第56話 B病院デイケアでの印象的な出来事

 その1。

 メンバーの一人、30代後半ぐらいの男の人が「僕の免許証をコピーして、駅前で配ろうと思うんです。どう思います?」と、スタッフさんに相談しているのを見たこと。

 スタッフさんは冷静に「それはしない方がいいと思うなあ」と言っていて、男の人はそれを受けて「ですよねぇ」と頷いていた。

 いや、そのぶっとんだ発想はどこから!?


 その2。

 デイケアのPCを使って、メールを送っていた四島さんという老年女性のメンバーがいたのだが、簡単な調べ物をする以外、誰もデイケアのPCを使っていなかったため黙認されていた。

 それが、ある日、帰りの会で「四島さんはデイケアのPCを私用に使っている。別に私用で使ってもいいのだが送信メールも受信メールもデータがすべてPCに残っている。それは如何なものか」と、吊るしあげられた。

 吊るしあげたのは免許証をコピーして配ろうとしていた男性メンバーその人であった。

(私の中でその人を厄介な人認定した瞬間だった)

 スタッフは困り顔になって「そうだね、四島さん、データはUSBメモリを持ち歩いて保存することにしようか」と言ったが四島さんは「USBにメールのデータを保存する方法がわからない。それにUSBメモリは高くて買えない」と言って頷こうとしてない。微妙な空気が流れた。

 吊るしあげた当人は「ルールなんだから従え」の一点張りだし、四島さんは「技術的にも金銭的にも出来ない」と、これまた一点張り。

 当時はG-mailが出回りはじめたばかりの頃だったと思うが、メールをするのに、アドレスがフリーメールだと怪しまれることも多かった。

 そして、デジタルに明るくない四島さんがメールの設定を一人で出来たとは思えないので、スタッフかメンバーに協力者がいる、というのは明白だった。

 私は数百円の容量の小さいUSBメモリを買ってこっそり渡してあげようかな、などと一瞬思ったが、いや、関わり合いにならないほうが良さそうかな、と静観した。

 結局、30日間ごとにデイケアのパソコンのメールソフトのデータは消去すること。

 データを消去されるのが嫌ならそれまでに、USBにバックアップをとる、ということに決まった。

 折衷案である。

 しかし、その折衷案には双方ともものすごく、不満そうであった。

 ルールを守らないやつが悪いのに、なんで譲らなきゃいけないんだ、という顔をしている男の人。

 それぐらいいいじゃないの、なんて意地悪な男なんだろう、と言いたげな四島さん。


 精神科デイケアで諍いが起こることは、ほぼ、ないのだが(入院していた精神科病棟ではまあまあ、あった)

 その小さな事件は私の中にちょっとした澱として残っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る