第5話 刹那と逆手
――煌華学園 第1アリーナ――
いきなりこの人かよ!
俺は入場門からフィールドに入ってきたその男子生徒に、目がくぎ付けになった。
「いきなり校内ランキング1位、アッシュさんの登場と来たか。」
「リョーヤ、目が血走ってる……。」
「だって興奮するだろ!?」
ユリは興奮する俺を小さな子供を見るような目で見ながら、やれやれと首を横に振った。
『両選手、《創現武装》を召喚してください。』
「あれは……槍か?」
青い槍だ。何の装飾もされていない、シンプルなごく普通の槍だ。
『それでは第1ブロック第2試合
試合開始っ!』
実況の宣言と同時に試合開始のブザーが鳴った。
「アッシュ、先手は取らせてもらうぜ!」
金選手はそう言うと雷を全身にまとった。どうやらあの人は雷を操れるようだ。
「いくぜぇ!」
金選手は雷をまとったまま、文字通り光速でアッシュさんを斬りにかかった。がアッシュさんは避ける素振りを全く見せない。それどころか瞑想しているようにも見える。
そして……金選手がアッシュさんとすれ違った。あまりにも速くて、何が起きたか分からなかったが―――
「嘘……だろ……。」
金選手が信じられないという表情を浮かべると、白目を剥いて膝から崩れ落ちた。見たところ金選手は気絶しているようだ。
主審が赤い旗を上げた。つまりこの試合の結果は―――
『し、試合終了!
勝者、《
『僕の出番が無かったですね。』
『まぁそういわずに。
おっと、ここでフィールドの壁に設置されたカメラでとらえた、真横からのスロー映像をご覧下さい。』
実況室の下に設置されたモニターに、すれ違う直前の2人の映像が映し出された。
光速で動く金選手は、やはりカメラにも残像しか映ってなかった。が、アッシュさんの動きは確実に捉えていた。
『あぁなるほど。そういうことですね。』
『解説のステイザーさん、なにが起きたか分かったんですか?』
『はい、もちろん。
両者がすれ違う刹那、ストラード選手は1歩左にずれています。そして同時に手にした槍の柄を、金選手の進路を塞ぐように水平に持ち上げていますね。まるで踏切の遮断機のように。
光速でここを通過した金選手は、自身の莫大な運動エネルギーを、ストラード選手の槍の柄を通じて腹部に受けて倒れた。
ということです。』
ステイザーさんの衝撃的な解説に観客席がどよめいた。しかし無理もない。
動く・構える。たったこの2つの行動でアッシュさんは、光速で動く相手に勝利したのだから。
「え、つまりどういうこと? アッシュさんは何をしたの?」
ユリがわけが分からないと言わんばかりに頭を抱えた。
「槍の柄を使って、相手の腹に打撃を加えたんだよ。
光速で動く相手にあんなことができるなんて……普通の人間には不可能な芸当だ。」
いや、並の《
アッシュさんの一連の行動は、飛んでくる光が網膜に刺激を与える前に――つまり光を知覚する前に光に対して反応するのと同じだ。もはや未来予知にも等しいと言わざるをえないだろう。
「俺はあの人を超えられるのか……?」
急に不安になってきた。が、そんな不安を抱かせる時間を神様はくれなかった。
アッシュさんが槍を倉庫に転送し、まるで何事も無かったかのようにさっさと退場すると、次の試合のアナウンスが入った。
『さ、さて。続いて第2ブロックの試合に移ります!
第1試合のカードはこの2人だ!』
向かい合った入場門がゆっくりと開く。いよいよリンシンの出番だ。
『1年武術A組、
2年武術B組、ヴィクトリア・スミス選手だー!』
「リンシン! がんばれー!」
「やっちまえ、ヴィクトリア!」
「格下に負けるなよリンシン!」
『両選手、《創現武装》を召喚してください。』
実況を務めるアルテットさんのアナウンスに従い、リンシンとスミス選手がそれぞれ《創現武装》を召喚した。
いざ試合が始まろうとした時、唐突に生徒の呼び出しのアナウンスが流れた。
『えーっと、ここで次の試合の生徒の招集漏れがあるそうなので呼び出しをします。
1年武術A組の城崎百合選手、1年武術A組の城崎百合選手。至急、招集所にお越しください。
繰り返します―――』
「は!? 次がユリ!?」
「どういうことなんだい?」
「わ、私にも分からないよ!」
ユリは生徒手帳を出してトーナメント表を確認した。と、ユリの顔から血の気が引いていった。
「……ごめんなさい。私が見てたのは城崎百合亜さんだった……。」
「「……はぁーーー!?」」
念のため俺もユリの組み合わせを確認したが、ユリの名はリンシンの名前の隣に書いてあった。
そしてユリの言っていたイザベル・ハルフォードの対戦相手は、紛らわしいことに城崎百合亜だった。
「もう、嘘でしょ!?」
完全にユリはパニックになってしまっていた。無理もない。明日だと思っていた試合が今日あり、しかも最悪2戦目ではリンシンと戦うことにもなりかねない状況に、たった数秒で陥ったのだから。
「トーナメント表見てたのに気づかなかった俺達も悪いから、あまり自分を責めるなよ?
今はとにかく招集所へ。」
「う、うん。分かった。」
ユリは目に涙を浮かべて観客席を後にした。
このことはリンシンに精神的な影響が出るはずだ。一緒に訓練をして長所や短所を知っている仲で戦う、それはお互い様とはいえ圧倒的に戦いづらいことになるのは明白だ。
そうなる可能性をいきなり突きつけられたら、多くの場合は動揺するだろう。
「ちゃんと集中してくれよ……」
そして―――
『お待たせしました。
それでは第2ブロック第1試合
試合開始!』
ブザーの音が響くと同時にリンシンが先制攻撃を仕掛けた。
『おおっと白選手が開幕速攻をかけに行ったー!
目にも止まらぬ速さで一気にスミス選手との距離を詰めていく!』
近づきながらリンシンは
『スミス選手、フィールドの床から土壁を出現させて風牙を跳ね返した!
切れ味抜群の風牙の刃も、絶対的な防御の前では無力なのかーっ!?』
リンシンは跳ね返ってきた風牙を掴むと、壁の側面に回った。あの位置ならスミス選手の姿も丸見えだろう。
「そう来ると思いましてよ!」
スミス選手はそう言うと剣を振り上げ、リンシンの足元の地面を勢いよくせり上げた。リンシンはバランスを崩し思わず手をついてしまった。
『ここでスミス選手が白選手の体勢を崩したー!
さすが大地を操る能力! 陸上を動き回る以上、抗うことはできないのか!?』
『しかし白選手は風を操る能力の持ち主。ここからどう反撃に出るかが勝敗を分けることになりそうですね。』
スミス選手がバランスを崩したリンシンにトドメを刺そうと剣を振りあげる。しかし、リンシンはついた手を軸に体を回転させ、逆にスミス選手の足を払うことでトドメを防いだ。
「よし! 今のはいいぞ!」
以前のリンシンなら風牙で防ごうとしただろう。ただ相手がそれを予測している可能性が高い場合、逆手に取られる可能性もある。
それならいっそのこと空いている手を使って攻撃に出てしまえばいい。完全に防御される予測をしてた敵なら、攻撃に出た時に致命的な隙が生まれる。そこが勝機だ。
特訓の成果がちゃんと出ているんだな。俺はそう思うととても嬉しかった。
『なんと白選手! まるで体操選手のような身のこなしで形勢逆転したー!』
『てっきり能力を使うと思ったんですけどね。予想外です。』
尻餅をついたスミス選手の鼻先にリンシンが風牙を突きつけた。完全にチェック・メイトだ。
「はぁ……負けちゃいましたか。」
そう言うとヴィクトリア選手は両手を上げ、降参した。主審が赤い旗を上げ、試合は終了した。
『試合終了!
勝者、白林杏選手! 能力をほぼ使わずに、華麗な体術で勝利を収めた!』
観客席から盛大な拍手が送られた。俺たちも席から立ち上がって、フィールドに拍手を送る。
「お疲れリンシン!」
「今の勝利は感動したよ! お疲れ!」
「感動って、大げさな。」
俺はそう言いながら、次の試合に思いを致していた。
『15分の休憩の後、引き続き第2ブロック第2試合を開始します!』
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