第6話 幻獣使いと死神の代行者

――煌華学園 第1アリーナ――



 試合を終えたリンシンが観客席帰ってきた。珍しく疲れが顔に浮かんでいるようにも見える。


「お疲れリンシン! 初戦突破おめでとう!」


「……ありがとう。」


 リンシンはシンプルに返事をすると席につき、いつの間にか買っていたオレンジジュースの缶を開けた。


「前も飲んでたけど、リンシンってオレンジジュースが好きなんだな。」


「……至福のひととき。」


「オレンジジュースもいいけど、1つ僕から訊いていいかい?


 最初のあれ、キミらしくなかったね。」


「………。」


 リンシンの動きが止まって顔が暗くなる。俺もアラムの言いたいことが分かった。


 さっきの試合、開幕速攻をかけたのは良かったのだが、刀を投げたのはまずかった。


 俺と違ってリンシンの相手は情報が明らかになっている。そこにはハッキリと防御が得意と公開してあった。


 つまり、攻撃を仕掛けてから命中するまでの時間差があり、なおかつ地面を操って防御される恐れがある遠距離攻撃よりも、リンシンの十八番おはこである近接格闘の方が戦い易かったはずだ。なのにそれをしなかった。



 いや、きっと出来なかったのだ。原因はやはり―――


「ユリのことが原因か?」


「………。」


 リンシンは頷きはしなかったが、おそらく正解だろう。あの一連の流れによって集中が途切れ、結果的に初撃の判断を鈍らせたのだろう。


「あまり気にするな。フィールドに立ったら、そこにいるのはライバル。


 友人か否か、弱点を知られてるかどうか。もしユリと戦うことになってもそんなことは深く考えずに、目の前の相手を確実に倒せばいいんだよ。」


 我ながらあまりいいアドバイスだと思わないが、リンシンは俺の言いたいことを理解したように頷いてくれた。


『さーて! お待たせ致しました!


 それでは第2ブロック第2試合へと参ります! 今回のカードはー……


 1年武術A組、城崎百合選手と


 3年武術A組、フィリップ・ウィルター選手だぁー!』


 手前の入場門からユリが入場する。ここからだと分からないが、きっと相当緊張しているはずだ。


「ユリー! さっきの事は気にすんな! 全力出してけー!」


 声が届いたのか、ユリが振り向き手を振ってきた。表情も固くなかったし、案外大丈夫そうだな。


『両者、《創現武装》を召喚してください。』


 ユリが生徒手帳を取り出して操作し、日本刀型の《創現武装》紅桜べにざくらを召喚した。


 対してウィルター選手は―――


「大鎌?」


 まるで死神を彷彿とさせる、紫色の禍々しい雰囲気の大鎌だ。照明に照らされた刃がギラりと輝き、見ているだけで背筋がぞっとした。


『それでは第2ブロック第2試合


 試合開始!』


 ブザーが鳴り、試合が始まった。


 先手を打ったのはユリだった。


「みんな、出てきて!」


 ユリはそう言うと炎の幻獣を生成した。「みんな」と言うからには、俺が教えた相手の裏をかく作戦を使うつもりなのだろう。


 今回はケルベロス、グリフォン、朱雀を生成した。キマイラがいないな。少し温存しているな。


「それがユーのゲンジュウかい?

 ならミーも―――」


 ウィルター選手は大鎌を振ると、自分の周囲の地面を黒く染めた。


『おおっと? ウィルター選手、一体何を始める気だ?』


『悪寒がしてきました……。』


 あの黒いのは見たところ……影のようだ。てことはあの人は影を操る能力を―――


 そこで俺はあることに気づいた。


「まずい。これはユリにとってキツイ試合になるかもしれないな。」


「どういうことだいリョーヤ?」


「見てれば分かるはずだ。」


 どうか最悪の展開にはならないでくれよ……。


 だがその願いは虚しく散った。


 ウィルター選手の周囲の地面に広がった影の中から、十数体の死霊が這い出てきた。手には様々な形の剣を持ち、盾を持っている兵もいる。


『ななな、なんと! ウィルター選手、影の中から死霊を召喚したー!


 これは恐ろしい! まるで映画に出てくるような、禍々しい地獄の兵士そのものだー!』


「やっぱりそうか……。」


 ユリが炎から幻獣を生成できるように、あのウィルター選手も影から死霊を召喚できるということだ。これはかなり厄介だな。


「さて諸君。あのビューティフルなレディーを、地獄にゴートゥーヘルしチャイナ!」


「何を言ってるのか、全っ然分かりません!」


 ユリは幻獣に向かってくる骸骨兵への対応と、奥のウィルター選手への攻撃を指示した。


 だが多勢に無勢。ケルベロスと朱雀は死霊に果敢に挑むも、軽く蹴散らされてしまった。


 唯一骸骨兵を突破したグリフォンも、ウィルター選手の大鎌に首を切断されるように斬られ散っていった。その動作はまさに死神そのものだった。


『おぉっと、城崎選手の幻獣があっという間に文字通り火の粉になってしまったー!


 恐るべしウィルター選手! やはり校内ランキング13位はダテではない!』


 なるほど……やっぱり格上だったか。能力の制御が3人の中でもずば抜けているユリと同じような技を使えるのは、格上かせいぜい同ランクだと思ってはいたけれど……!


 改めてちゃんとトーナメント表を確認しなかったことを唇を噛むほど後悔した。あの時見ていれば情報を入手し、死霊に対応するための策を考えることができたのに……っ!


「っ! キマイラお願い!」


 ユリは新たにキマイラを生成し、攻撃の指示を出した。キマイラは口から巨大な火炎を勢いよく吐き、死霊を燃やし尽くそうとした。が、盾持ちの死霊に難なく防がれてしまう。


「ムダなことダネ。そんなコトじゃミーには勝てないヨ。」


 ウィルター選手が大鎌を振ると、先頭の死霊がユリとキマイラに飛び掛かっていった。


 間一髪でユリは後方に跳んで避けたが、キマイラは数体の死霊に袋叩きにされ散っていった。


「ユーの本気はコノ程度なのカイ?」


「いいえ、そんなわけありません!」


 ユリは紅桜を振り上げると、ついに真打ちを登場させた。


「出番よ! ファーブニル!」


 そう言うと地面から炎が吹き出し、ユリの何倍もの大きさのドラゴンが姿を現した。


『ついに出たー! 城崎選手のファーブニル!


 圧倒的なその力をもってユリ選手、形勢逆転なるかー!?』


「ファーブニル! 全力であの死霊を蹴散らして!」


 ファーブニルは雄叫びを上げると翼を広げ、翼から放つ炎で勢いを増加させながら死霊の群体に飛び込んでいった。


 せいぜい人間サイズの死霊はキマイラの火炎は防げても、ファーブニルの突進まではさすがに防げなかったようだ。まともに突進を食らった骸骨兵はその身体が燃え上がり、やがて紫の粒子となって消滅していった。


「そのままあの人もやっちゃって!」


 死霊を一掃したファーブニルは、再び加速しながらウィルター選手に向かった。


 が、ウィルター選手は死霊ほど甘くはなかった。


「オゥ、すごいネー! でもミーをビートするのにはまだまだパワー不足だネ!


 コレをストップしたら、リザインしてくれるカナ?」


 少し低い声でそう言うと、ウィルター選手は大鎌でファーブニルの突撃をあっさり受け止めてしまった。


 それどころか大鎌が触れている部位から、ファーブニルが黒く侵食されていく様子が見えた。


『ウィルター選手、まさかのファーブニルを易々と受け止めたぁ! さらに影で侵食していくその有り様は、まさに恐怖だとしか言い表せません!』


『情報によると、ウィルター選手は校内ランキングトップ10テン外にいるにも関わらず、既に非公式な通り名がついている数少ない生徒の1人のようです。


 その通り名とは《死神の代行者》。死霊を操り、また能力で生成や召喚した――それこそ城崎選手の生成したような幻獣などを、影で侵食し完全に消滅させることから名付けられたようです。


 幻獣使いである城崎選手にとっては、文字通りの天敵です。』


『となると城崎選手は万策尽きたようにも―――ってあれ? その城崎選手はどこに?


 フィールド上に姿が見えません!』


 あ、たしかに。そういえばユリはどこにいるんだ? ファーブニルとウィルター選手に気をとられ、俺達も見失ってしまっていた。


「降参するつもりは、毛頭ありません!」


 天井辺りから声がした。見上げると炎の翼を生やしたユリが飛んでいた。


 ユリは紅桜を構えると、フィリップ選手に向かって急降下する。


「チッ!」


 ウィルター選手は大きな舌打ちをすると、大鎌を切り上げてファーブニルを一気に消し去った。


「正面からカムするなんて甘いネ!」


 ウィルター選手は大鎌を構えると迎撃する体勢をとった。しかし、どうやらそれこそがユリの狙いだったらしい。薄く笑みを浮かべると―――


「みんな! お願い!」


 突如ウィルター選手の周囲で炎が吹き出し、ケルベロス、キマイラ、朱雀、グリフォンが炎の中から飛び出してきた。


「ワッツ!?」


 ウィルター選手は突然現れた幻獣の対処に追われ、完全に焦ってしまっていた。大鎌をやみくもに振るが、4体の完璧な連携で大鎌に当たるどころか、逆に体当たりを食らってしまった。


 バランスを崩し尻餅をついたところにユリが斬りかかる。


「これで終わりです!」


 ユリは降下の勢いに乗ったまま、ウィルター選手を紅桜で肩から脇にかけて斬り裂いた。


 ウィルター選手は力の抜けた手から大鎌を落とすと、そのまま仰向けに倒れ鮮血に沈んだ。主審が赤い旗を上げる間もなく、興奮した実況のアルテットさんが試合終了のアナウンスを入れる。


『試合終了!


 勝者、城崎百合選手! 最後は素晴らしい戦略で逆転勝利を勝ち取りましたぁ!』


 ユリは俺達の方を向くと――息はかなり上がっているようだったが――笑顔でピースサインを送ってきた。

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