第11話入院十一日目「ハッピーでないけどバースデイ」

奇妙な夢を見た。車いすの女性(五反さんとは別の同室の女性?)が「よくもこんなところに入れたな」「恨んでやる」「呪ってやる」と言いながら私に襲い掛かってくる夢……。


リングの貞子ばりに恐ろしいその夢のせいで私は12時に目を覚ましてしまった。


お腹も空いていてぐうぐう言うし、何よりまだ12時で、夢の残滓に悩まされないうちにナースステーションまで歩いて行ってさっくりと頓服をもらう。

(3時を超えてしまうと、頓服はもらえなくなる)

どうもここは夢見が悪い。

場所が場所だけに仕方ないかもしれないが何か憑いてるのではないだろうか……。

あんまり心霊的なことは信じない私でもそう思ってしまう。


今日は一泊二日で外泊。

何を隠そう、今日は私の誕生日なのだ。……誕生日に籍が精神病院にあるなんて、親不孝な娘でスミマセン。


その間に香織さんが退院してしまうというので、午前中、母たちが迎えに来る前に優香ちゃんと手作りのカード(飛び出す仕掛けのあるやつ)を作った。


香織さんの自己管理している処方箋をちらりと見たが、書いてある表書きを見るにおそらく私と同じ統合失調症だ。 


本当、多いなあ。

ひろ子さん(ひろ子さんは食事の時なぜか私の前の席にいつも座る初老の女性)もそうみたいなので、ここは統合失調症の治療・症例に強い病院なのかもしれないな、と思う。


来週頭から薬が変わるという。(また減薬だったら嬉しい)父と母が迎えにきたので一緒に病院では決して食べられないアジアン料理を食べに行く。


お寿司も病院食では食べられない食事筆頭だが、アジアン、特に辛い物もとても貴重だ。


病院で辛い物が出るってカレーぐらいじゃないのかなあ。パクチーの味やナンプラーの味が恋しい。


父はアジアンがあまり好きではないのだが、私の誕生日なのでしぶしぶ付き合ってくれた。


案の定、生春巻きとアジア風から揚げばっかり食べていて、母にもっとほかのも食べたら? と突っ込まれて嫌だと答えていた。


そういえば男の人ってアジアンが好きな人はとことん好きなだが一般的にあまり好まないようなイメージがある。


思い込みかなあと思ったが周りを見回すと、ほぼ女性客ばかり。

やっぱり当たっているかもしれない。


それから、誕生日が近い友人、池ちゃんのプレゼントを買う。

お金は母が立て替えてくれた。

いろいろ悩んで、池ちゃんは就職するのでかわいい名刺入れ(定期入れにも使えるようなデザインのもの)を選んだ。


プチプライスのものだけれど気に入ってくれたらいいな、と思う。


誕生日プレゼントを買った後、ぎりぎり昼の時間帯だったので家族三人でカラオケをした。

父は還暦前とはいえ、結構年かさなのだがミスチルが好きでミスチルをたくさん歌う。


母は、昔のかわいらしい曲(ザ・ピーナッツとかピンクレディーとか)を少し歌っていた。

私はスピッツやいきものがかりの歌を歌った。

ゆずの夏色を歌ったら、とても好評だった。

病院では大きい声を出して歌うなんてことは考えられないので結構爽快な気分になった。

歌うって素敵なことだなあと思う。

昼カラは安いが夜のカラオケは高い。

夜料金に切り替わるぎりぎりまで歌ってからお勘定をする。

飲み物代を入れて一人頭1500円ぐらい母が払っている。

父がお酒を飲むのでその値段になってしまうのはしょうがないが、金銭的な負担させてしまって申し訳ないなあと思う。


退院したら払うから、と申し出たら「水臭いこと言わないの」と母に怒られた。

母曰く「おごられるのも親孝行のうち」らしい。そんな親孝行聞いたことがないが(苦笑)母がそう言うので大人しく甘えておくことにする。

帰宅するとマロンがぶんぶん尻尾を振って留守番時のゲージの中で大暴れしたので出してあげる。

「散歩に行こうか、マロン」

散歩、という言葉を聞くと、あんまり散歩好きではないはずのマロンがくるくる喜びの舞を踊るように回転する。

やっぱり父と母は疲弊してマロンの散歩にあまり行けてないらしい。

父は酔っぱらって寝てしまったので、母と一緒に近所の河川敷を二人と一匹で歩く。

「真世」

「なあに?」

「お母さんね。真世が生きてくれているだけで幸せ。そして、今一緒にこうして外を歩いていられてもっと、いっぱいいっぱい幸せ」

「……」

「早く退院してね」

「うん、努力する」

夏の夕方の河川敷は、昼間と比べて少しは涼しいがやはり暑くて、除草後なのか青い草いきれの匂いがむっと立ち上ってくる。

川の水面は夕方のオレンジの光を反射してきらきらと宝石のように輝いている。

この美しい世界に産んでもらったのに、私は父と母を苦しめるばかりだ、と思い悩んでいたが、母はそれは違うという。

「あんたが生まれてきてくれただけで、親孝行は済んじゃったの」

「そしてね、あんたが私たちより先に死ぬことが一番の親不孝なんだよ」

うん、うん、と私は頷く。

涙がこみあげてきて、喉が熱くなって、何か言いたいのに、言葉は出てこなかった。

何一つ、気の利いたことを母に言ってあげられなかった。

今日の夕食

お刺身、海老のチリソース、サーモンサラダ、ちらし鮨(お刺身をのっけて食べる)、ケーキ(外食)

今日の処方

昨日と同じ。

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