第5話 胃痛と奇遇

――ヒースネス 総合アリーナ――



「オレは直枝巧真。修帝学園校内ランク1位で、同校の生徒会長をしている者だ。」


 彼がそう名乗ると観客席が一斉にざわめいた。


「直枝……巧真。」


 修帝学園校内ランキング1位にして修帝生徒会長。


 《煌帝剣戟ブレイド・ダンス》では出場した過去2試合とも、彼が試合をする前に修帝学園の優勝が決まってしまったため、その実力を知る人は少ないという。


 そう言えば以前、アッシュさんが卯月誠さんの試合で口にしていた「彼」って……もしかしてこの直枝さんのことか?


 直枝さんは観客席にいる俺とリンシンの方を向き―――


「キミは坂宮涼也だね?


 うちの後輩は迷惑をかけたようで申し訳ない。」


 ――っ! この距離と人混みの中で俺の顔を認識できるのか!


「い、いえ!


 こっちも友人が熱くなってしまったみたいなので、気にしないでください!」


「そうか、そう言ってくれると救われた気になるな。


 オレの方からも赤羽にはよく言って聞かせるから、今日のところはこれで失礼させてもらうよ。」


「は、はい……。」


 直枝さんは軽くお辞儀すると、赤羽さんの手を引いてフィールドから出ていってしまった。




――煌華学園 学生寮――



 あの試合の後、気を取り直して再び服を選びに行こうとしたのだが、既にどこも閉店していたので真っ直ぐ学校へと帰ってきた。


 リンシンとユリは近いうちにまた追加の服を買うつもりらしい。赤羽さんと会わなければいいんだけど……。


 だが一番の心配はそれでは無かった。


「直枝巧真。


 あの人の炎は……一体。」


 あの炎はユリよりもアラムの炎に近いところがある気がする。圧倒的な熱量を伴った炎、それが現状考えうる直江さんの一番の武器だろう。


 だがそれだけだったら水の《自然干渉系》能力を持つアッシュさんの敵ではないはずだ。なのにアッシュさんは倒すべき目標にしているということは、あの人には簡単には勝てないということなのだろう。


 そんなことを考えていると、ふと暴走したヒューム・スクウィールが脳裏をよぎった。


「いや、あれとは関係ないだろうな。


 ……もし今戦うことになっても、俺じゃ勝てないだろうな……」


 考えてても気が滅入ってくるだけだ。不安になりすぎて胃痛までしてきた。


 ひとまず今はサマーキャンプのことだけ考えていよう。


 自室に入り椅子に座ると、携帯を操作して京都周辺の地図を表示させた。


「リンシンは平等院鳳凰堂に行きたいって言ってたな……京都駅からはこの路線で―――」


 ピロロロ♪


 地図が消え、携帯の着信画面が表示された。着信元は……アキだ。もうすぐ22時だというのに、どうしたんだ?


「もしもし、どうしたこんな時間に?」


「あ、リョーヤ? 別に何かあったわけじゃないけどね。ちょっと話をしたくなってね。」


「そ、そうか。


 そういえばこの間送った俺のメール、届いてなかったか?」


 すると、しばらくアキが黙ってしまった。


「あ、アキ?」


「うん、届いてたよ。


 ただ……どう返事すればいいのか分からなくて……。あ、もちろん《煌帝剣戟ブレイド・ダンス》の本戦には行くよ?


 問題はそこじゃなくて……」


「……決勝戦の戦い方、か?」


「うん……。


 中継みてたけど、あまりにもこう……リョーヤらしい戦い方すぎて……」


「俺らしい戦い方?」


 アキは小さく「うん」と言ってため息をついた。


「リョーヤって、昔から試合とかの最中に色々考える癖があるでしょ?


 それは悪いことじゃないと思うけど、考えた挙げ句に少しでも可能性があればそれを実践しちゃう癖もあるよね。


 そのせいであんなボロボロになるなら……その癖はやめた方がいいと思うの。


 でもそれを言ったところで今さらリョーヤは変われないだろうし、変えるつもりはないでしょ?


 だからあのメールに何も返せなかったの。あ、別にリョーヤを責めるつもりは全くないからね?」


「……」


 返す言葉もなかった。というのも、全くアキの言う通りだったからだ。


「でも優勝は優勝だよね。


 まずはおめでとう。そしてできれば、本戦ではあんなことはなるべくしないで?」


「うん、分かった。努力するよ。」


「うん。


 なんか暗い空気になっちゃったね。明るい話しよっか!」


「そ、そうだな!


 なんかいい話題あるか?」


 今日の話題はさすがに言いづらいもんな……言えば変に過剰反応しそうだから言わないでおこう。


「うーんと……あ、そうそう!


 7月下旬にクラスのみんなで旅行に行くんだ! そっちって夏休みいつから?」


「多分ちょうどそれぐらいかな? サマースクールがあって、その後から夏休みだから―――」


「サマースクール!? いいなぁー。どこに行くの?」


「一応京都に行くつもりだけど、ちなみにアキ達はどこに旅行するんだ?」


「…………京都。」


 ……うーんと、聞き違いかな?


「ごめん、雑音が入ったみたいで。もう一度―――」


「京都。」


 ………マジかよ。


「き、奇遇だな、行き先が被るなんて!


 あ、そろそろ俺朝練の時間だから、おやすみ!」


「この時間から朝練でおやすみって……ちょっと、リョー―――」


 どう反応していいか分からなかったので適当に誤魔化して電話を切った。


「おい……嘘だろ……?」


 アキのクラスには俺と同じ中学出身の生徒がいくらかいる。


 そしてそのなかに、木下 剛介と日笠 蘭の2人もいたはずだ。


 木下はこの際どうでもいい。殺されかけてから関わりは持ってないから、もし鉢合わせても無視すればいい。


 ただ木下よりも不安要素になりうるのは、日笠の方だ。


 中学から高校1年にかけて、彼女とは1度も同じクラスにはならなかったから余り詳しくは知らないが、噂によると両親が市議会のお偉方だそうだ。中学や高校1年ではその七光りを使って、様々な行事の生徒役員を兼任していたという記憶はある。


 また影では気に入らない生徒をブラックリストに登録することで差別化を図り、その中には当然の如く俺も入っていた。


 廊下で会う度に取り巻きに突き飛ばされたり、学校行事で彼女が原因のトラブルが起きたとしても、大抵は全く関係ない俺の責任にされた。


 ……要は煌華学園に来るまでに刻まれた嫌な記憶の、原因となった人の一人だ。


 そんな人がもしかしたら同じ日に京都に来るかもしれない、そう考えるだけで胃痛が一層酷くなり始めた。


「クソッ……なんでよりによって同じ時期に……!」


 いや、まだ会うことが確定したわけじゃないんだ。もう少し冷静に、気楽になるべきだ。


「全力で会わないことを願うとしよう……」


 何も考えないようにしてベッドに倒れ込み、ゆっくり目を閉じると、やがて眠りに落ちていった。




 そしてアキに旅行の日付を訊かないまま約1ヶ月が過ぎ、遂に波乱のサマースクール当日となった。

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