第26話 賭け そして 決着
――煌華学園 第1アリーナ――
ヒュームがあの薬を投与してから、既に10分は経過していた。
観客の避難は既に完了し、数人の校内ランキング上位の生徒がフィールドにいつでも乗り込めるように、観客席の一番下で待機していた。
そして一方の俺はというと、飛んでくる氷のつぶてを弾きながら猛虎の如く暴れるヒュームに肉薄しても、サフィールによる牽制のせいで有効打は与えられていなかった。
そこへ所詮の相手であるカレンさんがこの膠着状態にしびれを切らし、フィールドに入ってこようとしてきた。
「坂宮さん、援護を―――」
「邪魔をするなぁぁぁ!!」
暴走が続いているヒュームは、すかさず剣線から氷の刃を飛ばしてカレンさんの進入を妨害した。カレンさんはリスタニアで氷の刃を両断し、半ば強引に進入してきた。
「私が囮になります! 坂宮さんはその間に何か対抗策を!」
カレンさんはそう言うなり、俺との試合で見せた残像を用いた戦法でヒュームの気を引いた。
「対抗策ったって……」
なにも思い浮かばないのが現状だ。
予想はしていたが、〈
斑鳩庇蔭流二刀術の奥義である
さらに、助けを求めようにも誰を呼ぶべきか分からない。アッシュさんの姿がどこにも見えない以上、下手に相性が悪い人を呼んで怪我人を増やすわけにもいかない。
……現状考えうるものの中で、唯一突破口があるとすれば、それは―――
「キャっ―――!!」
あれこれ思案していると、短い叫びと共にそれまで互角の戦いを繰り広げていたカレンさんが、ついにヒュームの重い一撃を食らった。
《
「カレンさん! 大丈夫ですか!?」
咳と共に血を吐いたカレンさんは、虚ろな目で俺を見上げた。
「ご、ごめんなさい……満足に足止めもできませんでした……」
「いえ、あいつと肉弾戦をして生きてることだけでも凄いと思います。
今は引いてください……後は俺が何とかします。」
「何か……策が浮かんだのですか?」
策と言えるほどのものではない。が、1つ賭けてみる価値のある戦術ならある。それにはミステインともう1つ、剣が必要だ。
「策なんて大それたものではありませんが、攻略法はあることにはあります。
カレンさん。それをするために、リスタニアを俺に貸してください。」
「……分かりました。」
カレンさんは自分のエストック型の《創現武装》リスタニアを手渡すと、気を失ってしまった。
俺はカレンさんを静かに寝かせると、ゆっくり2本の剣を段違いに構えた。斑鳩庇蔭流二刀術の基本構えだ。
「ヒューム・スクウィールさんよ。
俺は今からあんたを止める。けど下手したらあんたは死ぬことになるかもしれない。
それでもあんたは、俺に向かってくるんだな?」
「ぼくは……坂宮……涼也より…強い……つよ…い」
コミュニケーションをとることもままならない、か。
「坂宮……涼也…貴様を倒して……ぼくが《
「あんなテロリストの溜まりに加担しているなんて……人として堕ちてるな、あんたは。
……煌華学園1年武術A組、《銀氷の剣士》坂宮涼也。
ヒューム・スクウィール、あんたを………討ち取る。」
そう、討ち取る気でいかせてもらう。これは決闘試合でも《
俺の戦術が上手くいけば、一瞬で結果が決まる―――死闘だ。失敗し反撃されれば、文字通り死ぬだろう。
両足の筋肉を限界まで縮め、開放すると同時にヒュームの懐に飛び込んだ。
常人――それでころか《
「斑鳩庇蔭流二刀術奥義、
左手のリスタニアでヒュームの剣を受けると、すかさず右手のミステインで突き上げるようにヒュームの右肩を刺した。
「う゛あ゛ぁぁぁぁ!?」
そのまま切り上げて腱と筋肉を切り裂くと、力なく垂れ下がった右腕からサフィールを蹴り飛ばす。
よし、なんとか成功した。後はこのまま―――
「畳み掛ける!
斑鳩庇蔭流一刀術奥義、
ミステインで両足のアキレス腱を切り機動力を奪うと、フィールドに突き立てたリスタニアを軸に大回りしながらみぞおちを蹴り飛ばした。
「ぐほぉっ――――!」
仰向けに飛ばされたヒュームに馬乗りになると、左肩にミステインを突き立てる。肩甲骨を貫通したミステインは、ヒュームの行動を封じた。
「これで終わりだぁぁぁ!!!」
奥義の終局、渾身の力でヒュームの腹部を殴りつけた。衝撃がフィールドに伝わり、広く深いクレーターが生じた。
その一撃をまともに受けたヒュームは、半ばクレーターの底にめり込むようにして―――気絶していた。
「はぁはぁ…………なんとか……上手く…いった……」
最初の
……無事に成功して……良かった。
「キミ、後は僕達に任せてくれ!」
ヒュームが戦闘不能になったのを見計らって、観客席で待機していた校内ランキングトップ層の生徒達がフィールドに入ってきた。
「はい、よろしくおね―――」
「うおぁぁぁぁ!!!」
突然、凄まじい雄叫びとともにフィールドが揺れた。雄叫びの主はゆっくり立ち上がると、殺意をたぎらせた目でフィールド上の生徒を見回した。
「こ、こいつ、まだ立ち上がれるぞ!!」
「そんなバカな! 坂宮のあれだけの技を食らっておきながら、まだ立ち上がるのか!?」
「今はなぜ立ち上がるのかより、どうすれば抑えられるかを考えろ!
いくぞ!」
誰かの合図によってトップランカー達は一斉に仕掛けた。
――はずだった。
「!! マズ―――」
「〈
凍気の不自然な流れを察知しても時既に遅し。《創現武装》であるサフィールを持たないヒュームが、あろうことか真技を使ったのだ。
「なに―――――」
トップランカー達は予想外の展開に対応できず、魂を削られるような
あっという間に1人、また1人と意識を失って倒れていく。残ったのは少しでも凍気に耐性のある数人だけとなった。
「坂宮! この風を相殺することは出来ないのか!?」
「無理ですよ!
〈
「そこまで分かるなら何とかしろ!」
「話聞いてました!?」
名前も知らない上級生に突っ込みを入れ―――
ん? 待てよ?
最初にヒュームがこの真技を繰り出したとき、一切の行動ができなかった。なのに今はこうして――相変わらず動くことはままならないが――突っ込みをいれるだけの余裕はある……。
―――威力が弱まってきたのか!? だとしたら勝機はある!
けどどうやって? 〈
とその時、とんでもなく博打打ちだが可能性が無いわけでもない方法が、たった1つだけ浮かんだ。
「―――っ! 一か八か、やる価値はある!
誰か、水系と炎熱系の真技を使える方はいますか!?」
すると弓を持った女子生徒が、凍て風を炎で防ぎながらスッと手を上げた。水系がいな―――
「水系なら僕がやろう!」
観客席の方から声がしたかと思えば、そこにいたのは校内ランキング1位のアッシュ・ストラードさんだった。
「アッシュさん! 今までどこに!?」
「ごめんね、少し野暮用があって。
それはさておき、僕らは何をすればいいんだい?」
「炎熱系の真技を使える人は、俺のカウントに合わせて真技を発動してください!
アッシュさんには、また別の合図を出します!
次で……決めます!」
「了解、坂宮君!」
「わ、分かったわ! ただこの寒さでは威力は知れてるわよ!?」
「大丈夫です!」
リスタニアをその場に突き立て、ミステインの剣身に冷気を纏わせた。失敗する可能性は……恐らく8割、いやそれ以上だ。それでも上手く決まれば確実に抑え込める。
これが最後だ!
と、その思いに呼応するようにミステインが青白く輝きだした。理屈は分からない、だが力が溢れてくる。
「いきます!
3、2、1、今!」
「〈
炎を纏った矢がヒュームに向かってまっすぐ飛んでいき―――俺はその進路上に、矢に背を向けて立った。氷翼を多重展開し衝撃に備える。
「ちょっ、坂宮君!? 何してるの!? そこから―――」
「いえ、問題ありません!」
これなら……届く!
多重展開した氷翼に矢が命中し、さながらロケットブースターのように俺の体を押し始めた。
凍風が頬に刺さり、手の感覚が失われる。でもまだ肩が、腕が、脚が動けるのなら、いける!!
ヒュームの目前まで迫ったところで、ついに矢の炎が尽きた。でも、ここまで来れば十分だ。
「〈
切り上げと同時にヒュームを氷点下200度――いや、それ以下の温度になった巨塔に閉じ込める。
発動者であるヒュームが行動不能に陥ったことで〈
ヒュームの全身が覆われるや否や、巨塔にヒビが入った。このままではまた脱出されるだろう。
だが今回は、そうはさせない!
「アッシュさん! お願いします!!」
合図を受けたアッシュさんは、ハーテイルを構えて水を集め始めた。
「なるほど……、キミの考えが読めたよ。さすがだね、坂宮君。
〈
アッシュさんは真技の名とともにハーテイルを投擲した。竜と化した槍は巨塔に巻き付くと、その形が歪むほどきつく締め上げた。
「これでいいかい?」
アッシュさんはそう言うと口角を上げた。
「はい! お二方、ありがとうございます!
〈
輝きを増したミステインをフィールドに突き刺し、巨塔の下から全てを出し尽くした一撃を繰り出した。
全身全霊を込めた冷気は、今までにないほど低温かつ高威力な真技へと昇華していた。
吹き上げる冷気はアッシュさんの竜ごと凍結させ、巨塔の強度を一気に底上げしていく。
「さぁぁぁがぁぁぁみぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ヒュームは最後に怨念を込めて叫ぶと…………完全に沈黙した。
冷気が収まると、そこには一層巨大化した巨塔と氷像になった竜が照明を反射し煌めいていた。
「お、終わった…………のか――――」
「坂宮君!?
マズイ、誰か今すぐ校医さんを呼んでくれ! 大至急だ!」
真技の連続使用、その代償は大きかった。アッシュさんの声が遠ざかり、やがて視界が真っ暗になった。
――煌華学園 第1アリーナ医務室――
「う……ん…………」
まぶたに射し込まれた日光の刺激で目が覚めた。ここは……医務室のベッド……か?
「―――っつ!?」
辺りを見回そうと首を動かすと激痛が走った。あの試合……いや戦いで痛めてたのか?
右腕を……って点滴何本刺さってるんだ? まさかこれ3本ともそうなのか?
目だけ動かして辺りを見回すと、点滴のチューブの先に例の治癒促進の薬剤と生理食塩水、さらに栄養剤が繋がっているのが見えた。
「こんなにたくさん体の中に入れて……大丈夫なのか?」
「んっ……リョー、ヤ?」
膝の辺りでなにかが動く気配がした。その動きの主はゆっくり上体を起こすと、眠そうに目を擦った。栗毛の髪が肩を滑る。
「ゆ、ユリ? ここで何してるんだ?」
「何って……リューヤの―――」
「待て、俺は涼也だ。」
「ほえ?……~~~~っ!?」
何に今さら気付いたのか、突然ユリの顔が火を吹きそうなほど紅潮した。……炎使いなだけに。
「りょりょ、リョーヤ!? 起きてたならそう言ってよ!!」
「言わなくても声で分か―――って、いててててて!!?
ちょ、ユリ! 腕を叩くな! 点滴の針が肉の中で暴れてるから!」
しばらくすると、ようやくユリは落ち着きを取り戻した。
―――どうやらユリの話によれば、カレンさんを含めた気を失っていた他の生徒は数時間で目覚めたのに対し、俺だけは丸一日昏睡状態にあったらしい。
しかし原因として考えられる真技の乱発では、そこまで酷くならないはずだと校医の柳ネェも首を傾げていたようだ。
そういえば首といえば、どうやら俺の首には知らない間に頸動脈ギリギリのところまで深く切られた傷があったらしい。
「そうか……いつやられたんだろう? 全く気付かなかったんだけどな……」
「戦ってるときってアドレナリンがたくさん出るでしょ?
そのせいで痛覚が鈍ってたんじゃない? もしくはエンドルフィンか……うーん、よくわからない!」
「お、おう。そうか。
ホルモンとかの問題じゃなくても、あの寒さで神経がイカれてたか―――」
するとユリが眉間にシワを寄せて顔を近付けてきた。少しでも動けば
「アッシュさんに聞いたよ。また無茶苦茶したって。」
「またって……前にも無茶なことしたっけ?」
「《
「あの時は無茶なことした記憶は―――」
「余計なこと言わない!
いずれにせよ、リョーヤが凄く危険だったってことには変わりないんだから!」
「うっ……ごめん。」
無意識に出た謝罪の言葉に、ようやくユリは顔の緊張を解いた。
「うん、よろしい。」
「ラブラブだねぇ、お二人さん?」
「羨ましい! 僕だってユリさんにあんなことやこんな―――っぅぐ!」
「……変態は黙る。」
やけに騒がしいと思えば、ベッドを囲むカーテンの隙間から6つの目に覗かれているのが見えた。
「……アラム、出てこい。」
「何で僕だけ!?」
押されるようにしてアラムが中に入ってきた。
「や、やぁリョーヤ。元気になってよかった!
あの時のリョーヤの強さといったら、もう神がかっていたよ!
ユリさんなんて、モニター越しにリョーヤを大声で必死に応援してたんだよ?」
「…………」
「そうなのか?」とユリを見ると、本人は下を向いてふるふると震えていた。
あー、これはアラム。地雷踏んだな。
「秘密にしてって言ったのに……」
ユリは小声でそう言うとゆっくり立ち上がった。頼むから幻獣出したりとかは―――
「キマイラ。おいで。」
あ、終わった。キマイラがユリの足元に出てきた瞬間、講話など存在しないことを悟った。
「ねぇ、リョーヤ。キマイラって人を食べると思う?」
……どうとでもなれ!
「食べるんじゃないか? 前に俺のことを焼肉にしようとしてたし。」
「だよねぇ。食べるよねぇ。」
顔を上げたユリの目に光はなかった。完全に……怒らせたな。
「キマイラ、そこの裏切り者を食い散らかしなさい!!」
「なんでぇぇぇぇ!!?」
この後、医務室を焦げだらけにしたユリとアラムが、柳ネェにこっぴどく怒られたのは言うまでもない。
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