格好悪いふり方

 あなたは異性に「振られた」ことがありますか。

 逆に、「振った」ことがありますか。

 もし、振ってばかりだと言うかたがおられたら、ちょっと考えてみませんか。

 それは本当に「振った」のでしょうか?


 Nさんはワイン・パーティでメアドを教えてもらった3人の女性会員のうちのひとりです。実は私は連絡先を紛失するというドジをしでかしたのですが、彼女のほうからメールをいただき、連絡再開となったいきさつがありました。


 もう一度会おう、と何回も誘ったのが功を奏して、ついに対面デートとなったのです。平成17年12月の中旬、場所は銀座の駅ビルでした。ふたたび会うことのできた彼女は、記憶にある通り大変に若々しく、天真爛漫な笑顔はあいかわらずとても魅力的でした。


 しかし……


 会話も弾み、彼女が普段していることを話しはじめると、その話の内容に違和感を感じました。


 この人、いつ働いてるんだろう……


 彼女は社会人のはずなのに、自分が興味を持ったこと、楽しいことを、毎日毎日それだけを追っているのです。さっきまで魅力的だった若々しさが、急に幼さの徴に見えて、なんだか体の熱が退いていくような気がしました。


「別にいいじゃないか」


 かけられた声に顔を上げると、そこにいたのは……


おまえオレか!」

「そうとも、おまえだ」


 そこにいたのは、ウェイターの格好をした邪悪な仮面マスケラ・カッティーバ……


「ないわー、自分ひとりだけの時に出てくるならまだしも、他人のいるときに出てきたらもうタダの幻覚やん。モノホンのあぶない人やん。ないわー」


「主観的時間が加速した状態での自問自答というだけのことだ。走馬灯みたいなものだと思えばよい」

「えっ俺いま死にかけなの?」


 確かに、店内のすべての客と店員は、一時停止ボタンが押されたかのように静止している(ように見える)ではありませんか!


 邪悪な仮面マスケラ・カッティーバは凍りついたように動かないNさんの背後にまわり、その肩口からこちらを見て、口を微笑みにゆがめました。


「この子いいじゃないか?

 いま見た目が若いし、きっとこれからもそうだぞ?」


「でも、それだけじゃないか!」

「若さこそ婚活やるヤツが求めるものさ。

 人に自慢できることも含めてな!

 そして、この子はお前オレが求めているものを持ってる」

「えっ?」

「それは自由だ。

 思うまま、楽しいことを求めて、自由に生きているじゃないか」


「……なんだか……違う……」

「違わないね。お前オレの大好きな自ら求める自由リバティさ。

 オタクの行動とどこが違う? お前オレにはぴったりだ」


「……俺が気に入っても、彼女が俺を気に入るかどうか……」

「大丈夫大丈夫。だってこの子は、

 そういう人間さ。お前オレと笑顔で話しているってことは、

 相当見込みがあるってことなのさ。

 そんな人間を妻にすることが不安か?

 でも、お前オレは、もう知ってるはずだ。

 奴隷にしなくても、逃がさない方法とか、

 笑顔の仮面を被って結婚生活を送る方法とかな。

 大丈夫大丈夫。お前オレにはそれができる」


 何でも好き嫌いで考える……

 そうか……!

 私の心の裡に、さっきから気になっていたけれども言葉にならなかった点が、はっきりと姿を現しました。


 Nさんには、信念があるように見えない。

 こんな短い時間でNさんの本当の姿なんて判らないけれど、他人からそう見えることをまったく考慮していない姿を、二度目に会った時点で平気で見せている。

 彼女は、自らの心のありかたが、他人にどう見られるのか重要視していないのは確かなのだ。


 オタクのように、信念を持って何かを楽しもうとしているのだったら、確かに彼女は私の追い求めた人でしょう。しかし、彼女の言葉の端々には、そんな心の強さは見あたらないのです。


 こんなに可愛いのに、尊敬できそうにない。


「つまらないことに気がつきやがって…… じゃあ、どうする?

 君は尊敬できないからバイバイ、っていうのか? ろくに知りもしない人を

 切り捨てただけで気に病むヘタレのくせに。それに、それこそ、

 ってことじゃないのか?」


 そう言い残して邪悪な仮面マスケラ・カッティーバは消え去り、そして凍りついていた時間は溶けていきました。

 他のお客も、店員も、Nさんも、何事もなかったように(現実に何もありませんでしたが)ふたたび動き始めました。


 私は水を一口飲むと、大きくため息をつきました。これから、やらねばならぬことに気が重くなるのを感じながら。


「どうかしたの?」


 様子の変わった私に、怪訝な顔で問いかけるNさん。顔をあげて彼女の顔を見た私は、とある理由で修理中ですがまだまだパワーのあるお愛想仮面マスケラ・ディ・ソリーゾを眼鏡のようにクイっと直して、おもむろに口を開きました。

 あくまでも、にこやかな顔で。


「……好きなことばかり追ってちゃいけないよ。人間ってのは辛いことでも……」


 私の言葉に、彼女の顔が、はっきりと強張るのが判りました。

 そう、私は、婚活を始めてから一度もしたことがなかったこと、絶対にやるまいと思っていたことをしたのです。

 年下の異性との関係性を、もっとも安全に、もっとも確実に破壊する最終手段を……


」を!


(あちゃー)


 気まずい空気に気付かないふりをして、デートを終了させ、今日は楽しかった、と思ってもいない台詞を言って別れました。翌日、また会いたい、と思ってもいないメールを出しましたが、二度と返事は返ってきませんでした。


(ねえダーリン、説教はともかく、なんでウソのメール出したの?)


 ……アリバイ工作とお世辞、ってことかな。真意をゴマかすための。

 もし、彼女から、決め付けはひどいと思う、判ってほしい、謝罪してほしい、という趣旨の、返答があったら、その先のつきあいがどうなろうとも、私は平謝りしたでしょう。しかし、結果は予想通りでした。それでも。

 少なくとも私は、結論を出さなかったのです。


 そしてNさんは思ったはずです。キモい説教クソおやじを振ってやった、と。

 彼女がそう思うのなら、なぜ私が気に病む必要があるでしょうか?


 私がお相手に求める自由リバティとは何か。

 それは、そのための信念がなければならないのです。

 Nさんは私にそれを教えてくれました。


 では、自由リバティに必要な信念とは何でしょうか?

 そのときの私には、まだ判っていませんでした。

 それを私に教えてくれたのは、最後に会った女性、Xさんでした。


 次回、「好きが一番強い ~最後の女性ひと~」。お楽しみに。



 ねえ、せっかくの休みなんだから、一緒に朝食しようよ。


(チューがないと起きれれないー)


 ハニー、愛してる。

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