第25話入院二十五日目「退院しても仕事はある」
宇部さんという職場の方から書類の件で至急話したいというメールが携帯に入っていて、慌てて連絡をとり、看護師さん伝手になんとか補佐医経由で院外外出の許可を取る。
一旦自宅に帰宅し(マロンがかまって欲しがっているがごめん。そんな暇はないのだよ)パソコンを立ち上げる。
二十五日ぶりのパソコンさん。
よくよくみるとPCメールのほうに職場からたくさんメールが来ていてわお! と思う。
職場のことは強制入院のときみたいに両親が勝手にフォローしてくれていると思ったのだが考えが甘かったようだ。
いろいろ送る書類があるのだが期限が迫っているので、とりあえず片っ端から必要書類をワードで作成し、印鑑がいらないものはフリーソフトで、印鑑が必要なものは押印した後、プリンタのスキャナ機能でPDF化し、添付ファイルで職場の担当者に送りまくる。
正式な書類は郵送するが、とりあえずPDFが手元にあるだけで相手は安心するし、仮の決裁をとることも出来るだろうとの判断である。
それらの仕事があっという間に片付いたので、わー、私回復してるなーという実感があった。
入院直前は本当に駄目駄目で、数少ない仕事の、引継ぎ資料をこっそり作るのに本当に苦労した。
そうして思ったより時間があまったのでお昼ご飯に坦々麺を自分で作って食べる。
それから、調理器具やお皿を片付けて、マロンと沢山遊んだ。
ボールを投げてやると、マロンはわうわう言いながらボールを追いかけて口にくわえて戻ってくる。
コングという犬のおやつを中にいれられる玩具の中にドライフードを入れて放ってやると興奮しすぎて嬉しょんしそうな勢いでじゃれついていた。
もうすぐ、私、帰ってくるよ、マロン。
そうしたら毎日散歩にいこう。
マロンがまた散歩いやだなっていうぐらいに散歩に連れて行ってあげるからね。
そう心の中で誓う。
職場に送る書類は大変大事なものなので特定記録郵便で送って、閉鎖病棟に戻る。
すると、優香ちゃん、美香さん、りえさんが髪を切って出迎えてくれる。
私が教えてあげたチェーンの美容室に行ったみたいだった。
「ひどいんですよー。私だけマッサージがなかったんです」
ぷう、とほほを膨らませて優香ちゃんが怒る。
「結構、肩凝ってるのにー」
「ほんと?」
試しに優香ちゃんの肩に触ってみるとかちかちだった。
「私、マッサージが趣味だからちょっともんであげるよ」
そう。
何を隠そう、私の数少ない趣味のひとつがマッサージである。
両親にたまに施してあげるとすごく喜ばれるのでベースになるオイルやアロマオイルなんかもそろえて、結構本格的にやってあげる。
その代わり、オイル代は両親にもってもらったりする(だから基本的には30分以上は揉んであげることにしている)
「ええー いいんですか?」
「いいのいいの。まかせて」
そう言って優香ちゃんの固い肩に触る。
首も、鎖骨も、背中もずいぶん強張っていて普段どれだけ緊張しているのか、胸が痛くなる思いだった。
美容室の人も、中学生のこの子が、どれだけの重いものを抱えているのか見抜けなかったんだろうなあ。
でも、若いからか、あっという間に筋肉はほぐれていく。
「なんだか身体がぽかぽかしてきました」
「でしょう。でもね、やっぱり反応が早いよ。これが若さってやつなのかねぇ」
私は優香ちゃんが抱えているものの重さをほとんど知らない。
彼女を病ませたものが何なのかもわからない。
だが、今、私の手の中ではらはらとほぐれていく筋肉のように、今は石みたいに固いものが、いつか軽い羽のようになったらいいと思う。
私には、祈ることしか出来ないけれど。
「優香ちゃんばっかりずるーい」
「私にもやってよ、真世さん」
美香さんとりえさんが二人して抗議の声をあげる。
「はいはい。順番ですよ」
そうやって三人の肩や腕や手を揉んでいると、ああ、マッサージ師になるのもいいなあ、なんて新しい未来への展望が開けていく。
なんて、そんな甘い世界ではないかな。
「ところで髪型にあってる?」
「もちろん! 三人ともすごく素敵です」
「私、結構前髪ぱっつん気味に切られちゃったんですけど……」
優香ちゃんが恥ずかしそうに言う。
「いや、めっちゃ可愛いよ。私が同級生だったら惚れちゃうね!」
言いながら、自分が女で良かったなあと思う。
男性だったら完璧にロリコンだよね。犯罪だよ!
さて、明後日退院なわけだけれど……。
優香ちゃん、美香さん、りえさん。同室の三人には手紙を書かないとな。
あと……。
心の中で苦笑いする。
いつもマシンガントークで困らせてきた晴美さん。
空気が読めなくて、若干病棟でも浮き気味で、実は私たちの部屋の前で仲間に入れてよって泣き出したこともあった晴美さん。
決して悪いひとじゃあない。
ただ、ひたすら不器用なだけ。
むっとさせられたこともあったけれど、晴美さんにもお手紙を書こう。
心をこめて、お手紙を書こう。
退院まであと二日。
今日の昼食
冷やし中華、サツマイモのオレンジ煮
今日の処方
昨日と同じ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます