ゆずれない願いを

 未婚のあなたが結婚相手に望む条件は何ですか?


 若さですか? 美しさですか? 健康ですか?

 大和撫子やまとなでしこですか? 白馬の王子様ですか?


 慎ましいお嬢様で料理上手で子供を2人産めて両親を介護できる処女の、

」ですか?


 爽やかなスポーツマンで背が高く一流大卒で年収が年齢掛ける50万円以上の、

」ですか?


 あなたは結婚相手に求めるすべての条件を、一切遠慮することなく、その希望を思うままに、紙に箇条書きにしたことはありますか?


 私はあります。


 来月2回目の紹介書類を待っている間のことです。

 Zの他の会員が、お相手に細かな条件を補足しているのを目にした私は、その非現実性はさておいて、「自分がお相手に求めていることは何か」を明らかにしたいと思ったのです。

 正直言って「書かなきゃ良かった」と思わないでもありませんが、書かなければ今の幸せはなかったでしょう。それはともかく、完成したリストを改めて見返した私は……


 強烈な自己嫌悪に襲われました。


 そこに書かれていたことを簡潔に表す、たった1語の「ある言葉」。それが頭に浮かんだとたん、おのれの浅ましさ愚かさに気づいてしまったのでした。


「奴隷」


 うわっ、キモっ! 

 てめえ何様なんだよ!? ご主人様か!?

 近寄るんじゃねえよクズ野郎!!


 ……あ、自分だった。


 彼女もロクにいたことがないくせに、よくもまあ図々しく書けたものです。

 だいたい婚活9重苦クックーである私に、そんな資格はありません。


 汚物を見る目で、私はリストをもう一度眺めました。

 確かに、このリスト全体を見るなら、忌まわしいとしか感じない代物です。

 これがもし本音だと言うのなら……


 我が妻になる者はもっとおぞましきものを見るだろう!


 でも、そこに書かれた条件のひとつひとつは、普通の男が希望しても不思議ではない内容ではあります。ということは、優先順位とか、絶対ゆずれない条件とか、抜き出して選べばいいだけのことなんじゃ……


 そこで私は、もうひとつ気づいてしまったのでした。

 すでに私は「条件を書く」ことそのものに嫌悪感を抱いていることに。


「……条件が出せないということは」

「だっ、誰だ!」


 私の問いかけに答えて、部屋の片隅から、ゆらり、と立つ黒い影。

 いままで、確かにそこには誰もいなかった……!


 そいつは、私と同じシルエット(チビデブ)の、黒い邪悪な仮面をつけた男。

 彼は呟きます。


「俺は、お前自身だ。言わば暗黒面の自分マスケラ・カッティーバ……」


「ないわー。基本ノンフィクションのエッセイ書いてるのに、もうひとりの自分と会話するなんてないわー。ファンタジーじゃあるまいし、こんな妙なこと実際には起きなかったやん」


「まあ、そこはラノベ的表現ということで。要するに自問自答のキャラ化」

 邪悪な仮面の私マスケラ・カッティーバは、軽く言いきりました。


(何が起きてるんだか、さっぱり判らないんですけど?)


 演出だよ。演出。イッツ・ショータイム・オーケー!?

 なんかちょっと暗くなりそうだったから、を変えたよハニー。

 創作物とかでもよくあるじゃん。リアルなドラマなのに、天使の自分と悪魔の自分が現れて、自分自身に意見するっていうヤツ。

 私の心の中では、心象風景である「自問自答」があったのは確かだし。

 うん、ウソは言ってない。


(そうかな~)


 さて、続きです……


「……条件が出せないということは、誰でもいいということか?」

「まあ、そうなるかな……」

「きれいごとだ。誰でもいいというなら、Bさんとでもいいのか?」

「えっ」

「Bさんはイヤなんだな。なんで?」

「……Bさんでは普通の結婚ができないから」

ねえ…… なあ、正直に認めたらどうだい? カッコつけてないでさあ。お前の本音を」


 邪悪な仮面マスケラ・カッティーバは、その暗い瞳で私を見つめました。

 絶望と憎悪に染まった、暗い暗い瞳で。


「そう、の本音をさあ」

「……何が言いたいんだ?」


「大和撫子とか、白馬の王子様とか……

 私は普通が欲しいだけとか……

 言葉だけは美しいけれど。本当は、みんな……」


 私の部屋に、おぞましき仮面マスケラ・カッティーバの冷たい声が響きました。




「本当は、みんなが欲しいんだよ。

 

 それが結局、ってやつなのさ」




「ち、違う! なんて恐ろしいことを言うんだ!」


「自分の価値観の檻に閉じ込めて、思い通りにできる……

 いや、わざわざ言わなくても主体的によろこんで何でもしてくれる都合のいい存在。

 これが奴隷でなくて、なんだと言うのだ?」


「違う! 違うっ!」


「そう、ありえない要求を突きつけるBさんがなんだよ」

「絶対に違う! そういう人もいるかも知れない……でも、俺は違う!」

「みんなそう言うんだ。で、どう違う? なんでそう言い切れる?」

「それは……」


「なんで?」


 私の顔に、ぐいっと近づく暗い瞳。


「なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?……」


「俺は……俺はBさんの、誰かの奴隷になりたくない……」





「だから……こそ、俺に奴隷はいらない!」


 気が付けば私は、たった一人でぶつぶつ呟いていたのでした。


(あやしいひと~)



 さて次回は。

 ついに現れた最凶の敵、物語の定番、もうひとりの自分!

 事態が急展開を迎えるなか、果たして尻鳥の運命は……!?


 ……うそうそ。

 すみません、調子に乗りました。

 次回は、私がお相手に本当に求めることについて語ります。


 なお、リストの詳しい内容は女性蔑視の差別的内容なので書けないし、思い出したくもありません。リスト本体はシュレッダーにかけたので残っていません。あ、でも残しといたら一周回って逆に笑えたかも知れないな。

 異世界ハーレムのラノベみたいで!


(ちょっと見たかったかも)


 君に見せられない「私」もあるんだよ。

 ハニー、愛してる。

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