第15話 大物と休息

――煌華学園 グラウンド――



 《超越者エクシード》である若い教員数人とアッシュさんが、《創現武装》を手に走って来た。目立った怪我や疲労はなさそうだ。……ヘトヘトの俺やユリと違って……。


 教員とアッシュさんは俺達と合流すると、横にそびえる巨塔のことも含め、事の経緯を訊いてきた。


 ―――とりあえず一通り説明すると、教員は警戒態勢を敷いて校内の安全を確認しに行った。アッシュさんは、残って誰かを待つようだ。


「アッシュさん、みんなは無事ですか?」


「食堂で一緒にいたキミの友人のことかな? 彼らなら大丈夫だよ。


 皆をシェルターに避難させた後、僕たち上級生のトップランカーを中心に侵入したテロリストを討伐していたのさ。《希望の闇ダークネス・ホープ》の誰一人として、坂宮君の友人を傷付けたものはいないはずだよ。」


 良かった、みんな無事で。というか今のアッシュさんの言い方、あれだと―――


「アッシュさん、侵入したのはデルバードと武蔵だけじゃないんですか?」


「うーん、少なくとも2人ではないね。僕が戦った時に見えたのは……ざっと4人くらいかな?


 でも結局逃げられてしまったんだけどね。」


「そうだったんですか……。」


 その4人がこっちに来なくて本当に良かった。来てたら確実に俺とユリだけじゃ対処できずに死んでたな……。


「僕らは生徒を守ることしか出来なかったけど、キミはあの《爆砕の災厄マッド・デストロイヤー》を捕獲したじゃないか。


 4人に逃げられたとはいえ、こっちの戦果としては十分さ。って、逃がした僕が言えたことじゃないね。」


 アッシュさんは面目ないとばかりに引きつった笑みを浮かべた。


 確かに、犠牲者がいない上にテロリストを捕獲出来たことは、結果だけ見れば良いことかもしれない。でもまた襲われたら、その時も今回みたいに上手くいくのだろうか……。


 不安が頭を駆け巡っていると、アッシュさんが「おっ、来た来た」と言ってアリーナの方を指差した。見るとアラムとリンシンが手を振りながら向かって来ていた。


「おーい、2人ともー! 大丈夫かーい!?」


 大声を出して減速しはじめたアラムを置いて、風で加速してきたリンシンが先に到着した。


「……大丈夫?」


「あぁ、なんとかな。」


「……リョーヤじゃない。ユリ。」


 あ、はい。そうですか……。


「大丈夫、軽い火傷と打撲した程度よ。それよりリョーヤの方を心配してあげて?」


 おぉ、ユリさんマジ天使です! ちゃんと俺の心配もしてあげてなんて言ってくれるな―――


「……大丈夫。あれじゃ死なないから。」


 ……リンシン、マジ鬼っす。


「リンシン……速いよ…僕……スタミナないんだから。」


 ようやくアラムも合流してきた。どこか女々しいアラムのセリフに、すっかり女子ツッコミ役となったリンシンが早速一発入れた。


「……もやし男。」


 「燃やし」と「もやし」を掛けたのかな? いや、違うか。


 そんなやり取りをしていると、アッシュさんが肩を軽く叩いてきた。


「坂宮君、そろそろ解除しないとデルバードが死んでしまうよ? いくら《超越者エクシード》と言えど、ほぼ絶対零度下で長い時間生命を保っていられるとは思えないからね。」


「あ、そうですね。」


 俺はパチンと指を鳴らして巨塔を解除した。キンキンに冷えたデルバードが、ぐったりしたままうつ伏せに倒れる。


「……これがあの《爆砕の災厄マッド・デストロイヤー》か。」


「あのって……さっきも言ってましたけど、アッシュさん、そいつ有名人なんですか?」


「有名人も何も、かなりの大物だよ。こいつは《希望の闇ダークネス・ホープ》の中でも10本の指に入ると言われている男さ。


 それを倒してしまうなんてね。キミの才能は底知れないな。」


「あ、ありがとうございます?」


 うーん、手こずったけれども極端に強いって印象は無かったんだよなぁ。とりあえず、評価してくれたことは素直に喜ぶべきなのかな?


「さてと。僕はここの後始末を生徒会と一緒にするから、キミたちはもう寮にでも戻っていると良いよ。


 坂宮君も、その程度の怪我なら医務室に行かなくていいと思うよ。城崎さんのお陰だね。」


「友達を助けるのは当然です!」


 胸を張ってユリがそういうものだから、こっちが少し照れくさくなってしまった。


「あはは、そうだね。坂宮君、いい友人を持ったね。


 それじゃ、また!」


「はい、お先に失礼します。」


 まだ若干貧血気味でふらふらする身体を、アラム――筋トレとして俺を運ぶと言っていた――に支えてもらいながら寮の自室に歩いて行った。




――煌華学園 学生寮――



 寮の部屋に戻ってくるなり、アラムとリンシンにデルバードと武蔵との戦闘の詳しい話をするハメになった。


 2人して戦い方を参考にしたいと言ってきた――珍しくアラムもそう言ってきたものだから驚いた――から断ることができなかったのだ……。


 なのに―――


「……リョーヤにしかできない戦い方。」

「だね。機会があっても、僕は僕なりのスタイルで戦うことにするよ。」


 ……おい、参考にしないのかよ? 説明に費やした俺の休息時間を返せ。ていうか今すぐにでも食堂に行って、スペシャルメニューのレモン汁をかけた黒豚トンカツを食べたかったんだけど!


 ……ん? そもそもスペシャルメニューって今日だったっけ? ………もういいや。


「ところで、霧峰は?」


 医務室でユリたちの道案内を頼んでから姿を見ていない気がするのだが……。


「きょーちゃんは多分生徒会の仕事。《因果鑑賞系》の能力が平均よりも優れてるからって、どうやら生徒会に抜擢されてたみたいなの。」


「そうなのか。意外だったな、あの霧峰が優れてるだなんて。」


「そりゃあ、きょーちゃんだもの。」


 その理論はよく分からない……とりあえず今のユリの発言はスルーしておこう。


 それにしても疲れた。戦いの時は症状が出なくてラッキーだったけど、貧血の影響がここに来てようやく出始めてきたな……今日はもう休もう。


「わりぃ、少し休んでもいいかな? さすがに疲労感と貧血が半端ないからさ。」


「そうね。私も大した怪我じゃないけど、疲労で眠くなってきちゃった……。


 また明日ね、リョーヤ。」

「……お疲れ様。」

「運んだお礼に、僕に今度何か奢ってよ?」


 筋トレだったはずだろ……まぁいいや、ツッコミを入れる元気もないや。


 リンシンとアラムが出ていき、ユリがドアを閉めようとしたところで、「あ、ユリ!」と言ってユリを引き止めた。


「ん? どうしたの?」


「あの時、助けてくれて本当にありがとう。ユリが来てくれなきゃ、俺、確かに死んでたよ。


 アッシュさんは俺がデルバードを倒したって事を称賛してくれたけど、武蔵に殺されてたら元も子もなかったからね。そういった意味では、褒められるべきはユリだと思う。


 本当に助かったよ。」


 突然の事で驚いたのかユリは目をパチクリさせると、今度は「ふふっ」と軽く笑った。


「リョーヤ、やっぱり頭ぶつけたんじゃないの? まさかそんなことを言ってくるなんて、予想外だったよ。」


「俺だって、お礼くらいはちゃんと言うさ。


 ましてや今回はただ手助けされたんじゃなくて、命を助けてもらったんだ。感謝してもしきれないさ。


 ありがとうな?」


「そんな何度もいいよ! 私はただ、リョーヤを助けたかった、それだけだもん。


 もしそれでもって言うなら、今度の夕食、奢ってね?」


「あぁ、お安い御用さ!」


 ユリは「約束ね!」と言って、部屋を出て行った。


「さてと、ゆっくりシャワー浴びて早々に寝ようかな。」


 時刻は……午後7時過ぎ。寝るにはまだ早いけど、シャワーを浴びれば疲労より眠気が勝つだろうしな。


 そう思って寝巻きにしているジャージを取り出すべく、クローゼットに向かい出した時だった。


 ピロロロン、ピロロロン♪


 ポケットに入れていた携帯から着信音が鳴り出した。取り出すと、画面には母さんからの着信だと表示されていた。


 通話ボタンを押し、スピーカーを耳に当て―――


「もしもし涼也! 大丈夫なの!?」


「うわっ!?」


 音割れするほどの母さんの大きな声で、思わず裏返った声が出てしまった。心臓にも耳にも悪いぞ……。


「か、母さん……。危うくその声で心臓止まりかけたよ。」


「涼也、大丈夫なのね!? そっち、テレビで凄いこと言ってるのよ!?」


「テレビ?」


 ゆっくりリモコンの元に行き、テレビを付けた。放送が映るやいなや、母さんが何故あんなに焦っているのか分かった。


「……え? これって?」


 全チャンネルで《希望の闇ダークネス・ホープ》による煌華学園の襲撃が特集されていた。


 まるで今も戦闘が行われているかのような報道をしている局もある……。もうとっくに終わっているのに、情報の混乱でも起きているのだろうか?


「とにかく大丈夫なのね!?」


「あ、ああ、大丈夫。心配しなくていいよ。実際、もう戦闘も起こってないしさ。

 

 父さんは?」


「あの人は今仕事中よ。後でメールしてあげてね。


 それにしても、本当に無事で良かった……。」


 母さんはようやく落ち着きを取り戻してきたようだ。心配してくれるのは息子としては嬉しい、けど―――


「ごめん、少し休ませてくれるかな?


 一応、俺もテロリストと戦ったわけだし。」


「て、て、ててて、テロリストと!?」


 あぁ、めんどくさいことになった……。電話の向こう側で母さんが騒いでいるのが聞こえる。


「えーと……てことで、おやすみ。」


「え、ちょ、涼也! 詳しく話を―――」


「後でね。本当に心配しなくていいから。


 それじゃ、おやすみ。」


「あ、涼也―――」


 ピッ


 これ以上厄介になる前に強制的に電話を切った。これ以上話すと、アラム達と会話してた時よりも体力を使いそうだ。


 テレビを消して浴室へ向かい、さっさとシャワーを浴びてジャージに着替えた。ボロボロになったこの制服は……事務の人に言えば何とかしてくれるのかな?


 「……いいや、後始末は後回し。もう寝よう……」


 睡眠欲に身を任せ、ベッドにダイブした。ベッドの心地よさがいつも以上に感じられる。このままずっとここで生活したいな………―――――すぅ。



 こうして、ようやく濃い一日を終えて深い眠りにつくことができた。

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