婚活テーマパークにようこそ

 結婚相談所Zの女性会員に対して、私が最もムカついたこと。

 それは何だと思いますか?


 拒まれるのはしょうがないのです。イヤだけど。

 好みの女性が現れないのもしょうがないのです。イヤだけど。

 ずっと結果がでないのもしょうがないのです。イヤだけど。


 イヤだけど、ね!


 決してあきらめていたわけではないけれど、私は婚活がとても難しいことを知っていました。両親の現状認識(頑張って宝くじでも当ててみたら、と真顔でアドバイスするような甘さ)に腹を立て、失敗をひそかに望むようなネガティブな気持ちもありました、が。

 私はいつでも、真剣に、結婚したいと思っていました。


 私が腹を立てていたのは、お断りの返事がとても遅い、あるいはまったく無い人がいる、ということでした。


 迷っているなら、何日までに返事をする、という返事でもいいのです。

 私のことが気に入らないのなら、とっとと断ってくれたほうが、気持ちを次に切り替えることができるのです。


 もちろん、結婚相談所以外の、おつきあいを管理されない場所では、お断りを引き延ばすのはアリだと思います。知り合いの「しがらみ」や逆切れストーカーへの対策とかも考える必要があるからです。

 しかし、私たちは、お金と時間を使ってここにいる。ある程度の危険からはZが守ってくれている。それでも返事が遅いのは、失礼にもほどがある……と、私は考えていました。


 しかし、彼女らのその行動には、それなりの理由があったのです。

 私はそれを、ハニーのZ時代の友人から聞きました。もちろん結婚後のことです。


 要するに、魅力のある人というのは、とても忙しいのです。実生活はもちろんのこと、男性会員からのアプローチもとても多く、順番に対応しても遅くなりがちだったのでした。それに彼女たちはもともと、男性をいなすのが得意という訳ではありませんし(24~25話参照)。


 私がそんな見当外れなことに怒っていたときに、現在の妻はまた別の理由で、男性会員に対して怒っていました。


(そうなんだよねー)


 とにかく、真剣ではない。

 自分の良さを積極的にアピールするでもなく、どうでもいいナンパをしているかのような、単にぬるいデートを楽しんでいるかのような、そういう態度。

 そのくせ、次回も会おうと連絡を寄越す。


 そういう男性に、何回も当ったそうです。


(まったくケシからんね!)


 彼らはなぜ、そんな態度になってしまったのでしょうか?


 ここから先に書くことは、たまたま話す機会のあった男性会員たちからのヒアリングを元にしていますが、想像も加えています。

 でも、大きく外れてはいないはずです。


 彼らは、現状に満足してしまったのでした。


 会費さえ払っていれば、黙っていても女性を紹介してくれる。会えなかったらパーティにいけばいい。適齢期の女性たちと楽しくお酒を飲み、あたりさわりのない会話を交わす。デートサロンにしては良心的価格だよね? Zがお互いに身元を保証してくれてるから、ナンパのときのようにいきなり敵意にさらされる心配もない。ノリがいい相手なら、その先だって行けるかも知れない。

 なんて素晴らしい自由フリーダム


 ここは婚活テーマパーク。


 そりゃあ辛いこともあるけど、本物のテーマパークだって辛いことはある。お金は使うし、行列はイヤだ。でもその場所に詳しくなれば、辛さを少なくする方法だってある。好みの女性に会えるとは限らないけど、それはテーマパークのキャラクターだって同じこと。


 不安? あるわけないだろ。だって俺は、のだから。

 前に向かって走り続けているのだから。


 いつか理想の人に出会う、その日まで……

 いや別に、その日がこなくてもあんまり困らないかな。



 ご存知のかたも多いとは思いますが、ギリシア神話のオデュッセウス英雄譚には、食べた者を堕落させてしまう「ロートスの木の実」というアイテムが登場します。

 オデュッセウスの仲間たちがロートスの実を食べると、彼らは友人や故郷のことも忘れ、ただ、いつまでもいつまでも眠りたくなってしまいます。


 そう、甘い毒とは、ロートスの木の実のように、婚活という旅に挑む勇者たちを甘い夢に閉じ込めてしまう毒なのです。


「今がとても楽しすぎる」という……

「婚活を楽しむこと」の副作用!!

 なんという、なんという……甘く、そして、恐ろしい毒……!


 これが、この毒こそが、夢の欠片かけらに潜む危険なのです。

 婚活を続けるために、どうしても必要な夢の欠片かけらの中に……


(そんなに大層なことなの?)


 オトコってのは、いろいろあるんだよ。いや、オンナにもかな……



 さて、Zによる婚活を始めてから、初めて2度以上会うことのできたIさんは、幸いにしてロートスの木の実は口にしていませんでした。

 彼女は真剣に結婚を考えている、すばらしい女性でした。


 たぶん、それゆえに……


(何があったのよ!?)


 ……絶望が、あった。


 ハニー、愛してる。




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