第7話 方針と自己紹介

――煌華学園 武術科棟――



「ま、間に合った……。」


 食堂から全力疾走して、何とか2日連続の滑り込みセーフに持ち越せた。席につくとユリが不思議そうな顔をして訊いてきた。


「リョーヤって、もしかして朝弱い体質?」


「いや、今日はちゃんと起きれたんだ。ただ、ニュースに食い入っちゃってさ……。」


「あー、ロンドンのテロね。


 あれ、結局は《希望の闇ダークネス・ホープ》が正式に犯行声明を出したらしいよ。」


「やっぱりそうか……。」


 上がってた息もだいぶ落ち着いてきたところでチャイムが鳴り、船付先生が教室に入って来た。何か箱のようなものを抱えているみたいだ。


「皆さん。おはようございます。


 いきなりですが、皆さんテキストタブレットをちゃんと持参してきたかと思います。


 しかし先ほどの職員会議で、武術科は少なくとも《煌帝祭》煌華学園予選が終わるまで、ほぼ使わないことが決定しました。」


 クラスが一斉にざわつき始めた。それもそうだ。入学2日目にしていきなり進路方針が変更になったのだから。


 ……にしても急展開だな……。


「テキストタブレットはしばらくの間、各自のデータ収集や自習で使用してください。」


「先生、そしたらこの先は何をするんですか?」


 誰かが全員が抱いていた疑問を代弁して訊いた。そう、生徒が今知りたいのはテキストタブレットの今後の使い道などではなく、この先俺達は何をこの学園でするのか、だ。


 ま、大体の予想はついているが……。


「皆さんを含めた全武術科の生徒には、自らを鍛える訓練をしていただきます。」


「どういうことですか?」


「基礎知識の学習は個人に任せ、《煌帝剣戟ブレイド・ダンス》の本戦、あるいは煌華学園予選で好成績を修めてもらうための訓練がメインになるということです。


 まぁ、鍛えてもらう目的はそれだけではないのですけどね。」


「えっと、いまいちまだ掴めないんですが……。もしかしてこれから先は主に戦闘訓練をするってことですか?」


 教室の視線が全て船付先生に注がれる。先生は大きく深呼吸をすると―――


「………端的に言ってしまえば、そうなります。」


 その瞬間一斉に教室がざわついた。船付先生は咳払いをすると説明を続けた。


「今朝早く、ロンドンテロの一報を受けたことで緊急職員会議が開かれました。


 そこで話し合った結果、自己防衛と緊急時における速やかな対応、そして万が一敵と遭遇した時の戦うすべを学ばせる必要がある、との結論に至りました。


 もちろん突然の発表で困惑している人も多いと思います。


 そこで、ここに―――」


 船付先生は持ってきた箱を教卓の上に置いた。箱には『回収ボックス』と書いてある。


「―――自主退学願の用紙を用意しました。


 これからの訓練は危険を伴うことが予想されますので、乗り切る自信の無い人はこの用紙に名前を書いて提出していただいても結構です。もちろん入学金は返金します。


 残ることを強制はしません。ここはあくまで民間の学校であり、我々は教師で皆さんは生徒。決して軍事学校の教官と士官候補生ではないのですから。


 ただ、退学するのであれば《超越者エクシード》としての能力を使えば犯罪行為と見なされる可能性はあります。それだけは頭に入れておいてください。


 取りに来る人、いませんか?」


 しかし、誰一人として教卓へ向かう生徒はいなかった。


 ………冷静に考えてみると、この変更は仕方ないとも思えてしまう。なぜなら最近の《希望の闇ダークネス・ホープ》によるテロの増加が、人々の危機感を募らせるものだからだ。


 一般的に、異能の力を持つ者に近代的な対人兵器は通用しないと言われている。ミサイルだろうと銃弾だろうと、なにかしらの能力で無効化されるからだ。


 そこで唯一の対抗手段となりえるのは《超越者エクシード》ということになる。眼には眼を、異能には異能を、という理屈だ。


 最近のテロの増加に伴って、世界的に《超越者エクシード》を自らの軍隊に欲しがる国や地域は増加している。


 需要に答えるなら供給を増やさなくてはならない。そのための戦力は育てる必要がある。例えその場が高校であっても、授業と並行して戦士の育成はされる。俺達は消耗品じゃないが、これが現実だ。


 それに……万が一この洋上学園都市も襲われたら、まずは個々に自衛しなくてはならない。いつでも大人が守ってくれることは期待しない方がいい。


 だがそんな時にまともに戦う、あるいは逃げられなければ、敵にとって格好の攻撃目標となるのは目に見えている。

 

 しばらくの間を置き、船付先生は回収ボックスを教壇に降ろした。


「今すぐに取りに来いとは言いません。後で職員室に取りに来ても構いません。


 さて、時間も惜しいので早速午前の活動を始めます。まず皆さんには4人組のチームを作っていただきます。恐らくクラスの人数的には5チーム作れると思います。


 ただし、これは訓練でのみ使用するチームです。《煌帝剣戟ブレイド・ダンス》の予選は個人戦であり、ここで作ったチームは全く関係ありませんので、承知しておいてください。」


 なるほど、早速今日から訓練は始まるみたいだな。目標を叶えるためには、なりふり構わずやるしかないな。


「チームが決まらない人は先生が勝手に割り振るんですか?」


「はい、そのつもりです。」


 誰かの質問に先生が答えた。つまり早い者勝ちだ。そこですかさず俺はユリの手を取った。


「ユリ!」


 ここで行動を起こさないとこの後何が起こるか、それは容易に予想がつく。昨日の入学式直後と同じ、餓えた野獣が押し寄せてくるようなあの状況だ。


「は、はひ!?」


「俺と組んでくれ!」


 ユリは目をパチクリさせると、ニコッと笑った。


「いいよ。ていうか元々つもりだったけどね?」


「そ、そうだったのか! さんきゅ!」


 ……冷静になるととてつもなく恥ずかしい! 手なんか取っちゃって、まるで告白じゃねーか! 


 でもこれでユリがまた男子に囲まれて困ることはないだろう。


 ……それは置いといて、問題は―――


「あと2人か……。」


 とそこへ、ふと目に入った前の席に座っている比較的大人しそうな、小柄でボブカットの女子に声をかけた。


「ごめん、一緒のチームになってくれるかな?


 同じチームに自分以外の女子がいた方が、ユリも安心できるだろうし。」


 その人は肩越しに声をかけた俺に首から上を向けると、表情を一切変えずに頷いた。


「……うん。」


「そっか、仕方ないな。他を―――え? いいの?」


「……いいよ。」


 再び静かに頷いたその人に礼を言うと、ずっとこちらに視線を送ってきている男子勢に対してわざとらしく言った。


「あーあ、あと1人どうしようかなー。これだと女子の割合が多くなるから男子誰か来ないかなー。


 ハーレムは気が引けるなー。」


 俺が誰かを誘っても良かったのだが、それではさすがに不公平かと思ってしたのだが……効果てきめんだったようだ。


 数人の男子がジャンケンを始めたのだ……。そんなに俺達と同じチームになりたいのか? いや、正確にはユリと、だな。


 数分後、壮絶な戦いを勝ち抜いた男子生徒が近寄って来た。ロシア系の美少年って風貌だ。


「はじめまして、僕はアラム・カシヤノフです。3人ともどうぞよろしく。」


「俺は坂宮涼也、こっちは城崎百合……って、もう知ってるよな。


 んでこの人が……ごめん、名前なんだっけ?」


 ユリの次に声をかけた人に名前をたずねた。


「……ハク 林杏リンシン。」


 ハクさんは相変わらず無表情でそう答えてきた。協調性……大丈夫だろうか。とりあえず気にしてても仕方ないか。


「だそうです。てことでよろしく!」


 こうしてチーム決めは――男の戦いはあったが――大きな問題なく終わった。




 しばらくしてようやくクラス全員のチーム分けが終了した―――とは言ってもまだ入学2日目、友達がいる人なんてまだまだ少ない方だ。なので結局、ほぼ先生の適当な割り振りで決まった。


「皆さんお疲れ様でした。この後は各チームの活動にします。


 メンバーの情報を共有して、今後の訓練のスケジュールや内容の話し合いを行ってくださいね。


 午後は皆さん第1アリーナに集合してください。」


 昼まではそれなりに時間がある。この間にまずは、お互いにどんな能力を持っているか知る必要があるだろう。


「えっと、じゃあみんな能力の紹介から始めようか。」


 ここはみんなを誘った俺が仕切るべきだろう。そう思い、俺が司会進行をし始めた。


「俺は……昨日の決闘試合で見せたまんまだけど、氷の《自然干渉系》能力を使います。」


「うん、あの試合は僕も見ていたよ。キミはなかなかに強いんだね。


 にしてもあの太刀筋。一瞬とはいえ、無駄のない良い動きだったね。武術の類はなにかやっていたのかい?」


 アラムが興味ありげに訊いてきた。あの一瞬の俺の動きでその考えに至るなんて……案外侮れないかもな。


「小さい頃に古流剣術をちょっとな。


 そういうアラムの能力は?」


「僕が持つのは炎を操る能力さ。


 僕の激しくて熱い炎はまるで―――」


「オーケー分かった。


 んで、ハクさんはどんな能力を?」


 うん、なんとなくアラムの性格が分かった気がした。アラムのセリフを遮って、次にハクさんに話題をふった。


「……リンシンでいい。


 ……私が持つのは風の《自然干渉系》能力。」


 リンシンはそう言うと髪が少しなびく程度の微風を吹かせた。


 なるほど。氷と炎、それに風か。あとは―――


「ユリは何の能力を?」


「私もアラムさんと同じ、炎の《自然干渉系》能力を持ってるわ。」


「おお!」


 感嘆の声を上げユリの手を取ったのは……アラムだった。


「これも何かの運命。どうだい、この後一緒にランチでも―――」


「ごめんなさい、そういうの苦手です。」


 ユリは問答無用とばかりに、アラムの誘いを断った。


「そ、んな……」


 よほどショックだったのか、アラムはそのまま固まってしまった。俺が文字通り凍らせて固めても良かったのだが、ユリの一言の方が精神的な威力は高いだろう。


 ていうか、ユリって一対一対応なら強気になれるんだな。


 全く動かないアラムを無視して、ユリが今後の方針について提案してきた。


「ねえねえ、これから私達、リョーヤに色々教えてもらうっていうのはどうかな?


 剣術とか習ったことないから素人だし、能力の才能もあるからすごく良いと思うんだけど。」


「え? 俺が?」


 教官役が俺でいいのか? はっきり言って人に教える自信はないぞ……。


「……いいと思う。」


「きっと僕よりも強いだろうから、色々教えてもらおうかな。」


「んじゃ決まりね! よろしく、リョーヤ教官。」


 いつの間にか復活したアラムを含めた――俺を除いた――全会一致で決まってしまった。プレッシャーでますます自信がなくなってきた……がこうなった以上、やらないわけにもいかないか。


「はぁ……分かったよ、引き受けた。


 ただ、あまり期待はするなよ?」


「はーい!」


 こうして午前の活動は終わった。この後は第1アリーナに集合だ。

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