


「なんだ? 違うとでも言うのか? 校舎を破壊しておきながら来校者だ、なんて言えないだろ?」


 デルバードはため息をつくと、めんどくさいと言わんばかりに頭を掻いた。


「ま、そやな。ほいたら、始めよか?


 勝負を。」


 いきなり声が低くなったと思うと、デルバードは氷の障壁を容易く爆散させた。


「クソッ!」


 素早くミステインを床に突き立て、デルバードの足元から氷の刃を多数出現させた。


「おっと、危ない。」


 デルバードは宙返りして3階にある医務室からグラウンドに飛び降りると、大量の火球を生成した。


 爆発系の炎を操るようだから、多分あれらは全てが爆弾だろう。あの数が当たれば……致命傷は必至だ。


「さぁて、御手並み拝見だ。煌華学園の生徒さん。」

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