第4話 境地と修帝1位

――ヒースネス 総合アリーナ――



 流れでフィールドまで来てしまった。


 どこから噂を聞いてきたのか、観客席にはいつの間にか大勢の人が集まってきていた。


 カメラを持った人もいる……まさか新聞社じゃないよな……。


「ユリ、本気で試合するのか? 赤羽さんと。」


 既に《創現武装》を持っている人に聞いても無駄だと思うが、一応訊いてみた。が返ってきたのは、予想通りの答えだった。


「当たり前じゃない! あんなのにリョーヤを取られるなんてこと考えたら……絶対阻止しなくちゃ!」


 ユリって……怒るとかなり大胆なことするよな……。普段は大人しいイメージがあるけど、今のユリを見ているとそんな気が全くしない……。


「……ユリ、頑張って。」


「リンシンは応援する立場なのかよ!?」


「……女の戦い。」


 ポーカーフェイスのはずなのに、どこか目がキラキラと光っている気がする。まさかこういう関係に興味あるのか? 三角関係ってやつに。


「準備はいい? 尻軽女。」


 フィールドの反対側では黒と白を基調とした大鎌を持った赤羽さんが待機している。


「いつでもいいわ! 猫かぶり。」


 ……うん、止めようとするだけ無駄な労力になりそうだ。ここは諦めて観客席に行こう。


 観客席に着くと間もなく、審判による試合開始のアナウンスがされた。


『これより煌華学園の城崎百合と、修帝学園の赤羽澪孔による模擬戦を始めます。


 試合……開始!』


 試合開始のブサーが鳴り響き、先に仕掛けたのはユリだった。


「ファーブニル! あの性悪女をウェルダンステーキにしちゃって!」


 ユリはいきなりファーブニルを生成すると、微動だにしないまとをこんがりと焼くように指示を出した。


 が、対する赤羽さんはニヤリと笑みを浮かべると―――


「出てきなさい、ファーブニル。」


 赤羽さんもユリのファーブニルと瓜二つのファーブニルを、目の前に生成させた。


「どうなってるんだ!? どうして炎を操るわけでもない赤羽さんが、ユリと同じファーブニルを!?」


 どうやらその疑問は、実際に対峙しているユリも抱いたようだ。 


「ど、どうしてあなたがそれを!?」


「え、知らないの? あたしが光と影を操るってこと。」


「そんなことは百も承知よ!


 そんなことはあなたがファーブニルを持っている理由には―――」


「作ったの。何かいけなかった?」


「え……?」


 え、作った? いや、単純に生成したってことなのか?


 いずれにせよ光と影を操る赤羽さんが炎のファーブニルを作るなんてこと、できるはずがない。


「……な、なんでもいいわ!


 ファーブニル、その偽物を粉々にして!」


 ユリの命令に従い、ファーブニルが偽物を砕くべく突進しだした。ファーブニルは加速しながら突進の威力を高めると赤羽さんのファーブニルに―――


「ファーブニル、受け止めて。」


 あろうことか、赤羽さんのファーブニルはユリのファーブニルを堂々と真正面から受け止めた。


「そ、そんな馬鹿な!?


 パワータイプのファーブニルを、受け止めた!?」


「……あのファーブニル。どこか―――」


 隣に座っていたリンシンがボソッと何かを呟いた。が観客の声で遮られてしまい、よく聞こえなかった。


 赤羽さんのファーブニルはユリのファーブニルを打ち上げると、その巨体からは想像できないほど素早く、尻尾で反対側の壁に向かって打ち飛ばした。


 ユリのファーブニルは壁に盛大な亀裂を入れると、力なく倒れ、消えてしまった。


「さすが煌華学園の代表というだけはあるね! ファーブニルの迫力、よく伝わってきたよ。


 けどね、あたしの能力をただ光と影を操るだけの能力だと思わないことね。


 操るってだけでも、幾通りのバリエーションがあるんだから。」


「幾通りの……?」


 ユリが理解できないといった様子で首を傾げた。正直、俺にも赤羽さんが何を言いたいのか分からない。


「うーんと、例えばね……。


 あなたは太陽光のエネルギーだけで宇宙を航行する人工衛星って知っている?」


「いきなり何を言い出すのかと思えば、そんなことを訊いてくるなんて。


 人工衛星なんて大体はそうでしょう? 太陽光パネルで発電を―――」


 ユリが答え切る前に、赤羽さんが手のひらを突き出して制止した。赤羽さんはそのまま深くため息をつくと再び話し始めた。


「そんな簡単な問題出すわけないでしょ? ま、私の質問の仕方がマズかったのかもしれないから、もう少しわかりやすく質問してあげる。


 あなたは、太陽光の持っている物理的なエネルギーで宇宙を航行する人工衛星を知ってる?」


「物理的な……エネルギー?」


 ……っ! 前にテレビで見たことがある。宇宙で特殊な帆を広げ、そこに太陽光を受けることで光の持つ運動エネルギーを利用して航行する人工衛星があるって……。


 でもそれが一体赤羽さんのファーブニルとどう関係があるんだ?


「あたしのファーブニル――まぁ正確にはあなたのファーブニルをコピーしたものだけど、あれはその性質を利用しているの。


 すごいでしょ?」


「で、デタラメよ!


 例えそんな理論が本当にあったとしても、あなたのファーブニルはただの光で出来ているわけないじゃない!」


「それってー、頑丈さでオリジナルを上回っているから言ってるの?


 だとしたらその考えは安直ねぇー。だってあなたも見てきているはずでしょ? 光を操る《超越者エクシード》達の技を。


 ビームだか光剣だか……何を見てきたかは知らないけど、絶対見てきたはずだよね?


 その光が物質的な性質を持っていることを。」


 その言葉を聞いた瞬間、赤羽さんの言いたいことの全てが分かった。


 確かにユリだけでなく俺やリンシンも散々見てきた。光を操る人達の技を。


 その中でも最も赤羽さんの説明に当てはまる技は、カレンさんの真技〈神々の聖なる砲撃セイクリッド・レーザー・ショット〉だ。


 カレンさんの真技は光の砲撃であるにも関わらず、〈閃々たる銀世界アイス・エイジ〉と拮抗状態になっていた。


 もちろん冷気は風となれば物理的な威力を持つ、けどカレンさんの砲撃は光であるはずなのに拮抗できた。この事象が示す意味は―――


「光も……物質的な実体を持ちうる……。」


 その事に気付いたのか、ユリもハッとした表情になり、そのまま赤羽さんのファーブニルに目を向けた。


 どうやらユリは、あのファーブニルのカラクリが分かったみたいだ。


「やっと分かったー? ちょっと理解が遅いよ。


 これぞ光を操る者だけに許された境地ね!」


「あなた……何者なの?


 あなたのファーブニルは幻影のたぐい。でも幻影に実体を持たせるなんて……一体どんな真技を―――」


「あーそこでストーップ。」


 赤羽さんは再び手でユリの話を制止した。ユリは「な、なに?」と不愉快げな顔をした。


「まず1つ目、あたしはただの女の子。それ以上でもそれ以下でもないよ。


 そして2つ目。それ、真技じゃないよ?」


「………え?」


 あれが真技じゃないのか!?


 どう考えてもあのファーブニルの制御だけで、並の《超越者エクシード》の真技程度のエネルギーを消耗するはずだ。なのにそれが真技じゃないなんて……。


「……格が違う。」


「え?」


 またしてもリンシンが何か呟いた。が、今回はハッキリと聞こえた。「格が違う」とはどういう事なんだ?


「リンシン、それはどういう?」


「……あの人、素質がある。」


「素質?」


 リンシンはうなずくと、俺がすっかり忘れていたことを引き出してきた。


「……光と影。2つを操るだけのポテンシャルがある。」


「光と影……そうか!」


 赤羽さんは《超越者エクシード》の中でも珍しい2種類の《自然干渉系》能力の持ち主。なら一般的な《超越者エクシード》の限界は彼女に当てはまらない可能性がある。


 1つを極めることで真技を習得するのであれば、赤羽さんは恐らく2つを極めることによって真技を習得している。そう考えれば、1つの真技レベルの疲労を克服することは簡単だ。


 ということは―――


「この勝負……ユリに勝ち目は……」


「……多分、無い。」


 赤羽さんはあくびをしながら―――


「あーあ、もう説明ばっかでつまんなくなってきちゃった。


 パパッと終わらせて、リョーヤはあたしが貰っていくね?」


「そ、それだけはやめて!」


「無理無理ー、もう決めちゃったから。


 そんじゃいくよー!」


 赤羽さんは大鎌の柄をフィールドに突き立てた。


「あたしの真技、とくとご覧あれ!


 〈天界に上がりし―――」


「赤羽! お前何してんだ!?」


 赤羽さんが真技を発動しかけたその時、突然フィールドに修帝学園の制服を着た赤髪の男子生徒が侵入してきた。見たところフレッドさんでは無さそうだ。


 男子生徒は審判が駆け寄ると手に持っていた何かを見せた。それを見た審判は即座にマイクを手にした。


『この試合、修帝学園生徒会長の名において赤羽澪孔の棄権により、中止とさせていただきます。』


「え、ちょ、ちょっとー! どういうつもりですか!?」


 赤羽さんの抗議と共に、観客席からもブーイングが飛び交う。修帝学園生徒会長? 一体誰なんだ?


「どういうつもりも何もあるか。オレの忠告をまともに聞かなかったのか?


 《煌帝祭》まであんまり能力見せるなって言ったのに、こんな試合しやがって。」


「う……。すみません。」


「えっと…あなたはもしかして……」


 ? ユリはあの男子生徒の正体を知っているのか?


 だとしたら有名な―――


「おっ、オレのこと知ってるのか。


 あ、でもちょっと待ってくれ?」


 男子生徒はそう言うと観客席に向かって―――


「てめぇら、ブーブーブーブーうるせーんだよ!!


 文句があるなら降りてこい! いつでも相手になってやるぞ!」


 と怒鳴り、アラムのそれにも匹敵するほどの熱を帯びた業火を全身からほとばしらせた。威嚇された観客は一斉に静まり返ってしまった。


 なんて人だ! あれほどのブーイングを一瞬で鎮めるなんて……迫力もここまでくると、もはや脅威だ。


「さてと、ギャラリーも黙ったことだし、さっと自己紹介をしておこうかな。


 オレは直枝巧真。修帝学園校内ランク1位で、同校の生徒会長をしている者だ。」

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