第12話 氷と炎・影と氷

――日本 京都――



 『地下2階、地下アリーナでございます。』


 エレベーターのドアが開くと、俺達は地下アリーナの観覧席の上に出た。


 アリーナの広さは煌華学園のアリーナほどで、到底ここが地下だとは思えないほど広かった。


「ここがラマティスの誇る地下アリーナです。


 縦横に70メートルずつ、高さ30メートルのこのアリーナは、社員の自主練習用に普段から解放されていて、年に数回行われる対テロ訓練もここで行われます。


 本日は煌華学園の城崎百合さんと坂宮涼也さんのペアと、ラマティスの警備員であるファーストとセカンドのペアによるタックマッチを行います。


 で、宜しいんですよね、先生方?」


「はい、よろしくお願いします。」


 「ファースト」と「セカンド」? なんだそれ?


 謎の呼称に疑問を抱き、何となく阿佐ヶ谷さんに訊いてみた。


「阿佐ヶ谷さん、ファーストとセカンドとは何ですか?」


「あぁ、それはここラマティスに所属している警備員達の社内呼称ですよ。


 保安上の理由により、本名ではなく番号によるコードネームで呼びあうことになっているんです。」


 なるほど、それで「ファースト」と「セカンド」なのか。確かに本名で呼ばれたら、何かあったときに親類が危険にさらされるからな。


「それでは城崎さん、坂宮さん。フィールドの方に移動してください。


 その他の皆さんは、観覧席に自由に座っていただいて結構ですよ。」


 俺とユリはフィールドに通じる階段を下り、フィールド上の開始点に立った。


「位置につきましたね。それではファーストとセカンドの2人も位置についてください。」


 阿佐ヶ谷さんがそう言うと、俺とユリの向かい側の壁にあった扉が開いた。


 薄暗い奥から、《創現武装》を手にしたラマティスの制服を着た男女が出てきた。男性は身の丈ほどの大剣、女性は長弓を持っている。それぞれ腕には1、2と書かれた腕章が付けられていた。


 ファーストとセカンドが所定の位置につくと、俺とユリも《創現武装》を呼び出した。


「リョーヤ、緊張しない?」


 ユリが紅桜を構えながら訊いてきた。その額には大粒の汗が浮かび、どこか緊張気味のようだ。


「そうだな。確かに緊張はするよ。そりゃ相手がプロなんだから、圧倒的戦力差で負けることは目に見えてる。


 でも武蔵とデルバードとの戦いもそうだったよな。あれはタッグマッチとは言えないと思うけど、ユリがいてくれたから勝てたんだよ。


 今回も、プロ相手に大金星あげてやろうぜ!」


「…そうだね。うん、頑張ろう!」


 ユリはそう言うと、もう一度紅桜を構え直した。


「それでは審判は……武田先生、お願いできますか?」


「あの、審判のシステムとかはないんですか?


 大それた試合でない限り、フィールドに生身の人――ましてや《超越者エクシード》ではない人が入るのは危険視されてると思うんですけど……」


 武田先生が審判を務めることに驚いたユリが質問をした。すると阿佐ヶ谷さんは「確かにそうですね」と言って答え始めた。


「残念ながらここではあくまで、実戦を想定した訓練を行っています。


 実戦では学生の試合のように機械が審判をするわけではありませんよね? なのでここではそのシステムは採用していないのです。


 ただし万が一、生命の危機に瀕した時の強制停止はちゃんとするのでご安心を。」


 生命の危機なんて、起こらないに越したことは無いだろう。


 武田先生は《煌帝剣戟ブレイド・ダンス》予選同様に紅白の旗を持つと、指定された場所に立った。


「これより煌華学園代表、城崎百合・坂宮涼也ペアと


 ラマティス代表、ファーストとセカンドによるタッグマッチを行います。


 それでは試合―――開始!」


 2本の旗が下げられ、試合が開始した。


「行くぞユリ!」


「うん!」


 俺は背中に氷の翼を生やすと、低空飛行で一気に間合いを詰めた。狙いは大剣を持つファーストだ。


 大剣は一撃が俺のミステインとは比べ物にならないくらい重い、けど動きが大きくなるのがネック。そこを狙えば!


「―――」


「なっ!?」


 ミステインの剣先がファーストに当たろとしたその瞬間、セカンドが間に割り込み長弓・・で妨害してきた。


「弓で……だと!?」


 予想外の防御に体勢を崩すと、その隙を狙ってファーストが薙ぎ払ってきた。


「ゔぐっ―――!」


 間一髪ミステインで薙ぎ払いをいなすと、距離を取るべく上に舞い上がった。が、今度はセカンドの放った氷の矢が襲い掛かってきた。曲芸紛いの飛行で避けていくが、距離は離されてしまった。


「くっ……距離を詰めるのは許さないってことか!」


「グリフォン、リョーヤを援護して!」


 ユリが生成したグリフォンが俺と氷の矢の間に割って入ってきた。


 グリフォンに命中した氷の矢は、瞬時に溶けて消えていった。どうやら思ったほどの冷気は持ち合わせていないようだ。


「今度は私が!


 キマイラ、ケルベロス、セカンドの動きを封じて!」


 生成されたキマイラとケルベロスは主の指示に従ってセカンドに襲いかかった。


 だが2体はセカンドに到達する前に、ファーストの右掌から発生した黒い渦によって雲散霧消してしまった。


「なんだ、今の攻撃は?」


 影を操る能力か? それとも風か? いずれにせよあの力、少なくともファーストとユリとの相性は良くないな。


「ユリ、ファーストは俺が相手する。ユリはセカンドの相手を頼む!」


「了解!」


 ユリにセカンドを任せると、ファーストと接近戦をすべく高度を下げた。途中氷の矢が飛んできたが、グリフォンが守ってくれた。


「サンキュー、グリフォン!」


 ファーストの目前に降りると右肩を狙って素早くミステインを振り下ろした。この筋肉さえ断ち切れば、あの大剣は動かせなくなる。そうすれば後は氷漬けに―――


 しかし、その考えは甘かった。ファーストは全身から黒いオーラのようなものを解き放つと、大剣に収束させ始めた。


「影を操る能力だったのか。でも今更分かった時点で―――」


「〈幻影の鉤爪イリュージョン・クロウ〉」


 ようやくファーストが言葉を発したかと思えば、それは真技の名前だった。


「!?」


 振られたのが大剣とは思えない速度で繰り出された漆黒の斬撃は、間一髪にも俺の頬を出血しない程度に掠めた。


 外したのか? 何にせよ体勢は崩れたせいで攻撃は振り出しに戻ってしまった。


「くっ、当たらずに済んでよかったけど……」


 だがその時、ドサッという何かが落ちるような、あるいは倒れるような音が背後で聴こえた。最悪のシナリオが脳裏を過ぎり振り返ると、ユリが血を流してうつ伏せに倒れていた。


 さっきのファーストの真技は俺じゃなくて、最初からユリを狙ったものだったのか!


「ユリ!」


 思わず動揺してしまった瞬間、セカンドの放った矢が肩を貫いた。貫通傷を負った肩は、空気に触れる度にとてつもない激痛に襲われた。


「う゛っ……!!」


 第二射を警戒して障壁を生成すると、ユリの傍に駆け寄った。その体を抱き起こすと、左脇腹の裂傷から血が溢れた。見たところ内臓までは損傷していなさそうだ。


「リョーヤ……私は……大丈夫。


 それより……油断しないで……」


「……ああ、分かってる。」


 いや、分かってなかった。もし分かっていたら、ファーストの真技は最初から俺を狙っていなかったことに気付けたはずだ。あんな大威力の攻撃、接近戦でそうそう使うものではないのだから。


 なのに気付けなかった。なぜか?


 簡単な話だ。俺はユリと役割分担したその瞬間から、1対1の勝負をしているつもりになっていて、ファースト以外の周囲を気にしていなかったからだ。


「タッグマッチって、予想以上に難しいな……」


 何とか応急処置として裂傷を薄い氷で閉じるとフィールドの壁まで抱えて行き、そこに寄りかからせた。


「安静にしてろよ? 動いたら割れるからな。」


「うん……」


 ユリが何か言いたげな顔をしていたがそれを訊くこともなく、ミステインを握り直しファーストとセカンドに向き直ると、手元に氷の槍を生成した。


「貫け、ゲイボルグ!」


 投擲されたゲイボルグは無数の槍となり、ファーストとセカンドに襲いかかった。あれだけの氷を回避するにせよ迎撃するにせよ、一瞬の隙はあるはず。そこを狙えば!


「〈氷獄の守神モーズグズ〉」


 攻略の糸口を見つけた直後、セカンドが真技らしき技の名を口にした。途端に全身に凄まじい風圧が襲いかかり、思わず目をつむってしまった。


 強風に晒された俺の身体はフィールド端まで吹き飛ばされ、勢いよく壁に叩きつけられた。


「っは―――っ!」


 衝撃で息が止まり心臓も痙攣したのが、消えかけた意識の中で感じられた。何なんだ今の真技は……! 何が起きたんだ!?


 ゲイボルグが2人に命中した形跡は……ない。恐らくあの風圧で無効化されてしまったのだろう。グリフォンも姿が見えない。


「消されたか……」


「リョーヤ! 大丈夫!?」


 ユリが右手で脇腹を抑えながら案じてきた。俺は半ばめり込んだ壁から出ると親指を立てた。


「あ、あぁ。なんとか大丈夫だ。」


 とは言ったものの、体重を掛けた右足に痛みが走った。打ち身……いや、これはヒビが入ってるようだ。


「ごめんユリ、やっぱりちょっとキツいかもしれない。


 朱雀は出せそうか?」


「ごめん、ちょっと難しいかも……」


「だよな。」


 ヒュームと戦った時の力が出せれば、この状況は何とか出来るはずだけど……発動条件が分からない。


 一か八か、接近戦を仕掛けるしかないか。


「ユリ、紅桜を借りるぞ!」


「うん、使って!」


 俺はフィールドに落ちていた紅桜を拾うと、氷翼を二重展開した。


 足が使えないなら、飛んでやる!


 俺は氷翼から氷のつぶてを射出しながら低空飛行で2人に接近していった。


 つぶてはセカンドの障壁で防がれ命中はしなかったが、それでも2人の動きは止められた。


「ここだ!」


 わずかに障壁に入ったヒビ目掛け、2本の剣をねじ込んだ。楔の役割を果たした剣によって障壁は砕け散った。


 その瞬間、ファーストとセカンドの瞳に同様の色が浮かんだのを見逃さなかった。


「まず先にあんただ!」


 ミステインをセカンドの長弓にわざと当てると、そのままミステインごとセカンドの長弓を凍りつかせた。


「はあぁぁぁっっ!」


 紅桜を握る左腕を振り上げると、思いきり長弓に叩きつけた。凍結によって脆くなっていた長弓は粉々に砕け散ってしまった。


「おぉー!」


 観覧席から感嘆の声が上がった。しかし油断している暇はない。


 即座にその場から離れると、刹那まで俺がいた場所にファーストの大剣が振り下ろされてきた。


 セカンドの無力化は成功した。後はファーストの動きを封じれば!


「いっけぇぇぇぇぇ!!!」


 反転し、2本の剣を交差させながらファーストに突撃した。対するファーストは大剣を盾代わりにして防ぐと、いきなり俺の腕をつかんできた。


「なっ!?」


「――――」


 振りほどこうともがいた、がファーストに捕らわれた左腕は全く自由にならない。


 と、そこに《創現武装》を破壊されたセカンドが飛びかかり、俺の氷翼を蹴り砕いてしまった。セカンドはそのまま腹部に回転蹴りを入れてきた。


「ごはっっ!!」


 蹴りと同時にファーストが手を緩めたために、俺はフィールドを転がった。


「《創現武装》を封じても……ダメか」


 氷翼は既に原型を留めてなく、右足の痛みもひどくなっている。激しい攻撃が出来るのは……せいぜいあと1回が限度だ。


「――――」


「〈幻影の鉤爪イリュージョン・クロウ〉」


 一息つく間も無くセカンドが氷のつぶてを、ファーストが真技を放ってきた。避けるだけの余裕は……ない。


「これでどうだ!」


 障壁を生成して先攻してきたつぶてを防ぐと、真技で更に障壁の強度を上げようと冷気を剣身に集めた。


「〈閃々たる銀世界アイス・エイジ〉!」


「リョーヤだめ! あの技は―――」


「え?」


 ユリの言葉を全て聞き終えることなく、防いだはずの漆黒の刃に身体を切り裂かれる激痛を感じながら、俺の意識は暗闇に沈んでいった。

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