第13話 割り込みと斑鳩庇蔭流

 ◇ ◇ ◇ ◇




――日本 東京都――



「涼也。小さい頃からの癖が直っとらんぞ?


 反撃を恐れて距離を取れば、遠距離攻撃がくると思え。お主が小童こわっぱの時から言っておろう?」


「んなこと言われても師匠。基本型しか学んでない自分が、師匠に敵うわけないじゃないですか……。」


「そんな弱腰でどうするんじゃ?


 来年から通う煌華学園とやらには世界中から強者つわものが集まるのじゃろう?


 であるならば、恐れを捨てて果敢に立ち向かうことぐらいやってのけてみんかい!」


 師匠はそう言うと腰を屈め、再び居合いの構えをとった。かれこれ1時間以上同じことを続けている。


 1ヶ月後に迫った入試の対策をしなきゃいけないのに、これじゃ時間がなくなる一方だ。


「お主の剣術の才能は認めよう。だがのう、生半可な力は身を滅ぼすのじゃ。」


「じゃあ師匠、何か技を教えてくださいよ。何かありますよね、奥義やら基本技やら―――」


「そんなものはない。」


 頭のなかでりんがチーンと鳴るのが聞こえた。技が全くない武術って……他の流派から見ればどうなんだろうか。


 すると師匠は構えを解き、道場に掲げてある流派の書かれた看板を見上げた。


「いや、正確にはあるのじゃが、代々伝わってきたものではないのじゃ。


 儂やお主の使うこの武術には伝統的な技は存在せず、己が編み出すことで其奴そやつの奥義とすることが風習になっておるのじゃ。」


「己が……編み出す?」


「そうじゃ。


 筋肉の付き方や骨格は個人で違うのに、どうして同じ技を出来ようか。


 いざというときに大切なものを守るには、己が最も得意とする動きで敵を圧倒しなくてはならぬ。


 だが其奴そやつが不得意な動きしか知らなかったらどうじゃ? 反応に刹那の遅れが生じ、そのせいで大切なものを壊されたら元も子もないじゃろう?


 なら技は作らず、流派として基本型のみを伝授し、それを以て自らが奥義を編み出すべきである。戦国の世に創始者である儂の先祖はそう考えたのじゃ。


 技を学ばなくとも、基本型を身につければ誰にでも大切なものを守ることが出来る。必要なのは基本に忠実であることと、立ち向かう勇気を持つことのみである。


 これが則ち、儂がお主に伝授している斑鳩庇蔭いかるがひいん流の神髄じゃ。」




 ◇ ◇ ◇ ◇



――煌華学園 グラウンド――



「お前、界断・迅一刀流の使い手だな?」


 何かがおかしいと思っていたが、剣身が空間に弾かれたことでようやく分かった。


 道場にいたころに師匠に教わったことがある。世界を断つ剣術、界断・迅一刀流。直接目の当たりにするのは初めてだ。


「……なるほど、もう見破ったか。


 いかにも、拙者は界断・迅一刀流の免許を皆伝している者である。


 極めれば、その速度は音速の倍以上にすら匹敵する我が流派の剣線。《超越者エクシード》となった拙者は修行を重ね、限りなく光速に近付けることに成功した。


 故に、万が一にも仮に知覚できたとしても、閃光が走ったようにしか見えない。」


「それで『一閃』ってことか。」


「うむ。


 電撃すら追いつけない拙者の技を受け、尚も戦闘不能になっていないのは、お主を含めても両手で足りるほどである。


 どうだ、まだ戦えるな?」


 いや、全く攻略法が浮かばない相手と戦うのは避けたい。ここは一度引いて誰かに助けを―――


「沈黙は肯定とみなすからにして……参る!」


 武蔵は俺の返答を待たずに、構えの姿勢を崩すことなく距離を詰めてきた。


「なっ―――!?」


「風斬」


 超至近距離での水平斬撃を間一髪で防いだが、さすがに衝撃で数メートル横に吹き飛ばされてしまった。


 素早く体勢を立て直し、風斬による雷の追撃を氷の障壁で打ち消した。


「これならどうだ!」


 指をパチンと鳴らし、武蔵を氷の監獄に閉じ込めた。これであいつの動きは制限されたはずだった、がそう簡単にはいかなかった。


「破岩」


 武蔵がそう呟くと氷の監獄は縦に真っ二つに割れ、後から来た落雷で粉砕されてしまった。


「岩よりは頑強であったが、拙者の刀の前では豆腐も同然。」


 氷じゃあいつの動きは封じられないか……。こうなったら純粋に剣術で戦うしかない!


「界断・迅一刀流奥義―――」


 武蔵はまたしても一瞬で眼前に迫ると、ゆっくり刀を抜き始めた。


「―――百雷」


 技名と共に刀を抜き終えた武蔵は、踵を返してデルバードの元へと歩いていった。一体何をされたんだ? 傷一つ付いてないぞ?


 しかしその疑問は、武蔵が刀を鞘に収めた瞬間に晴れた。カチンという刀が収まった音と同時に、俺の身体のあちこちから鮮血が吹き出したのだ。


「っぁはっ……!?」


 猛烈な痛みと急激な失血で意識が飛びそうになる。出血を止めようと、傷口に意識を集中させるが、傷が多すぎて出血が止まりそうになかった。


 まさか刀を抜く仕草と同時に乱れ斬りをしていたなんて……。


 …………ここまでかよ……。


 死を覚悟したその瞬間だった。


「キマイラお願い!」


 聞き覚えのある声とともに、猛烈な火炎が武蔵を襲った。武蔵は難なく火炎をいなすと、横槍を入れてきた声の主を糾弾した。


「剣客同士の一騎打ちを阻む無粋者は何奴か!」


「私達の学園を襲っておいて剣客同士の一騎打ち? 笑わせないで!


 私は城崎百合! 無茶する友達を助けに来たのよ!」


 高らかに名乗りながら医務室から舞い降りてきたのは、霧峰達と避難したはずのユリだった。


「ユリ……なにしてんだ……」


「心配だから助太刀に来たの。


 いくら1年生の中で校内ランキングが一番高くても、テロリスト相手に簡単に勝てるわけないだろうからね。」


「だからって……戻ってくること……」


 するとユリは紅桜に炎を纏わせながらゆっくり近付いてきた。


「ここに来るまでに助けを呼んでおいたから、すぐに誰か来るわ。


 それに私が来なければ、リョーヤは今頃死んでたでしょ?」


「それは―――」


「それは貴様が来ても変わらん。


 この者は拙者との一騎打ちに敗北した。故に真剣勝負の最後に相応しい終幕――則ち、我が愛刀のさびとなるのだからな。」


 武蔵が俺を遮ると刀を抜いた。百雷ではない、普通に抜いて首に刃を当ててきた。


「ファーブニル! アイツをリョーヤから放して!」


 ユリの命令に応え、炎を纏った財宝を守る伝説のドラゴンが姿を現した。


 ファーブニルは翼を羽ばたかせると、風圧で武蔵を俺から引き離した。


「くっ……! デルバード、助力を求む!」


「あいよ!」


 それまで傍観していたデルバードが動き出した。デルバードはメイスを振り爆発性の火球を作り出した。


「姉ちゃん、歯ぁ食いしばってろよ?」


 火球はメイスの動きに合わせてユリへと吸い込まれるように向かっていった。


「ユリ、その火球は―――」


「キマイラ、今よ!」


 火球がユリに接触する直前、ユリはそれまで姿を見せていなかったキマイラに指示を出した。一体どこに―――


「んぎゃぁぁぁぁあああ!」


 キマイラの姿を探していると、デルバードが悲痛な叫び声を上げた。見るとデルバードの右腕にキマイラが噛みついていた。


 デルバードがメイスを取り落とすと、その動きに連動して火球が一斉に墜落した。ユリには1つも当たっていないようだ。


「デルバード!」


 武蔵がデルバードからキマイラを引き離すべく下がると、ようやくユリが傍に来た。


「リョーヤ、これを飲んで!」


 ユリはポケットから錠剤の入ったプラスチック製のボトルを手渡してきた。


「これは?」


「治癒促進剤よ。医務室にあったの。


 本当は腕とか足を切断された人が飲むんだけど、その他の重傷を負った人にも使われてたはずだから大丈夫!」


 ユリはボトルを開けると、円い錠剤を1錠取り出した。それを受け取り口の中に放り込むと、錠剤は即座に溶けていった。


「3分もしないうちに傷が塞がるはずよ。さすがに無くなった血までは補給できないけど。」


「いや、十分だよ。ありがとう、ユリ。」


「うん!」


 すごい薬だ。あっという間に痛みが引いていく。傷口も塞がってきているようだ。


 ミステインを杖がわりに立ち上がると、地面に血溜まりが出来ていた。かなり失血しちゃったな……途中でぶっ倒れなければいいけど。


「お前ら、ええかげんにせいよ?


 腕の落とし前はつけさせてもらうで?」


 振り向くと、既にデルバードが武蔵の助けを得てキマイラを引き剥がしていた。咬まれた右腕は赤色を通り越し、痛々しく茶色く焦げていた。


「武蔵、あんたは氷使いを頼むわ。


 ワイはあの小娘を始末する。」


「承知。」


 デルバードと武蔵はそれぞれユリと俺に向き合うと、火球といかづちを纏った。相手は本気モードだ、万全じゃないとはいえ全力で相手をしないと―――死ぬ。


 数秒の沈黙の後、俺達は同時に動いた。


「界断・迅一刀流奥義、百雷」


 お互いの剣が触れる間合いまで接近すると、武蔵は再び奥義を繰り出してきた。


「同じやられ方するかよ!」


 両手で持ったミステインで防御の体勢をとり、敢えて百雷を受けた。剣と刀がぶつかり合い、辺りに高い金属音が響いた――のは1度だけだった。


「―――っ!?」


 武蔵の刀はミステインと共に凍りついていた。いつしかリンシンに見せた、あの戦法だ。


「素早い相手には、当ててもらえばいいってな!」


 刀の自由を奪ったミステインから右手を離し氷の剣を生成すると、息を止めて右足を踏み込んだ。


「斑鳩庇蔭流術二刀術、大蟷螂オオカマキリ!」


 動きの止まった武蔵の右肩に氷剣を突き立てた。そのまま斬り上げ、腱と筋繊維を引き裂いた。支えの無くなった武蔵の右腕は、だらんと力無く垂れ下がった。


「斑鳩庇蔭流……昔聞いたことがあったが、今のがそれか……」


「あぁ、大切なものを守るための剣術だ。この大蟷螂は相手を殺すこと無く、カウンターによって無力化させる技。


 お前の筋肉は切らせてもらったよ。」


 少し離れ剣先を顔の前に突き付けた。ミステインと刀は武蔵の足元に落ちているが、あの腕では反撃は厳しいはずだ。


「その腕じゃもう戦えないだろう?


 大人しく―――」


「確かに、拙者は剣客として主に敗れた。


 しかし、《希望の闇ダークネス・ホープ》としてはまだ終わるわけにはいかぬ!」


「武蔵ぃ!」


 デルバードの声と同時に、俺と武蔵の間の足下から爆発が起きた。


 爆発は小規模だったが、土煙が目眩ましとなり、武蔵の姿が見えなくなった。ミステインが衝撃で刀から離れ、地面に突き刺さる。


「坂宮涼也、そして斑鳩庇蔭流。


 我が宿敵に相応しきその名、しかと記憶しておく。


 またいずれ剣を交えようぞ。」


 直後、落雷の衝撃で土煙は晴れたが、武蔵の姿は無くなっていた。


「逃げられた……」


「リョーヤ! 避けて!」


 ユリの叫び声で振り向くと、デルバードがいくつもの火球を周囲に浮遊させていた。ユリは……ボロボロになってデルバードの足元に倒れていた。


「武蔵の仇や。坂宮涼也、爆炎に沈めや!」


 メイスが振られ、火球が一斉に襲い掛かってきた。


「リョーヤ!!」


 視界に炎の赤が広がったが、俺は背後からの爆炎に飲み込まれた。

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