第3話入院三日目「閉鎖病棟の構造や物品の持ち込み。そして、出会い」
閉鎖病棟には、病室(個室と、四人部屋がある)の他に食堂(談話室も兼ねている)と、娯楽室がある。
言い換えれば、病室のほかに患者に開放されているのはその二部屋しかない。
ナースステーションや相談(診察)室など、ロックされた扉の向こう側にある部屋は別だけれども。
食堂と娯楽室、両方の部屋にテレビがおいてあり、娯楽室には古い機種だがCDラジカセもある。
とはいえ、備え付けのCDは傷だらけで聞けたものではないので、音楽を聞きたければCDを病棟内に持ち込む必要がある。
そして、それにも医師の許可が必要だ。
CDだけではない。基本的には定められた持ち物(衣類やコップ、生理用品や歯ブラシやシャンプーなど)以外を病棟内に持ち込むには、医師の許可をとる必要がある。
そして、刃物と紐類と揮発性のあるものは持ち込めない。たとえ生活必需品であったとしても。例えば眉切狭とか、靴ひもがついているスニーカーなどもアウトだ。
ブラジャーすら患者が病棟内で自殺に使った前例があるらしく、スポーツブラしか使えない始末である。
それを馬鹿馬鹿しいととるか、人権侵害ととるか、危機管理がしっかりしていると感心するかは、人それぞれだと思うが、少なくとも患者である私にとっては窮屈なことこの上なかった。
とはいえ、任意入院の患者は比較的、持ち込み物品については許可が下りやすい。
ハンドクリームや、化粧品類なども前回の入院と違い、あっさりとOKが出て逆に肩透かしだった。
ノートとペンも簡単に手に入れることができたので、詳細な日記をつけて、今、それを少しずついじりながらサイトにアップしているというわけだ。
強制入院(措置入院と医療保護入院の二種類がある。その違いについては他サイトや書籍のほうが詳しいのでここでは敢えて言及しない)だと、そう簡単に入院記録をつける、なんてことは出来ない。
大体、強制入院の場合、大抵は拘束具つきで手足をベッドに縛られてのスタートである場合が多いので、ノートとペンがあったとしたってどうにも出来ないのだ。
さて、話を病室のほかに食堂と娯楽室がある、というところに戻そう。
病室にはベッドと簡単なサイドテーブルに小さなロッカーしかないため、書き物をしたかったり、テレビを観たかったり、あるいは数少ない娯楽(トランプやオセロなど)をしたい患者は自ずと食堂か娯楽室に向かうことになる。
娯楽室は、ソファはなかなか心地いいのだがテーブルが低いため、書き物には向かない。私は、食堂で日記を書くことに決めた。
この日、食堂に向かうと原稿用紙に向かう、かわいらしい中学生ぐらいの少女と、読書をしている顔にあざのある年かさの女性が居た。
二人とも同じテーブルの席についているので仲が良いらしい。
私はどちらかというと、中学生の子が何を書いているのか気になって二人に声をかけてみた。
「こんにちはー」
二人が顔をあげて私を見る。
二人ともふわり、とした笑顔を私に向けて、顔にこわばりもないし、口の端から涎が滴り落ちる様子もなく(そういった副作用はよく見られる)入院している中では比較的軽症なのであろうことが見てとれた。
「ちょっと前に入院した人?」
「そうです。真世っていいます。よろしくお願いします」
こちらこそよろしく、と言いながら二人はまた笑顔を私に向けてくれた。
「私は優香っていいます。やさしい香りで優香」
中学生の子がそう言って着ているジャージの名札を指さす。
「わー、すてきな名前だねー。優香ちゃんって呼んでいい?」
「いいですよ! 私も真世さんって呼んでいいですか?」
「うれしい! もちろんいいよ」
優香ちゃんは、笑うとえくぼが出来る。
それがとてもいいな、と思っていると、顔にあざのある方の女性が、
「私は陽子っていうの。『子』っていうのが、古臭いでしょ? シワシワネームだよねー。二人が羨ましいな」
と言った。
「え、私、陽子さんの名前好きです! 素敵ですよ」
優香ちゃんがすかさずフォローする。優しい子みたいだった。
「私もいい名前だと思いますよ。私の名前だって真世っていうと、なんか、ガラスの仮面みたいじゃありません?」
「あはは、あれはマヤでしょ?」
ガラスの仮面がわからない、というような顔をしている優香ちゃんに私は「昔の漫画だよ」と教えてあげた。
「さあマヤ、仮面を被るのよ! 私は……梅の木!」
陽子さんがかっと目を見開いてマヤの物まねをしたので私は吹き出してしまった。
陽子さんは面白い人なんだなあ、と頭の中に二人の名前をインプットしつつ、優香ちゃんに話を振った。
「ところで、それは何を書いてるの? 作文?」
「学校の宿題です。社会問題について何か一つ選んで書けって」
「へー、何について書いているの?」
「脱法ハーブについての作文にすることにしました」
ああ、アレ。今ニュースですごく騒がれてるもんねぇ、吸った人が車で暴走したとかさあと私と陽子さんは頷いた。
「でも作文て難しいです。書き出しからつまずいていて……」
「そういうのにはね、定型文があるんだよー」
私が言うと、えっそれ何ですか? と優香ちゃんが食いついてきたので、私は「まずね、私はこれについて書く……この場合は『私は、脱法ハーブについて書こうと思う』って宣言しちゃうの。
そんで、次に『脱法ハーブとは……こういうものだ』って説明してけばいいんだよー」と、ちょっとしたコツを教えてあげた。
「なるほど! 勉強になります!」
見ると、優香ちゃんはわざわざ私のアドバイスをメモにしていた。
素直な子なんだなあ、と思いつつ、こんなに明るくて、笑顔が素敵な良い人たちでも入院するのだなあ、と切なく思った。
そして、向精神薬もある意味では脱法ハーブみたいなものだよなあ、と胸の中で皮肉を言った。
今日の朝食
ごはん、みそ汁、京がんもの煮つけ、ほうれん草のおひたし。
今日の処方
昨日と同じ。
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