第19話 入院十九日目「責任」

優香ちゃんに「話があるんだ」と言って廊下の端っこにあるソファーに呼び出す。

「あのね、優香ちゃん、私考えたんだけどさ……」


そう言って率直に切り出していく。

カラオケにいく計画自体は素敵だと思うこと。

私も本音を言えば、優香ちゃんやりえさんや美香さんとカラオケに行きたいこと。


「でも、内緒にして出かけるってことは優香ちゃんも『口にしたら怒られること』ってわかってるわけだよね?」


私がそう言うと、優香ちゃんが沈黙する。


「んーとさ……折衷案なんだけど、優香ちゃんのお母さんお父さんとお話させてくれないかな?

今の私はここに入院していて、判断能力っていうとても大事なものに瑕疵(かし)……傷がある状態なんだよね。


でも、退院したらそうじゃないからさ。

退院後に一緒に遊べないか、お父さんお母さんを説得したいなって。


それが一番、筋を通していることだと思うんだよ」

優香ちゃんが、下を向く。

「ごめんなさい……」

ああ、違うんだ。

謝らせたかったわけじゃない。

泣かせたかったわけでもなくて。

でも、仕方がないのかな。

「ご迷惑おかけして、ごめんなさい……そんな大きなことだと思わなくて……」

あきらめます、と優香ちゃんは小さな唇で言った。

私はずるい大人だなあ。

今すごくほっとしているんだよ。

大事にならなくて良かったって。

最低だね。

「あ、そうだ。娯楽室でご一緒した兵田さんて男の人がね、お願いがあるって言ってたんですよ」

涙の混じる、でも、明るい声で優香ちゃんが言う。

「今、私折り紙にはまっているんですけど、折り紙で本のしおりを作ってほしいって。

一緒に作りません? 真世さん」

「作ろうか。うん、作りたいな」

こうしてカラオケ問題は幕を閉じ、私たちはまた静かな病棟生活に戻っていく。

ちなみに明文化されてはいませんが、私が任意入院した精神病院では患者同士の連絡先の交換は原則禁止されています。

……でも。

この小説を書いている2016年現在、私のスマホには優香ちゃんの連絡先がちゃんと入っていて、優香ちゃんのLINEのプロフィール写真が変わるたびに新しいお友達ができたんだな、生活に変化があったんだな、とうれしく思うのです。

連絡をとりあったことはもう一年以上ないけれど、それでも大切な人間関係のひとつであることには変わりありません。

入院していた過去も、退院して二年が経過した今現在も、私は優香ちゃんの幸せを願い続けています。

……ま、あんなかわいい子が幸せになれないはずないけどね?


今日の昼ごはん

油淋鶏、ゆで青菜、ナムル、フォーのスープ


今日の処方

昨日と同じ

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