「見ての通りスリムな男ですから」

 運命の平成17年10月9日がやってきました。


 ターミナル駅の広大な地下街を抜け、地上出口へと辿りついた私は、キョロキョロとあたりを見回しました。この近くにパーティ会場があるはずです。

 交差点の向こう側のさらにその先に、どうやらそれらしき建物がある。

 歩行者用信号が青に変わるのを、待っていた私は……


 その人を見ました。


 大きな(推定D以上)胸も誇らしげに、背をまっすぐに伸ばし、スタスタと脇目もふらずに反対側の歩道を歩いていく、足の長い「カッコイイ」女性。

 私好みの眼鏡はかけていませんでしたが、締まった口元と、形のいい顎のラインが印象的な横顔美人です。といっても今は横顔しか見てないのですが。

 彼女はパーティ会場の方角へと、早足で歩み去っていきました。


 もしやあの美人はっ!? 本日のパーティ参加者なのでは?


 そう期待した私でしたが、すぐ、そんな美味い話はないな、と思い、ため息をつきました。会場到着。受付を済まし、男女で溢れる会場を見回しながら横切って、指定されたテーブルに向かうと……あっ!


 そのテーブルに着いていた女性陣のひとり、それはさっきの横顔美人だったではありませんか! 正面から見た顔は、眉の形も凛々しく「男前」の顔立ちでした。


 この嬉しい誤算に少しうきうきしながら席に着こうとする私に、他の女性会員が声をかけます。


「あ、ちょっと狭いですか?」

「大丈夫です。見ての通りスリムな男ですから」


 女性会員たちが皆、ぷっと吹き出しました。実はこのギャグ、私の定番。

 お客様の家で作業中、偶然飛び出して、大ウケしたギャクです。

 最初思いついたときは、「デブだけど意外と痩せてますから」という台詞だったのですが、自虐風味やマニアックさを削ってシェイプアップし、今のような形に仕上げた定番中の定番ギャグだったのです。


「本日は皆様に、こちらのワインをご賞味していただきます」


 Zの司会者の横に立つソムリエが、用意された赤・白のワインについて語り、ワイン・パーティは始まりました。ワイングラスを優雅に持ちながら、内心は冷や汗をうかべつつ、愛想笑いを仮面マスケラのように貼り付けて、明るく会話に参加する……


「私、赤のほうが好きなんですけど……」

「あ、お好きな方はそうみたいですね」

「今日のは白のほうが美味しいかな」

「そうですね、さっぱりしてますね」

「だから白ばっかりおかわりしてるんです」


 くいくいとグラスを傾けながら、にこやかに男前の美人、Lさんが言います。

 Lさんの隣にいる女性会員、Mさんもまた落ち着いた感じの華やかな美人です。Mさんは会社経営者とのことで、少し年上でリッチな雰囲気を持っていました。


 ※ご注意 妻に言わせると、私はストライク・ゾーンがとても広いそうです。


 女性会員たちと話を合わせながら、私は同じテーブルについた二人の男性会員を、ちらり、と横目で見ました。二人とも背が高く理知的で、ルックスにおける婚活偏差値は明らかに私より上でした。


 これが……敵!


 私は初めて、生ライバルをこの目で見たのです。


 ※ご注意 もちろん「ジャージの人」は論外です!


 でも、次の瞬間、二人の男性同士の会話を聞いた私は耳を疑いました。


「盛況だね。Zさん、もうかってるみたいだよね」

「うんうん、株、もうけさせていただきました」

「最近、何買ってます?」


 おまえは何を言ってるんだ。


 男同士で、このテーブルの女性たちが乗ってこない投資の話を、延々と続けている彼ら……これが、男性会員ライバルたちの能力スキルに疑問を感じた最初の瞬間でした。


「あのう、そういう話題は止めときましょうよ」


 思わずそう言ってから、しまった、と思いました。敵に塩を贈るようなまねをする自分だって大概というものです。


 しかし……


 このときは、まったくそう思いませんでしたが、後でよくよく考えてみれば彼らライバルたちは、それなりの戦略を使っていたのかも知れません。


 俺は、運用するだけの資産を持っている。

 というアピールの可能性があったのです。


 ひょっとしたら、彼らはより資産を運用できる能力がある、あるいはその助けとなるパートナーを求めていたのかも知れません。

 激務の外資系や医者とかなら、疲れを癒してくれる人を求めるでしょう。エリートなら自分にふさわしいスペックを求めることもあるでしょう。では、あくせく働く必要のない資本家が求める人は、どういう人なのでしょうか?

 彼らは、いわゆる「マネー・インテリジェンス」のある人、つまり、このような場では投資の話題に食いついてくる人を探していたのかも知れないのです。

 お金持ちの男が求める女は、もっとお金持ちにしてくれる人……?


(でも、あの人たちがそういう人だったら、女性会員にも話しかけたんじゃない?)


 話題の中身よりも、話題の持ち掛け方のほうが大事ってことか~

 どちらにしても、そのときの私には縁のない考えだったようです。


「それでは男性の皆さん、席替えしてください」


 司会の声がかかりました。

 女性会員たちをそれぞれの席に残し、私たち男性会員は、別の席に移ります。

 こうやって、参加者たちがまんべんなく話をできるようにする。パーティにおけるZのシステムです。

 次のテーブルでは、私は新たに別の女性に注目しました。ひときわ明るく楽しそうに会話をするNさんでした。

 Nさんは美人というよりは、可愛い雰囲気を持っていて、20代後半にしか見えない若さを持っていました。Zのパーティには年齢縛りがあるので、本当に20代後半のはずはないのですが。


 ずっと後の話になりますが、Zにて最後に会うことになる女性に、Xさんというルックスも内面も素敵な美女がいます。そのXさんと、このとき会った可愛いNさんは、とても大事なことを私に教えてくれる人になるのでした。


 パーティの終わり際。Zの司会者は、二次会をしたいと思われる方は近くにこういう店があります、と、締めの挨拶につけ加えました。

 希望者がぞろぞろと、とある居酒屋チェーン店に向かいます。私はこのとき、二次会を誰が仕切ったのか判りませんでした。参加者の誰かのはずなのに。


 いつか、自分もこういう場を仕切れるようになりたい……!


 そして二次会もまた、和やかに進行します。


港々みなとみなとに女がいるぜ、って感じ?」


 男のみが席替えするシステムをネタにした私のジョークです。これもまた大ウケでした。また、Lさんと並んで他の人から貰ったカニをむさぼり食いながら(みんな酔ってます)、結構親密に会話できたのです。


「Lさん、どーして貴方みたいな恋愛体質の人が婚活してるんですか」

「結婚したがらない男と別れたから~」

「あ…… さようでございますか」


 最終的に私は、Lさん、Mさん、Nさんのメアドをゲットしました。男性会員とは仲良くなれなかった等、色々と課題は残りましたが、とりあえず大成功です。

 彼女たちには帰宅後すぐメールを送って、私は呟きます。


 今後のパーティも、こんな風にうまく行けるといいな……


 しかし、私のその願いは結局、叶いませんでした。


 後のパーティでは、このときほど直接の結果を出すことはできませんでした。

 運もあるでしょうが、同じように見えるZのパーティも、形式・規模・場所によって参加者の性質も、その相性も変わるのではないか、と今にして思います。


 それでも、他のパーティでも、得たものは多かったのでした。

 とても多かったのです……!


(おやすみ前のチューを所望じゃー)


 はいはい。ハニー、愛してるよ。

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