第18話 入院十八日目「優香ちゃんの計画」

 皆さんは安請け合いして苦しんだ経験ってありますか?


私はあります。

そして、今現在進行形でも苦しんでおります。


事の発端は私の外出中、美香さんかりえさんかがこう言ったことが発端らしい。

「病棟の中だけじゃなく、病棟の外でも四人で遊べたらいいよね」

 「いいね、カラオケとか?」

それが、優香ちゃんの中の何かのスイッチを押してしまった。

「実現させましょう!」

優香ちゃんは宣言した。

「この四人で院外外出して、カラオケ、行きたいです」

……この話を優香ちゃんから聞いたとき。

正直、すごく嬉しかった。

こんな可愛い、健気な子。しかも、この若さで入院して、せっかくの夏休みを閉鎖病棟で過ごしている不憫さが私のその思いにますます拍車をかける。

でも、同時にものすごく重圧感も感じた。

私が、入院していなくて、患者じゃなくて、まだ公務員であったとしても。

それでも中学生のお子さんをの身元をたとえ数時間でも預かる、ということは大変なことだ。

責任重大だ。

それでも、私が公務員の、正規職員の、ちゃんと働いて社会生活を送っているその立場のままだったらそれをしただろう。

いざとなったら責任をとると腹をくくってカラオケにでも動物園にでもディズニーランドにだって連れて行ってあげたかもしれない。

(まあ、親戚でもなんでもない女にたとえ数時間でも大事な娘さんを任せる親がいるとは思わないが)

それが、今。

私、公務員辞めて実質無職。精神病患者(入院中)

このどこに大事な娘さんを任せられる要素が、責任をとれる要素があるだろうか。

……優香ちゃんのお見舞いに来られていたご両親の姿がちらちらと脳裏によみがえる。

優しそうなお母さんだった。

熊みたいに大きな体のお父さんだった。

特にお父さんは優香ちゃんがかわいくて仕方ないご様子だった。

愛されている子なのだ。

カラオケに行くくらい、何もないとは思うけれど、何かコトがあったら大変まずいのだ。

しかも、この要件。

スタッフに相談しようものなら、やばいことになりそうなの目に見えている。

最低でも優香ちゃんはこっぴどく叱られるだろう。

最悪、ことを荒立てた場合、私たち全員の処分(退院が伸びるなどのペナルティ)が起こることもありうるな、と思った。

まずい、まずすぎる。

しかし、一番まずいのは。

「カラオケ行きましょうよ。真世さん」

きらきらした瞳で見上げてくる優香ちゃん。

「一緒にレミオロメ○の3月○日、歌いましょうよ」

……その場で優香ちゃんに無理だ、という事を突きつけられなかったことなのだ。

そして

「いいねえ、決行いつにする?」

「……カラオケなんて久しぶり」

りえさんや美香さんが全くことの重大性を認識してないということも大問題だった。

「計画を立てましょう」

優香ちゃんが立てた計画は素朴なものだった。

1.優香ちゃん、りえさん、美香さん、真世(私)が適当に何かを理由にして院外外出の許可を2時間から3時間ずつとる。

2.時間を決めて、駅前のカラオケに集合し、歌う。

3.ばらばらに帰る。

単純な計画だが、さりとて事前に情報が病院側に漏れていなければ、実はあっさりと成功するかもしれない計画だった。

 私は悩んだ。

本音を言えば私だって優香ちゃんやりえさんや美香さんとカラオケがしたかった。

でも。

「責任」

という言葉が私の肩のあたりにずしりとのしかかる。

……りえさんや美香さんのことが少しだけうらやましかった。

たぶん二人は何かあったときどうする、とか、未成年を預かることの重大さなど一切関知していないのだ。

『判断能力の欠如』

普通ってなんだろうとも思うが、やっぱりそこの責任の重さに思い至らない精神構造は、私は病んでいると思う。だからこその医療保護入院か、とも思う。

「計画、来週実行しましょうよ」

優香ちゃん、ごめん。

そういうわけには、いかないんだ。

――その夜、私はベッドを覆うカーテンを閉め切って、自分だけの空間を作った。

「体調が悪いんだ」

と、同室の優香ちゃんたちにはそう断って。

そうして、クリーム色のカーテンの襞の中、優香ちゃんを説得する言葉を探して、いろいろなキーワードをノートに書き綴っていた。

『責任↓何かあったときに誰がフォローするのか。どのようにフォローするのか』

『隠す、ということの論理。悪いことをしているという自覚がある(だから隠す)』

『ペナルティ。 病院スタッフの意にそぐわないこと、ルールに従わないなどの問題行動があった場合のペナルティが大きい』

エトセトラ、エトセトラ。

とにかくこの計画についてのマイナスイメージになる言葉をどんどん吐き出していく。

そうやって説得材料を増やしていく。

「……こんなもんかな」

気がつくとノート一面にびっしりと計画に反対する言葉がつづられていた。

「よし」

つぶやいて、私は目を閉じる。

――もし、計画をおじゃんにさせたら。

「嫌われちゃうかな……」

それでも、ならぬものはならぬ、と言わなければらない。

それが真っ当な大人の役割だと、私は病みながらも、そう思っている。


今日の朝食

ご飯、味噌汁、生鮭塩焼き、茄子のはなか煮

今日の処方

昨日と同じ

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