第一回お金とお仕事会議を開催します
「これより第一回お金とお仕事会議を開催します」
パチパチパチ(拍手)
平成18年10月。
今後の家計と生活についてマジメに話し合うため、私たちはふたりだけの会議を開きました。
議案はタイトル通りお金と仕事です。会議といっても検討や交渉をするのではなく、現状を確認した上で、どうしたいか、どうすればよいか、等の共通認識を得るために行うものでした。
新婚当初は毎月開催していましたが、段々と実行の間隔が開き、同時に議題も多くなりました。第一回の議題はわずかに4項目。今年(平成28年)の正月に行った第57回は15項目となっています。そして「夫婦でマジメにやる定例会議」という意図こそ変わりませんが、会議の名称は「はっぴー会議」になっています。
また、現在では健康関連の議題も多くなっています。
(トシだから大事よね!)
あと、重要な要素として、「欲しいもの夢リスト(と手に入れた現実リスト)」が追加されています。これは大事です。
よく、「ナントカの法則」として、「具体的に願うことで夢を現実化する方法」が話題になったりしますが、こうやって文章化すると、確かに欲しいものがなぜか手に入りやすくなるのです。私が思うにこれはオカルトでも何でもなくて、強く意識することで普段だったら見逃すお得なゲット情報を発見できる脳になるのだろうと思います。また、アレコレが欲しい(だけど対価は惜しまない)と公言することで、他人が入手のためのお節介を焼いてくれることもあるのです。
とはいえ、私たちは完全にオカルトな行為もしています。
誰かから何かを貰うたびに、私たちは「はっぴー会議の議事録ノート」から派生した、「ありがとうノート」に記録しています。
というのも、手相によると私は「貰い運」が最強だそうなので、その運を伸ばすために感謝を記しておこうと思ったからです。
さて。
会議の第一回の議題とその結論とは、私の家業に関連するものでした。
当時、私は転職も視野に入れた家業の立て直しを考えていました。その必要があることは前から判っていましたが、伴侶を得たことで、今までのように見て見ぬふりをすることができなくなってしまったのです。当時、父はほぼリタイヤしていましたが、母には店番をしてもらっていました。
「これにて第一回お金とお仕事会議を閉会します。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
パチパチパチ(拍手)
家業の現状は、かなり悲惨なものでした。ここ数年は、決算のたびに私の貯蓄を削って50万~80万の補填を行っていたのです。家業はすでに時代遅れであり、同業者は次々と廃業している現状がありました。
(少しは聞いてたけど、そんなひどかったの!?)
何とかなるさ、って思ってたんだよ。
それでも私は楽観視していました。家業には色々と切り詰め可能なポイントがあり、それを削れば延命もしくは次の手段を行う時間ができる、と私は考えていました。
何と言う
「ねえ、母さん、役員報酬のことなんだけど……」
「それだったらダメ。何考えてるの」
「あのさあ、ウチの現状は知ってるよね。それに、母さんは株やってるでしょ」
「それがどうしたの」
「赤字なのに、退職した役員に役員報酬を払っている会社を評価する?
正しい経営をしてると思う? その会社の株を買う?」
「……」
「別にずっとじゃないよ。景気がよくなれば戻してもいい。
店番のぶんの給料も払うよ。
それに、母さんたちは他にも収入があるし、年金だって……」
「だめだめだめ。お父さんが一所懸命作った店なんだから、
その恩があるでしょ。大丈夫、もっと頑張れば」
「……頑張れっていうなら、自分の好きにしたいんだけど」
「いいと思ったらなんでもしなさい。責任者は雅晶なんだから」
(ねえ、もしご両親と同居してたら、私あなたと離婚したと思う……)
家業は成長が望めません。ということは、何か副業を見つけないといけないことになります。当時の会議の議事録を読み返すと、資格取得やら不動産投資やら色々と模索していた記録が残っています。
ネックになるのは、店舗の存在でした。
副業を探し、育てるのには時間がかかります。本業をしているとその時間をとることはできません。しかし、この仕事は実務を問屋に委託することができます。現に高齢化でそうしている同業者も多かったのです。委託すると収入は半分になりますが、何と言っても在庫を持つ必要がなくなりますし、そのぶん役員報酬を少なくする名目が立ちます。その上、いきなり全部委託する必要もなく、ソフトランディングが見込めるのです。
しかし、店舗で実際に営業していると、どうしてもその本業としての対応が必要になります。逆に店舗を無くすと、別のメリットも出てきます。
たとえば、店舗は家が会社に貸し付けているので、その家賃を含む維持費も必要なくなります。また、母の発言力が大きいのは、店番を頼んでいるからです。
でも、本当に店舗を無くすことなどできるでしょうか?
まず、店舗にかかってくる電話を、すべて私の携帯に転送することを試みました。
また、在庫と書類を効率化して、今まで母が行っていた配達ルートを自分で仕切るようにしてみました。楽になったわー、と母は言いました。
平成19年3月。
冬の繁忙期を乗り越え、店舗を無くすための目処が立ったところで、私は母に頼みました……
「ねえ、母さん、店のことなんだけど……」
「それだったらダメ。何考えてるの」
「店で仕事したっていいんだよ。会社の名義でなければ」
「本業の商品が売れなくなったら、〇屋さんから文句が来る」
「〇屋さんは怒鳴るからもう会いたくない、って言ってたよね」
「駐車場管理はどうするの」
「どうするの、って、個人ですればいいじゃない。利益は最初から母さんのものだし」
「だめだめ。だって地主さんは私じゃなくて会社を信用してくれたんだから」
「そうかなあ。社長なのに俺、何年も地主さんに会ってないよ?」
「何事も限度があるでしょ。会社はあなたひとりのものじゃない」
「……」
「雅晶は結婚したんだから、夫婦で頑張ればどうにでもなるわよ」
「……えっ?」
ウソだと言ってよ、マミー。
(まだ寝ないのー、奥様さびしーよー)
もう少しだから。
ハニー、愛してる。
そして、うつと診断されるまで、あと2年。
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