恋とはどんなものかしら
「お話したいことがあるから、また明日の朝かける」
Lさんの用件が気になって、私のテンションは下がりました。
やがて、ひとり潰れ、ふたり潰れ、お誕生日会という名の飲み会はお開きに。
後片付けを済ませ、「先輩」のように泊まらない者は終電前に帰っていきました。
残っているのは数人。それも朝7時ごろにはひとりを残して帰ったのでした。
携帯の鳴る音。
ようやく、Lさんからの電話です。
「他の人たち、帰った?」
「まだ海賊がいるよ。すぐに追い出すから、またかけて」
私は電話を切ると、いびきをかいて寝ている「海賊」を横目で見ました。彼はムキムキの筋肉を派手なTシャツに包み、頭にいつもスカーフを巻いている身長2mもある大男なので、海賊コスプレをしているようにしか見えないのです。
「Yちゃん、邪魔だ、帰れ帰れ!」
Yを叩き出して、いや、もちろん心優しいやつなので気を使って自主的に帰ってくれたので、準備OK。
「もう帰った?」
「誰もいないよ」
「尻鳥さん、あのね、私……」
私は、悪い予感と一緒にゴクッとつばを飲み込み、その後の言葉を待ちました……
「もう……会えないから……」
やっぱり……
「……そうなんだ」
「だって、会うのがつらいから……」
ああ……
「……つらいんだ。そんなに……」
「うん。だって、結婚できない、とか言っちゃたし……」
「それはもういいよ」
「よくないよ。会いたいけど、そんなこと言ったのに会うなんて……」
あれっ?
「ちょっ、ちょっと待って、もしかして」
「私、尻鳥さんのこと、好きになっちゃったみたいだから……」
(ひゃぁー)
「え……」
「だから……もう……」
言え!言え!言え!
「……それじゃ、結婚すればいいじゃん」
「え?」
「これから会おう。話をしようよ」
「でも結婚は……色々と……」
「何とかなるよ」
「いいの? ……会ってくれるの?」
「かまわないよ、嬉しいよ」
「じゃ、今日会うはずだったZの人たち、断るからね」
Lさんは一旦電話を切りました。
ついに、言った。
最初に頭に浮かんだのは、彼女の最後の台詞。
今日会うはずだったZの人たち……
私はその人たちに思いを馳せました。
ひとつ間違えば、私がその人たちになっていたかも知れない。何も判らないまま、自分のどこが悪いのかと思いながら、断られる側にいたかも知れない。
「これが……勝利の味、か」
初めて味わうそれは、とても苦いものでした。
そしてその苦味が薄らぐと、私の胸に、とてつもない不安が巻き起こりました。
ギャンブルがテーマの映画やマンガ。
主人公はカード勝負で強大な敵と戦います。駆け引きを繰り返して、テーブルに積まれていく高額チップの山。そのチップのような不安が。
大変なことになった……!
ふたたびLさんと話し、新宿駅で会う段取りをつけ、実際に家を出ても、不安感は消えませんでした……
焦りから私の足は、次第次第に速くなっていきました。
私は心からの言葉をLさんに言いました。そこには何ひとつウソはなく、後悔もまた少しもありませんでした。それなのに。
もちろん嬉しさはありました。でもそれ以上に、不安感の方が大きかった。
なぜなら。
私がLさんを好きではないことに、変わりはなかったからです……!
もし私が、Lさんを好きではないことに気付かれてしまったら。
もしまたダメになるような事態になれば、私は二度と立ち上がる力を失ってしまうかも知れません……
いまや、私の心が、意地が、プライドが、人生が、未来が、山のようなチップとなって、うず高く積み上げられているというのに!
「好きなんだから、何とかなるよ」と言えたら、何の問題もなかったのに!
「恋とはどんなものかしら」
有名なオペラの中に、こういうタイトルの歌があります。
私もまた、それを知りたかった。現実に生きている人間への「恋」「好き」が、いったいどこからやってくるのか知りたかった。
45年間生きてきて、一度もそんなものを感じたことなどなかったから!
それはまだ現れていません。
覚悟がないまま、オペラの大舞台に、賭け金が積まれたテーブルに、
Lさんの待つ新宿駅南口に行かなければなりません。
それでも、走れ。
本当は走らなくても間に合うが気持ち的に、
おまえの運命に向かって……!
恋とはどんなものかしら。
ああ、俺はそれを知ることができるのか……?
その答えは次回、婚活ヘン最終話「永遠のクリスマス・ツリー」にて。
(なぜ今クリスマス……)
ハニー、愛してる。
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