世界に悪意が潜むことの証明について
「……結婚相談所になんか行ったってダメだよ」
「どうして」
両親との会話は続きます。
「理想の高い人たちばかり集まっているんだから、うまくいかないよ」
「だからいいんじゃない? もっと自信を持って」
「あのさあ」
次に続く言葉を、私は飲み込んでしまいました。両親を悲しませずに言うすべが、判らなかったからです。
あなた達の息子は、婚活の戦場では最弱の存在なのだ。
そもそも、低年収・中高年の男性の成婚は日本ではとても難しいのです。
その確率は、わずかヒト桁パーセント。
それは、当時も今も、そしてこれからもたぶん事実です。
あなた達は落ち目の家業を継いだ長男を誇りに思うかも知れないけれど、私が出会うことになる女性はせせら笑いながら、それを拒否の理由にするだろう。何をしても無駄だということが、あなた達が身を粉にして成し遂げた生涯を悔いる真実を突きつけられるということが、なぜ判らないのか。
そんなこと言えないよ……
だから私は、こんなふうに続けたのでした。
「……あのさあ、確認するけど、本当に俺に結婚してほしいの?」
「そりゃあそうだよ」
「結婚相談所に行くってことは、どこの誰と結婚するか判らないってことだよ。
北海道の人かも沖縄の人かも知れない。養子になって名前が変わるかも知れない。店だって閉めるかも知れない。年に数回しか会えなくなっても当たり前だよね。それでも、結婚してほしいの?」
「しょうがないんじゃないか」
「うっ…… じゃ、じゃあね、結婚したら俺は奥さんのほうを大事にするよ。もし父さんと母さんが奥さんとケンカして、明らかに奥さんが悪かったとしても、俺は奥さんの味方をするからね。だってそれが当たり前だろ。それでも、本当に、俺に結婚してほしいの?」
「それでも結婚してほしいのが親の気持ちだよ」
私がこんなことを言ったのは、実は「作戦」もありました。
事実とはいえここまで言えば、親はもう二度と
その目論見は、外れてしまったようです。
「……わかった。結婚相談所に行くよ」
両親の言葉に納得したのではありませんでした。
あんたらがこんなにも世間知らずなら、がんばってもがんばっても絶対ダメだってことがあることを、それが今の世の中だってことを判らせてやるよ。あんたらの世代が上手くいったのは、あんたらが恵まれていただけだってことを、証明してみせようじゃないか。
そういう意地悪な気持ちになったのです。
……いや、判りたかったのは自分かも知れません。
婚活なんて無駄だ。結婚なんてできるはずもない。やってみもせずに結論を出すなら、そりゃあ卑怯かも知れない。でも、もし自分で納得するほど努力してもダメだったなら、悪いのは自分じゃない、世の中のほうだ。
世界に悪意が潜んでいることを証明してやる!
(うわー、かわいくない)
コドモだったんだよ。君が世界の優しさを証明してくれるまでは。
なお、私はもちろん、結婚したくないワケではありませんでした。
このときの私の気持ちを正確に表現するなら、
「結婚できたらそれはそれででヨシ」
「結婚できなかったら持論が証明できるのでそれでヨシ」
「どちらにしてもヨシ、それならトライしてみるか」
と、なるでしょう。
また、追記として、その後の両親の態度ですが、きっちり手のひらを返しました。
婚活がかなり具体的に進んだ時点で、上記の確認をもう一度繰り返したのですが、母は泣き出し、父は黙り込んだのでした。子の巣立ちを願うけれど、同時に、そばにいてほしい、というのが親心ということですね。
……このときアラフォーですよ。私。
なお、この「親との問答」は、婚活どころか、以後の結婚生活の自由度増進(笑)においても、大いに役立ちました。
私は家業を継ぐほど親に逆らわないタイプ、というか親に意見できる言葉を持っていないタイプだったのですが、「あのときこう言ったよね」と何度でも蒸し返すことで、口論では結構なアドバンテージを得ることができたのです。
結構親不孝。
前話に引き続いて繰り返しますが、この頃の私は結婚相談所に偏見を持っていました。まあ、すべての偏見というものは、たいてい間違っているものですが。
さて次回は、結婚相談所を選びます。
TVに、雑誌に、電車に、チラシに、そしてネットに溢れている、幸せそうな男女がニコヤカに微笑むすべての広告。そのひとつから、私は、どれをどうやって選んだのでしょう?
そう、君のいる世界を選ぶために。
愛してる、ハニー。
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