永遠のクリスマス・ツリー

 平成18年2月12日。新宿駅南口。

 Lさんは私に気付くと、ぱあっと顔を輝かせて、小走りに駆け寄ってきました。

 男前の凛々しい顔は、はにかみに染まっています。

 その姿を見た私は……


 ズキュゥーーーン!


 すごい、本当にこんな音するんだ。

 もちろんその胸の音は、私にしか聞こえないのです。



 私はかつて、こう思いました。


 手に入らないという不自由さの中に飛び込み、もがき、あがき、

「好き」に従い、結果がどうなろうとも「好き」である自分を捨てない。


 私の望む「自由リバティな人」とは、自分の「好き」という気持ちを大事にする人、だったのでした。ひょっとしたら、好きな人そのものよりも。


 それが、私にとっての自由リバティ



 私はついに、出会うべき女性ひとに出会った。

 そう、彼女こそ、自由リバティ女性ひと……


 そして。


 小走りのLさんの姿が、新宿駅の雑踏が、ぴたり、と音もなく静止すると……

「彼」がやって来ました。私の、真っ暗だった心の中に。


親方おやかた」です!


(誰よそれ!?)


 親方はもちろん邪悪な仮面マスケラ・カッティーバと同じく私の分身ですので、私と同じルックスですが、その名の通り作業着・地下足袋・腹巻・ヘルメットを身に着けています。


「頼んます、親方!」

「よっしゃ、まかせとけ!」


 親方は両掌にぺっぺっと唾を吐くと、ママチャリのハンドルにも似たT字形スイッチを、ぐいっと両手で押し込みました。


 バチバチバチッ!


 スイッチから伸びたケーブルに電気が走り、真っ暗の中にそびえ立つ塔のような影へと向かっていくと、ふいに。


 ピカァーーーーーッ!!


 東京タワーほどもあるクリスマス・ツリーの電飾が、いっせいに輝いたのです!


 真っ暗だった心の世界に、ツリーの光が満ちていき……

 ガムテープで補修されていたお愛想仮面マスケラ・ディ・ソリーゾが光に流され、ころころと転がってその裏側、邪悪な仮面マスケラ・カッティーバの姿を見せました。


 ふたつの仮面はリバーシブルなだけで、実は同じものだったのです。

 光の中に溶けていく仮面に目をやることもなく、かがやくツリーを見つめる私……


 ああ、そうか。


 私は悟りました。

 あのツリーは、親方わたしがずっと配線していたからこそ輝いたのだ。

 配線だけで終わってしまい、ついに電気が流れない交際もあったはずだ。

 いつだって、「恋」は、「好き」は、出会ったときから始まって、

 人生のすぐそばで完成を待っているんだ……


 暗闇の中、その完成を。本人が気付くのを。電気が流れる日を。

 恋とは、ずっと待っているもの。


(えー、恋は落ちるものじゃなかったっけ?)


 そして、永遠の祝福の光に満ち溢れ、時はまた動き出す。


 Lさんは、私の前で立ち止まり、もじもじと何かを言いました。

 私たちは手を繋いで、新宿の雑踏の中を歩き始めました。


 未来に向かって。


(カッコつけちゃってぇ)


 私の婚活の話は、これで終わりです。


 私にとって、婚活とは、大冒険だったなあ、と今にして思います。


 それは、日常を離れた行動、という意味だけでなく、

 まさしく「おとぎ話ファンタジー」そのものである大冒険だったのでした。

 そう、私にとっては。


 むかしむかし、あるところに、ごくごく地味な男がいました。


 地味な男は志を持ち、武器を手に入れ、修行をして、両親のもとを旅立ちました。


 女神様(カーリーみたいなかたもいましたが)たちに導かれ、

 悪口の街、試練の山々、ロトパゴスの島、カナヅチの国、絶望の砂漠をさまよい、

 運命の選択をして、夢の大地ラピュータを目指します。


 地味な男は初めて身につけた魔力と、魔法のアイテムのパワーに溺れて、大きな失敗をしてしまうのですが、それでも暗闇を乗り越えて、強大な魔法の呪文を手に入れるのでした。


 最強の敵は、おとぎ話の定番、自分自身の影です。

 そして、異次元の向こうへ去ろうとしていた運命の女性ひとを追い、

 海賊をどつき、すべてを賭けて走る地味な男……


 クライマックスで、邪悪な影を退けた光り輝く奇跡の魔法は、

 地味な男が今まで知らなかった愛の力だったのでした。


 旅の終わりに手に入れたのは、運命の女性ひととの、ささやかなハッピーエンド。

 ふたりはいつまでも幸せに暮らしましたとさ。


 めでたしめでたし……


 いいえ。


 現実には、めでたしめでたしで終わることなど、ひとつもありません。


 人生は続く。ハッピーエンドもバッドエンドも過去に流して。

 それは、「呪い」でもあり、同時に「祝福」でもあるのです。

 まさしく、「」の呪文のように。


 人から見れば、私の婚活で起きたことは、ごく普通のことです。

 そこには、「おとぎ話ファンタジー」のような不思議など、カケラもありません。

 まあ、多少の演出とか盛りとか編集はありますが。


 、これから私が書くことも、ごく普通のこと。

 それでは、次回より始めましょう。ごく普通の結婚の話を。


 今までと通り。


 Lさん、いや、ハニー。愛してる。


(ダーリン、愛してるーぅ)

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