さあ、砂糖を吐きなさい

パスタは絶対アルデンテ

 私の趣味のひとつに、「料理」があります。

 自分で言うのもなんですが、これは実に有用な趣味です。

 生活の役に立つ、脳の活性化につながる、段取り力がつく、したいと思うなら健康管理ができる、したいと思うなら安くつく、そして何よりも腕があがれば美味しいものが食べられる。


 ※ご注意 初心者に出来ることが少ないのは、どんな趣味も同じです。


 私はイイ年ジジイなので、かつて「男子厨房に入らず」という考えがあったことを知っています。これがどのような考えか解説すると、


「偉い者は、政治のような大事のみ考えるべきであり、台所のように汚れた場所は、女のような下々の者にまかせておけばよい」


 という、現代では差別的な考えがもとになっています。だったら何を食べさせられてもそんな小事に文句言わないのが偉い人だと思うんですが、現実はこういう考えを持つ男性ジジイほど、作ってもらった食事に文句を言うのはとても不思議です。


 ま、差別意識を持っている時点で偉くないので仕方ないけどね!


 偉い人を目指さない私は、この趣味を堪能する毎日なのであります。


(だから痩せないのよっ)


 それにしても、料理というのは、結婚してもしなくても重要なスキルですね。

 結婚しないなら、いわゆる独身リスクを減らすことが出来るし、結婚しているのなら、パートナーを喜ばすことができます。

 私は独身のとき、飲み友を招いてカレー(大成功)パーティやパエリア(大失敗)パーティをしたし、今でも妻の友人などに料理(大好評)を振舞ったりしております。

 まあ幼少時は、弟や妹たちにトラウマを刻み込んだりもしたけどね!


(私もヘンなモノ食べさせられたことありまーす)


 現在の妻の弁当など、前日に私が自分の弁当と一緒に作ってるんですよ。

 これが本当の愛妻弁当!


 しかし、そのとき……


 料理が趣味であるゆえに、私は不安を抱えていました。

 平成18年2月末。初めて彼女の部屋に招かれた日のこと。


「メニューはパスタよ、待っててね」


 彼女の言葉に、私は思いました。パスタ……か……

 私の好みのゆで加減は、固ゆでアルデンテです。決して彼女の料理にケチをつけるまいと決意して来たのですが、思いもしないメニューを告げられて、どうしよう、と思ってしまったのです。


「はい前菜、これ好きなんだ」


 出されたのは、モヤシのサラダ。ゆでたモヤシをドレッシングで合えた、パスタにも合う一品。有能な主婦能力を予感させる、お財布にも優しいメニューです。


 銀行の利息を考えると、モヤシレシピは立派な資産ですから!


 初めて食べた料理でしたが、なかなか美味しいと思いました。しかし……


 モヤシが柔らかい。


 私の好みからすれば、明らかにゆで過ぎです。

 これはまずい。いや、まずくはないが、まずい。

 彼女のパスタの好みが、ふにゃふにゃの柔らかいタイプだとしたら。

 食べたことがないから新鮮に感じるメニューや、年に一度しか食べない行事食ならともかく、日常食のパスタが、これから一生食べることになるパスタが、このモヤシのように柔らかかったら。


 どうしよう……!?


 その対処には、主に次の三通りが考えられます。


 その1。我慢する。

 たいていの人がそうするでしょう。少なくとも新婚さんの間は。

 でも、その後はどうしたらいいのでしょう?

 家では我慢、外食で発散ですか?


 その2.

 自分で作る。

 でもそれは、彼女の好みではないのです。つまり、自分のぶんだけ自分で作る、という少々寂しい行為になってしまうワケです。もちろん、彼女のぶんも作ったっていいのですが、一緒に同時に食べるには、かなりタイミングを計る必要があるでしょう。それに、私だって彼女の手料理を食べる幸せにひたりたいのです。


 その3。

 堂々と文句を言う。

 それこそ、私が最も忌避する行為に他なりません。


 葛藤する私の前に、ついに、他の料理と共にその皿が置かれました。

 アンチョビとピーマン、ニンニクも薫り高いパスタ。見た目はとても美味しそうなのですが……


「どうかしら…… あっ」


 私の感想を求めた彼女の顔が、ぱあっと明るくなりました。


「そんなに美味しかった?」


 彼女の前には。

 満面の笑みを浮かべてアルデンテのパスタを食べる私がいたのです……!


 さて次回は、いかにして彼女を私好みに調教するか、その手練手管を披露したいと思います。


(なにそのヤラシイ言い方)


 ハニー、愛してる。


 そして、うつと診断されるまで、あと3年と1ヶ月。

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