第13話 入院十三日目「これからどう生きたらいいか」

朝の回診で主治医が木曜日から処方が変わり、安定剤Aが6mgになることを告げる。

 あれ、週明けには変えるって言ってたじゃん! と不満に思いながらもほかの増薬も特にないということなので有難いと受け入れることにする。


昨日、今後の目標として掲げたことに改めて思いを馳せる。

自分らしく生きるってどう生きれば自分らしいのだろう。

楽しく生きるってどうしたら楽しく生きられるのだろう。


必要のない物をそぎ落として少しずつでも身軽になれたら、いい。

今はやりの断捨離リストを作ったり、売るものリストを作ったり、目標リストを作ったり、楽しく生きるためのリストを作ったりしてみればいいのだろうか。

でも、今までリスト作りをしたことは多々あれども、作って満足してしまってあまり活用はしてこなかったなあ。


あとは生きることに成功している人の経験談を読む、とか?

でも、今まで私の数少ない成功者との話す機会(とある小説講座を長年受講し続けた関係で、女たちのジハードを書いた篠田節子先生や、リングを書いた鈴木先生、蜷川実花さんなどとお話しできる機会があった。我ながら恵まれている)を振り返ってみると

”逃げない”

”投げ出さない”

”継続する”

”辛い時ほど仕事に没頭する”

ことが共通点だった。


皆、私の逆だ。

だから、私はダメなんだろうか。

逃げることが悪いことなのではない。

逃げるしかできないときもあるが、逃げ方を変えること。変えていくことが大事なのだろうか。


辛いことがあったら”何も手につかない”のではなく、”何かに没頭する”こと。

考えずに、体を、手を動かすこと。

それが大事なのかな。

話は変わるが、最近晴美さんという女性患者に一方的にやたら懐かれてしまっていて、うっとうしいことこの上ない。


悪い人ではないのだが、一言でいうととことん空気が読めない。

晴美さんは母親と喧嘩をしたと言うので、私は自分なりに思っていることをかみ砕いて話す(晴美さんのプライバシーにかかわることなので喧嘩をした内容は明かさない)


「晴美さん、喧嘩をするときは大抵、自分にも原因があるものだよ。お母さんを責める前に自分に非がないか考えてみた?」

「それにさ、大体、私たち入院しているという事実そのものだけでさ、親には迷惑や心配をいやというほどかけているんじゃないのかなあ。(暗にこちらから相手に強く要求を言える立場じゃないだろ、と本当は言ってやりたい)」


しかし、私の意見や思想が伝わった様子が全くなく、挙句、晴美さんは「でも、私、とっくに母を超えたから」と嘯いたのでカチンときた。

何が、親を超えた、だ。

――そんな人間が、ここに、精神科の閉鎖病棟に入院しているわけがないだろう!

久々に声を荒げそうになってしまうのを一生懸命こらえてうんうん、と笑って頷く。

(おやおや、全く静養になっていないぞ? おかしいな)

過去、強制入院を体験したときの、状態が悪かったころの自分を晴美さんを見ていると思い出す。


母への、父への怒りが吹き出し、感謝をすっかり忘れてしまった自分を。

”親を超えた”だなんて、そんなこと。

多分、ふつうは起こりえない。

起こったとしても、感謝を感じる心があればそんな発言は絶対に出てこない。

感謝を感じる心がないということは、想像力も乏しい状態にいるのだと思う。

想像力、か。


私は今、暗い未来しか思い描けないが、希望を見つけて歩んでいきたい。少しずつできることを増やしていきたい。父と母のために。何より自分自身のために。


目標とする家事。

トイレ掃除、皿洗い、洗濯物干す、取り込む、畳む。風呂洗い掃除、布団上げ下げ。など。

仕事をやめて家事手伝いになるのだから、これぐらいは出来ないと。


今日の昼ごはん

ローストチキン。小松菜としめじのソテー。レタスときゅうりのサラダ。きゅうりの古漬け。牛乳。オレンジ。

処方。

昨日と同じ。

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