第7話入院七日目「閉鎖病棟のお風呂について」

 今日で入院してちょうど一週間。と言っても、特別なことは何もなく、目新しいことがあったとすれば、朝食を常時パン食にすることができるという情報を陽子さんから仕入れたので、その希望を主治医に出した、ということぐらいである。

ちなみに昼食夕食までもをパン食にする猛者もいるらしいが、昼食、天ぷらをパンで食べている人に遭遇してから(どうやら昼食・夕食までもパン食にするとそういうチグハグなことはよく起こるらしい)「ないわー」と思った。


ちなみに私は今日もお風呂の日であった。

閉鎖病棟のお風呂のことを少し説明しよう。

お風呂場の中にも看護師さんがいて(エプロンをして暑そうである)常時私たちを監視している。

……と、いうと聞こえは悪いが、薬の副作用でふらつく人も多いので、その補助も必要だったりなどそういうシステムを取らざるを得ないので、あまり病院側を責める気にはなれない。

ただ、やっぱりこちらは素っ裸であちらはゴムのエプロンをつけた白衣なのでなんだか立場の違いというか格差は感じるな、というところではある。

まあ、その服装はものすごく暑いらしく、お風呂場担当の看護師さんたちはみんな汗だくになっているのでそこも同情ポイントではある。


あと、噂では洗面器に水を張って、そこに顔をつけて自殺したつわものも過去いたらしい。

そんな苦しいことが出来る精神力があるなら、大抵のことはできそうだが、生きる辛さの方が上回ってしまったのだなあと思う。


だからなのか、強制入院の場合、洗面器を持ち込むのも許可がいて、許可が下りない場合は病院に備え付けの洗面器を使うことになる。


私は当然、洗面器は許可されている、というか持ち物の中に当たり前のように入っていたので自分のものを使っている。


シャンプーとリンスも、今回は自分の好みのものを(奮発してロクシタン)使うことが出来た。


強制入院の時は母が選んだリンスインシャンプーだったのだ。ひどくないですかねえ、その選択。

お風呂の日は、看護師さんに呼ばれるか、自分でちょうどよいタイミングで浴室をノックして「入れますか?」と中の看護師さんに伺って空きがあれば入れるというシステムになっている。


洗面器の中に、替えの下着と、タオルに、シャンプー、リンス、石鹸かボディソープ、人によっては着替えを入れて(私は面倒くさいので下着以外は着ている服を着てお風呂を出る)お風呂場のドアをノックする。 


ちなみにタオルを忘れたりして、蒸し暑い脱衣所の中でせっかく一回すっぽんぽんになったのに、またもう一度洋服を着る羽目になるのは病棟あるあるネタであったりする。


この日、私はわざと最後の方を選んでお風呂に入った。

二つ並んだ浴槽内には髪の毛がいっぱい浮いていて(つねに蛇口からお湯が注がれていて、その湯量と湯温は自分で調整できる)みんなぬるめが好きなのか、それとも冷めただけなのか湯船につかってもちっとも温まらず、髪の毛がゆらゆらとしているため、心地悪くなるばかりでこれならシャワーのみでいいな……という感想だった。


ちらりとほかの患者さんの裸の身体を見ると極端に痩せている人が太っている人が多く、標準体形があまり居ない。


みんな貧乳(自分も含めて)なので、貧乳は精神疾患になりやすいのかな、なんてことを真剣に考えてしまった。 


ふと、自分のカランの鏡をみると背中側の向かいのカランに優香ちゃんがいることに気づく。

お風呂の中なので話しかけはしないが、彼女は差し迫った顔で一心不乱に体を洗っている。


あれ、優香ちゃんは一番最初にお風呂に入ったはず、と思ってからピンときた。

おそらくだけれど、彼女は強迫神経症……昔でいうところの潔癖症なのだろう。


実際、私がお風呂を出てからもまだ彼女は体を洗い続けてきた。

あんな若くて、かわいくて、はつらつとしている彼女の何がおかしくなってそんな風になったのか、私にはうかがい知れないが、貴女の身体はとてもきれいだね、と言えるなら言ってあげたいなと思いながらお風呂を出る。(実際には思わぬ地雷になることもあるのでそんなことは言わないが)


入浴後、任意入院患者には許可のいらない院内外出をして(散歩、と病棟用語で呼ばれている。午前・午後どちらか一回のみ)ココアを飲む。


入浴前のおやつの時間に(おやつの時間は午前10時から10時半、午後14時から16時と二回あって、そのときはナースステーションで管理してもらっているおやつを食べることが出来る)プリンを食べたので甘い物二連ちゃんである。少し控えないと体重がやばいことになる。 


大体、病棟内での運動といえば、午後14時にかかるラジオ体操と30分の制限時間のある院内散歩だけなのでただでさえ、万事運動不足なのだ。


朝の回診の時に補佐医である田中医師に安定剤Bも、もう少し減らしてみる旨切り出される。

安定剤Bが減る分、安定剤Aは増えるのだろうか?

疑問に思ったが藪蛇になったら嫌なので、聞けなかった。

まあ、今夜、薬を処方されるときに嫌でもわかることなのでいいだろうと自分を納得させる。

美香さんと娯楽室で少し話す。

美香さんは柴咲コウに似ているのだが、四十七歳ということが発覚する。とてもそんな年には見えない。若い!

美香さんはドコモショップで障害割引を申し込みたいらしいが院外外出の許可が下りないのだとこぼしていた。

今日の昼食

ポークジンジャー。かぼちゃサラダ。すまし汁。オレンジ。

今日の処方。

安定剤B12mg、安定剤A50mg

安定剤Aが50m減った。

安定剤Bは、増えなかった。

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