LはラブのL

ひび割れた仮面

 婚活ヘンも、いよいよ最終章です。

 登場人物の仮名に使っていたアルファベットも、「Y」ただ1文字を残して使い切ってしまいました。

 Zで最後に会った女性もすでに登場してしまいましたし、こう問われるかたも多いと思われます。


 ハニーって誰なの? まさか……未登場のYさん!? Zの人じゃないの!?


(白々しい……)


 しーっ、うっるさいよ、ハニー、ちょっと黙ってて。


 時間は少しさかのぼり、ワイン・パーティの2週間後。

 平成17年10月下旬の、場所は吉祥寺・井の頭公園。若者たちが最も住みたい街ナンバーワンの地域にある、最大の公園です。


 本日は待ちに待ったLさんとの対面デート。

 カジュアルな格好で現れたLさんは、パーティのときよりもっと輝いて見えました。

 公園のカフェにてランチ。楽しいひとときを過ごしました。


 何事もなくこなして、そう、何事もなかったのです!

 次は11月初め、新宿で飲みの入ったディナー。

 Lさんはかなりのでした。今回も楽しい時間を過ごしました。

 帰り際、彼女に言いました。


「あの、結婚に向けて、真剣に考えてく、くれますよねっ!」

「ええ~わかんない~だって私、まだ尻鳥さんの~」


 酔っ払った彼女はケラケラと笑いながら、よく判らないことを呟きました。


 何はともあれ、メールや電話も含めて、おつきあいは順調そのものでした。

 お愛想仮面マスケラ・ディ・ソリーゾも存分に活躍しています。

 そう、こうでなくちゃ、これが本当の婚活というものさ、HAHAHA!


 そう、、そのつもりでした……


 そしてふたたび吉祥寺。11月中旬。Lさんはなぜか少し低いテンションでした。

 居酒屋の席についたとたん、彼女は言いにくそうに切り出しました。

 目をそらして、真剣に言った言葉は。


「……どうしても貴方に聞かなきゃいけないことがあります」


 猛烈にいやな予感がしました。いままでの失敗の記憶が蘇り、胸に何か黒いものがせりあがってきたような気がします。


「な、何?」


 あわてた答えに、彼女は顔をあげ、まともに私の顔を見て言いました。


「貴方は私に本当の顔を見せてくれない」


 ピシッ!


 私にしか聞こえない音が響き、彼女は続けました……


「貴方がこのまま本当の自分を見せてくれないのなら」


 ピキッ……!


「会う意味がないから、私はもう会えないと思う」


 ピキピキピキッ!


「今日はどうしても、それだけは言おうと思って来ました……」


 バキッ!ガラガラガラ!


 さっきから響いていた音は、お愛想仮面マスケラ・ディ・ソリーゾがひび割れた音でした。はがれ落ちた仮面の下からのぞく見開いた目は、まるで大型警備ロボットに襲われたロボット警官のごとく、追い詰められた色に染まる……


「な、なんのことですかな」


 図星を指されて狼狽える私に、彼女は畳み掛けます。


「貴方は自分を隠している。そうですよね?」

「誰でもたっ多少は、取り繕うところがあるるんじゃじゃーん?」

「ほら、認めた」

「……はい、確かにそうです」

「そのままでいいと思ってるの?」

「ずっとそのままなら、別に不都合はないと思うけど」

「……結婚してもずっと、本当の自分を隠し続けるつもり?」


 明るく、快い、そして役に立つことが結婚のお相手となる男として大事なのだ、と私は思っていた。

 そうあるべきだと思っていたし、そういう自分になれるなら、たとえ偽りの自分であっても、一生それでもよいと思っていた。

 程度の差はあれ、誰でもしていることだと思っていた……!


「そのつもりだったし、できると思ってる」

「じゃあ聞くけど、そんなことをされて奥さんになる人が喜ぶと思う?」


 君には判らないんだ、俺がどんな気持ちで婚活しているのか。

 劣った人間が、足りない人間が、それを隠そうとして何が悪い!


 本当の私は女性とロクに話も出来ないのに、始原なる力ヴェルジネ・アールマのパワーが強くなるにつれて、お相手の反応はよくなっていった。

 そんな効果を実感できる武器を、人がやっとの思いで作った仮面パワーを、何の権利があって糾弾するんだ?

 お愛想仮面マスケラ・ディ・ソリーゾがなかったら、俺は婚活なんて出来ないんだよ!


 喉まで出かかった言葉は、そこでカタマリとなって止まりました。

 ふいに気付いたのです。思い出したのです。


 私自身を救った希望のことを。


 私の伴侶となるべき人は、私そのものであるところの、「良い点」を、ちゃんと見つけ出して結婚してくれる、という確信を……!


 確かに、お愛想仮面マスケラ・ディ・ソリーゾは婚活に必要かも知れません。

 でも、その仮面はいつかは捨てなければならないのです。

 伴侶となる人が、その奥にある本当の私を見るために……!


 また、間違うところだった。


 急に、とてつもない恥ずかしさを感じました。

 私の仮面の奥に、何かがあることを、いや、そもそも偽りの仮面をつけていることに、初めて気付いた人が、ここにいるというのに。

 婚活9重苦クックーを乗り越えて(もしくはとりあえず脇に置いて)、

 私の内面を見ようとした、最初のひとりが現れたというのに。

 私は反射的に拒もうとした。そうではない。そうではないんだ。


 あるべきだった、感じるべきだった感情は、本来の勢いを取り戻して、喉のカタマリを嗚咽として押し出しました。そして私は……


 まだ数回しか会っていない成人女性の前で、ぽろぽろと涙を流したのです……!


「あー、あらららら、大丈夫?」


 Lさんの声は、どことなく粗相をしでかした子供を慰めるような響きがありました。

 それこそ子供のように、袖で涙を拭いた私は、搾り出すように言いました。


「だ、大丈夫です……」

「でも……」

「ちょっと、びっくりして、はずかしくて、う、うれしくて……」

「うれしい……?」


 私にとって、どれだけ価値のある言葉を言ったのか、その自覚もないまま。

 りりしい眉をしかめて、Lさんが問いかけます。

 何か答えなくては、と、やっとの思いで口を開く……


「ほ、本当のぼくを、見ようとしてくれたから……」


 Lさんの言葉は、いまや私の胸にこう響いていたのです。


『あなたは人間です。なぜロボットのふりをしているんですか』


(ダーリンはホント泣き虫だよねー)


 そして、私は言ったのです……!


「好きです……」


(きゃーきゃーきゃー)


 ハニー、愛してる。

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