第22話 最終試合とエサ

――煌華学園 第1アリーナ――



『皆さま、お待たせしました!


 2日間にわたる非常に白熱した決勝戦も、次の試合で最後となります!


 最終試合、第4ブロック決勝戦出場選手の入場です!』


 アナウンスと共に目の前の門が開かれていく。照明の光が網膜に強烈な刺激を与えていくおかけで、目の奥が脈打つように痛い。けど、それもこの場所に立った者への洗礼だと思えば嬉しいか。


 俺は既に召喚したミステインを手に、ゆっくりとフィールドに歩き出す。


『1年武術A組 坂宮 涼也選手と


 2年武術A組 ヒューム・スクウィール選手です!』


 満席の観客席からの歓声が、まるでスコールのようにフィールドに降り注いだ。俄然やる気が出てきた!


『それでは恒例の《創現武装》紹介に参ります!


 まずはスクウィール選手の《創現武装》、サフィールです!』


『先ほどの試合のアラム選手と同じ、サーベル型の《創現武装》ですね。


 違いといえば全くなんの装飾もされてない、実にシンプルな作りかどうかと言ったところでしょう。


 装飾の施されているアラム選手のナザロートに比べ、スクウィール選手のサフィールは……特別何か特徴があるように見えませんね。強いて言えば柄の群青色でしょうか。


 ですがシンプルイズベスト、今回も圧倒的な力をその剣で見せてくれることでしょう。』


『対する坂宮選手の《創現武装》は、剣型のミステイン。


 いやー、いつ見ても綺麗な剣ですよね!』


『はい、まったくです。


 しかし美しいだけではないのがあの剣。その刃に沈んだ選手は数しれず、あの《爆砕の災厄マッド・デストロイヤー》をも仕留めましたからね。


 勝利の女神は静寂な剣か、あるいは優美な剣か、どちらに微笑むのか楽しみです。』


 俺に微笑むに決まってる。いや、大笑いするだろうさ。あの野郎に俺の氷が贋造品ではないことを証明するんだからな!


『それでは《煌帝剣戟》煌華学園予選最終試合


 第4ブロック決勝戦


 試合開始!』


 俺とヒュームは試合開始のブザーの音と同時に能力を発動させた。ただの能力ではない、全力だ。


「〈閃々たる銀世界アイス・エイジ〉!」


「〈氷結せし理想郷フローズン・ユートピア〉!」


 開幕直後、俺から放たれた冷気とヒュームから放たれた凍気がフィールド中央で衝突した。


『し、信じられません! これは予想外です!


 開幕わずか5秒と経たずに両者同時に真技を発動させたぁーー!!


 こんなこと、今大会どころか学園始まって以来始めてです!』


『膨大なエネルギーを消費する真技をファーストアタックにすることは、リスクが非常に大きいゆえに避けられてきましたからね。』


 〈氷結せし理想郷フローズン・ユートピア〉か……思った以上に威力が大きいな。しかもあの野郎、涼しい顔してやがる!


 このままじゃ―――


「坂宮涼也くん、だから言ったよね? キミの氷は贋造品だって。」


「まだそんなことを! 一体何をもって―――」


「キミの氷は、何色だい?」


「……はぁ?」


 その瞬間、集中力が途切れてしまった。それを見計らってかヒュームが真技の威力を上げ、俺の真技を押し返し始めた。


『おおっとこれは! ヒューム選手の真技が優勢になってきた!


 坂宮選手ピンチだ!』


「なんの、これしき!」


「無理で無駄で無力だねー。」


 ヒュームはあろう事か真技の発動中に、大量の青い氷のつぶてを生成した。真技の発動中に別の技を!? そんなこと可能なのか!?


「ほら、避けないと挽肉になるよ?」


 ノーモーションでヒュームは氷のつぶてを一斉に飛ばしてきた。あいつの言う通り、あれを食らえば挽肉になりかねない。


「畜生!」


 真技を中断し結界を張った。これで少しは時間稼ぎになるだろう。その間に次の手を―――


「いやいや、考える時間なんて与えないよ?」


 ヒュームも真技を中断すると、今度は青い氷の剣を生成した。間合いを詰めると一撃・・で結界を破壊した。


『スクウィール選手、防御に回った坂宮選手の結界をいとも簡単に砕いた!


 しかしなぜあんなに頑丈な結界が、ただの一撃で破壊されたのでしょうか?』


『それはスクウィール選手が氷を知り尽くしているからでしょう。』


『えっと……解説のステイザーさん。それはどういう事ですか?』


 たしかに、どういうことだ?


 決壊を砕き猛攻を仕掛けてくるヒュームの剣をさばきながら、耳だけは解説に傾けた。


『スクウィール選手の二つ名、《氷獄の使者》はダテではないということです。


 坂宮選手のあの結界の色は透明とは言えず、少し白っぽくも見えますよね。あれは氷の形成時に空気が入ってしまうからです。


 そしてスクウィール選手はあの結界の中に含まれている気泡が、比較的多いところを狙ったと思われます。


 氷の密度が低いところは耐久性が周りに比べて低下する。だから一撃で粉砕されたのでしょう。』


 なるほど。確かに意識はしてなかったけど、俺の氷はどこか白く濁っているようにも見えるな……これが砕かれた要因か。


「解説の言う通りさ。


 坂宮涼也、キミの氷には気泡が多い。だから白く濁った氷になるのさ。」


 ヒュームは攻撃の手を休めることなく、同時に俺を罵ってくる。


「対してぼくの氷を見てみなよ! 美しく透き通った氷だろう? 気泡がほとんど入っていない純粋な氷さ。


 キミのように一人に認められただけで有頂天になって、精度を上げることを怠った結果生まれた氷とは程遠い代物しろものだよ。


 贋造品のキミの氷とは勝負にすらならないよ!」


 ヒュームはそう言うとミステインを弾き、腹部に回し蹴りを入れてきた。今のは格好のフィニッシュチャンスだったはずだ……なぜトドメを刺さなかった?


 運良くミステインのそばに吹き飛ばされたが、さっきの蹴りで得たダメージはすぐに反撃できるような軽さではないな……蹴られた部分の痛みが全く引かない。


「おっとごめん。


 もっとキミがやられていく姿を見ていたくて、ついトドメを刺すのを忘れていたよ。」


「はは……油断したな。ここからが勝負だ!


 あんたがなんて言おうと、俺のこの氷は―――」


 …………いや、待て。なんだこの違和感。考えてみれば謎が多すぎる。


 なぜあの人は俺をここまで罵る? 


 なぜあの人は俺に友達はできないって予想をしていた?


 なぜあの人は俺を以前から知っていると言った? 


「……なぜ、俺の氷が認められたってことことを知っている?


 俺はあの時・・・の事を誰にも話したことないんだぞ?」


 ヒュームは数秒の間を置くと、フィールドに響き渡るような声量で高笑いし始めた。その姿は今までで一番不快だ。


「あははは! うひゃあは! うわぁひゃひゃはは! そーかそーか、知らないんだったな。


 いや、ぼくが知られないようにしてたんだからなぁ? 仕方ないよなぁー!?」


「何のことだよ! 質問に答えろ!」


 ヒュームは口元に不気味な笑みを浮かべて、俺が一番考えたくなかった可能性に通じることを口走った。


「改めて自己紹介させてもらおう! ぼくの名前はヒューム・スクイール。


 キミと同い年で、同じ梅原中学にいた生徒さ!

 

 能力に目覚めても1年間あたためていたキミと違って、ぼくは中学3年で目覚めた後、地元の高校に行かずこの学校に入学したんだよ。」


 いや、待て、どういう事だ? 学年が違うなんてことは正直どうでもいい。そんなことよりもっと重要なことを言っていただろ……?


「今……どこの中学だって……?」


「んー? 梅原中学校。


 キミがいじめられていた学校、とでも言えば分かるかな?


 まぁあれだよ。あの時みんながしていたキミに対するイジメも、ぼくがそそのかしたんだけどね?」


「……なん……だって?」


「え? 聞こえなかったのかい?


 ぼくがみんなに『人じゃない坂宮涼也をみんなで省こうよ』『あんなのが教室にいたら、みんな風邪ひいちゃうよ』『あんなのは《超越者エクシード》じゃない、ただのバケモノさ』って言って回ってたのさ!」


 そう暴露しながら、ヒュームは実にたのしそうに笑った。


 まるで自分の行ってきたのはただのエンターテインメントの提供だ、何も悪いことはしていないと言わんばかりに……。


『ええっと……どういう事なんでしょうか?


 2人は古くからの知り合いで、過去に何か複雑な事情が―――』


「実況さーん。


 うるさい。」


 ヒュームはその目に静かな殺意を込めて実況席を睨んだ。


『は、はい。失礼しました。』


 実況席の人たちは向けられた殺意に怖気づいて、すごすごと引き下がってしまった。


「なんで、そんなことしてたんだよ……。


 人の学校生活破壊して、そんなに楽しかったか?」


「うん、もちろん。でも実際、対象は誰でも良かったんだよ。あの学校にいた《超越者エクシード》なら。


 ぼくがみんなをそそのかしていたのは、あくまで保身のためさ。」


「保身……?」


「そうそう、保身保身。


 ぼくもキミと同じく中学3年で能力に目覚めたよ。けど《超越者エクシード》だと言われて、世間から好奇の目で見られるのは嫌だったね。


 そんな時にちょうど使いやすいコマを見つけた。それがキミだよ、坂宮涼也くん。


 魚に餌を与えてやれば、そいつらは喜んでそこに向かって行く。


 それと同じように、生徒に自分達とは違う存在がいるということを伝える。すると生徒は異質な存在であるそいつを、集団の輪から省こうとする。


 その結果、自分がイジメの対象や好奇の目で見られるようになるのは防げたさ。


 けど、それ以上に生徒たちの餌への食いつきが思った以上に良くてね。つい愉しくて熱が入っちゃってさぁ!


 その人の様子を観察してたら、その人落ち込んだと思いきや同い年の女子に励まされてるじゃないか!


 いやー、あれは見ものだったよ! 傑作さ! 女子に励まされる男子、情けないねぇー!


 あ、ごーめん。キミの過去の話を赤裸々に語っちゃったー。


 でもまぁいいよね? どーせキミの能力は贋造品を製造するだけの使えない能力だってことが既に証明されちゃったからね、これ以上恥ずかしいことはもう無いよね?」


「………」


「あれれー? だんまりかー。


 ならそろそろ飽きてきたから―――」


 ヒュームは黙ったままの俺にゆっくりと近づくと、止めを刺すべくサフィールを振り上げた。


「―――終らせて貰うよ!」


 冷たく輝いた刃が、脳天めがけて振り下ろされた。

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