第2話 成果と不足点

――煌華学園 第2アリーナ――



 新入生校内ランク格付け試験4番目、ユリの番が来た。


 ユリはフィールドの中央付近まで歩いていき、俺達は観客席で待機していた。


『1年武術A組 城崎百合さん


 《創現武装》を召喚してください』


「ユリ! 教えたとおりにな!」


 ユリは頷くと紅桜べにざくらを召喚した。対戦相手のアンドロイドは、俺も使ったことがある練習用の剣を持っている。


『1年武術A組 城崎百合を確認しました


 それでは試験を開始します』


 電子的なアナウンスのあとブザーが鳴り響く。試験開始だ。モニターに映ったタイマーがカウントダウンを始めた。


「出てきて、みんな!」


 さっそくユリは幻獣を生成した。ケルベロスにキマイラ、朱雀とグリフォンそして―――


「あなたも! ファーブニル!」


 開始早々全ての幻獣を生成した。ユリの考えが頭をよぎった。どうやら全力で攻めて一気に終わらせるつもりのようだ。


「行くわよ!」


 ユリは紅桜をアンドロイドに向け、幻獣に指示を出した。


 初めにケルベロスが噛みつきにかかった。アンドロイドは3つの頭から繰り出される噛みつきを全部避けると、逆に剣で薙ぎ払った。


 間髪入れずにグリフォンが飛びながらアンドロイドに向かっていく。アンドロイドは剣で突進をいなすと、下に潜り込んだ。わずかな空間を利用して避けつつ反撃するつもりなのだろうか。


 だが既にユリは次の手を打っていた。


「甘いわ!」


 グリフォンの下では、ユリがスライディングをするような格好で剣を構えていた。これは俺が教えた戦法だ。


 ユリの強みは能力の制御が完成に近いことだが、それは敵も承知の情報。遠くから幻獣に指示を出していると誰もが思うだろう。近づいてくるのは炎の幻獣で、まさか本人だとはなかなか戦いの場で思わないはずだ。


 そこを突く。完全に幻獣を相手にしている気になってる相手の裏をかけば、相手は必ず対応に追われる。


 しかし俺と戦った時のように、ある程度幻獣に攻撃させた後に動くと、それは読まれる可能性がある。


 だが、まだ駒が残っている状態で王将キングが特攻してくるなんてことは――よほどの手練れではないかぎり――戦場で予想してないだろう。


「はあぁぁぁ!」


 ユリはすれ違いざま、アンドロイドの顔面を剥ぎ取るように切断した。人間相手なら確実に死んでいる。自分で指南しておいて怖くなった。


 顔面を失ったアンドロイドはその場で倒れこんだ。


『アンドロイドの機能停止を確認しました


 試験を終了します』


 タイマーを見ると、経過時間はわずか15秒足らずだった。


 ちなみにあの戦法は、多くの幻獣を生成すればするほど効果が高いと思われる。最初に俺が見誤ったように、全力で仕掛けると相手は思うからだ。


 つまり、今回幻獣を全て出したのはそれを狙ったのだろう。……「アンドロイド相手に?」という突っ込みが来たら無視しておこう。


 戻ってきたユリは短時間の戦闘だったためか、そこまで疲れた様子ではなかった。


「お疲れ様ユリ。スライディングで擦った脚は大丈夫か?」


「うん、何ともないわ。


 それよりも、あんなにあっさり成功するとは思わなかった!」


「……お疲れ様。」


「ありがと、リンシンちゃん!」


 さて、俺も気を引き締めよう。




『1年武術A組 坂宮涼也さん


 《創現武装》を召喚してください』


 アナウンスに従って、俺はミステインを召喚した。さてと、さっさと終わらせようぜ、相棒!


『1年武術A組 坂宮涼也を確認しました


 試験を開始します』


 ブザーが鳴り響くと同時に、俺は開幕速攻をかけた。


「もらった!」


 氷の監獄で行動を封じ、中を-200度近い冷気で満たす。超低温の冷気にさらされたアンドロイドは、即座に芸術的な氷像のごとく凍りついた。


 アンドロイドが氷結したのを確認すると氷の監獄を解き、ミステインを構えた。


「砕けろー!」


 氷結はしているがまだ機能停止してないアンドロイドに一気に近づき、剣身で叩き割る。打撃を受けたアンドロイドは木っ端微塵になり、一瞬で鉄屑へと変わった。


『アンドロイドの機能停止を確認しました。


 試験を終了します。』


 タイマーを見るとわずか7秒弱しか経過してなかった。


「「おおー!」」


 開場から拍手が沸き起こった。圧倒的勝利、やっぱりすごく気分が良いな。


 観客席に戻ると、ユリが濡れたタオルを渡してくれた。


「お疲れリョーヤ! 本当に一瞬だったね!」


「ありがとう!


 一瞬では無かったけど、10秒以内だったのは素直に嬉しいかな。」


「さすが僕のライバル! でもこの後僕が―――」


「あれ、リンシンは?」


 俺はアラムを無視し、姿が見えないリンシンの所在を訊いた。


「確かウォーミングアップするって言ってたよ?」


 さすがリンシン、ちゃんとウォーミングアップをするあたりが俺達とはまた違うな。


「やぁ、また会ったね。」


 不意に背後から声をかけられた。振り返ると校内ランク1位の3年武術B組、アッシュ・ストラードさんが立っていた。


「すごいね、1年生とは思えない技術だったよ。


 これなら僕もすぐ抜かされるかもしれないね。」


「もちろんそのつもりです! 俺は《煌帝剣戟ブレイド・ダンス》で優勝するんですから!」


 アッシュさんは驚いたような顔をした後、声を上げて笑った。バカにしたような笑いではなく、まるで感心したかのような笑いだ。


「キミならきっと優勝するさ! 直江巧真を打ち破るのは、キミかもね。」


 アッシュさんは頑張れと言うように肩を叩くと、どこかへ歩いて行った。


 あの人を絶対に超える。心の中でそう密かに宣言した。


 ……ていうか直江巧真って誰だ? ……まぁ、いいか。




 そして10番目、リンシンの試験が始まろうとしていた。


「リンシンちゃん! 頑張って!」


 リンシンはチラッとこちらを一瞥すると正面のアンドロイドに向き合った。既に手には彼女の《創現武装》、風牙ふうががあった。やる気は……問題なさそうだ。あとは今までの訓練を生かせるかどうかにかかってるな。


『1年武術A組 ハク林杏リンシンを確認しました


 試験を開始します。』


 アナウンスと共にブザーが鳴り、タイマーがスタートした。


 初手でリンシンは、初めて俺と戦った時と同様に姿を消した。


 実は最初の手合わせの後に訊いたのだが、どうやら消えたというよりも風に乗り高速で移動しているのだという。視認できないほどって……どんな速度なんだか。


 リンシンはアンドロイドの背後を取ると、刀を首めがけて水平に振った。がアンドロイドは素早く反応し膝を曲げ、そのまま腰を捻りながらリンシンの足を払った。


「……っ!」


 リンシンは素早く体勢を整え、また突っ込んで行く。俺だったら今のところは胸を蹴り飛ばして相手の体勢も崩すけどな……。


「……これで―――」


 そのままアンドロイドの側面に回り込むと、リンシンが頭頂めがけて風牙を振り上げた。そんなことをしたら防がれて逆にカウンターを食らうだろう。


 しかしそれはあれが本物・・のリンシンなら、の話だ。


 アンドロイドが偽物・・の斬撃を防ごうとした時、本物・・のリンシンが偽物・・と同じ腕の動きをし、反対側からアンドロイドの内部配線や配電盤を切り裂いた。


『アンドロイドの機能停止を確認しました


 試験を終了します』


 終了のアナウンスがされると、さっさとリンシンは戻って来た。


「リンシン、あれはなんだったのさ? 僕にはリンシンが2人いるように見えたのだけれど?」


 どうやらアラムには何が起きたのか分かっていなかったらしい。俺は分かったんだけどなぁ。


「……空気の密度を変えた。」


「? どういうことだい?」


「……屈折率を変えた。」


「…………はぁ」


 つまりこういうことだ。


 空気の密度を変えることでわざと光を屈折させ、蜃気楼のような現象を起こしたのだ。


 ただそれを敵だけではなく、会場のみんながそう見えるようにしたとは……恐るべし。


 だが―――


「リンシン、まだ体術を使った戦法には慣れないのか?」


「……うん。」


 多分リンシンが足払いを食らったのと同時に反撃できていれば、もっとタイムは縮めることが出来ただろう。


 1分近く経ったタイマーを見て、そう思った。


 幸いにも《煌帝剣戟ブレイド・ダンス》予選には時間がある。明日あたりにでも調整をしよう。改善の余地はまだまだある。


「さて、とりあえず帰ろうか。腹も減ったし。」

「うん、そうね。私もお腹空いた。」

「……オレンジジュース。」


「ちょっと待ってくれよみんな!!


 僕の試験がまだだろ!?」


 俺たちはアラムの方を見た。


「え、まだあるの?」

「早くして?」

「……オレンジジュース。」


「薄情だぁぁぁぁ!」


 泣き出しそうな顔をしたアラムは流石にかわいそうに思えた。


「冗談だよ冗談! 最後にアラムの試合を見てから帰るからさ。」


「リョーヤ……。」


「ただ、30秒以上かかったら帰るからな。」


「一瞬でもやっぱりいいやつだな、と思った僕の感情を返してくれるかな!?」

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