第17話 脱獄

 ドカッ‼


 大きな音がした後、牢番の戦士がどさっと床に倒れる。アイラはそれを見てたじろぎ、思わず一歩後ろへ下がる。


「よし、完全に気絶したみてぇだな。今のうちにずらかるぞ」

「え、サルマさん……何やってるの?」

 アイラは牢の近くにあった棒を持っているサルマを見て、呆気にとられた様子で尋ねる。

「何って……ここの牢番に脱獄したこと嗅ぎつけられちゃマズいだろ? 今こいつで後ろから牢番の頭を殴って気絶させたから……気づかれねぇうちにここから出るんだよ」

「な、殴っちゃうんだ……この人何も悪くないのに?」

「大丈夫だよ、気絶させただけだって。さっき言ったろ、少々手荒な真似するかもしれねぇって。俺について来るんならそれくらい慣れろよな」

「う、うん……頑張る」

 初めて人を殴った瞬間を見たアイラは少し動揺していたが、なんとか落ち着きを取り戻して頷いた。

「じゃ、俺はここで」

 そう言ってその場を去ろうとするシルロを、サルマが呼び止める。

「待てよ、最後にちょっくら教えてくれ。俺の持ってた荷物はどこにあるんだ?」

「荷物? 俺は直接知らないけど、牢に入れられた囚人の持ち物が集められる棚……あるだろ。あそこじゃないか?」

「なるほど……そーいやそんなのあったな。ありがとな、行ってみるよ」

「でも……そんなところに寄り道してないで、荷物は諦めてでも逃げることを優先した方がいいと俺は思うけど」

 シルロの助言を聞いたサルマは黙りこみ……かすかに何か呟いた。アイラには、そういうわけにはいかねぇよ、と言ったように聞こえた。

「……じゃ、行くぞ。こっちだ」

 サルマは左手でアイラの腕をつかみ、牢から出て行く。



 戦士たちの目をかいくぐり、サルマとアイラはなんとか囚人の荷物置き場に辿り着く。棚に置いてある荷物は少なく、サルマの持ち物はすぐに見つけることができた。

「……あった。これだな。隣のは……アルゴの大剣か。こいつはどうすっかな」

「どうするって……アルゴさんの剣をサルマさんが持ってっても意味ないんじゃないの?」

「いや……これ、アイツの爺さんの形見だとかで大事な剣らしいし、アイツが牢から出た時のために預かっておこうかと思ったんだが……重すぎて俺には扱えねぇし、かえって脱走の邪魔になるか……」

 サルマはそこまで言って、ふと、近くの牢屋からデルヒスが首を伸ばしてこちらをじっと見ているのに気がつく。

 デルヒスはきょろきょろと辺りを見渡し、向こうの方にいる牢番を見つけて指差した後、サルマに向かって両手を合わせて目をつぶる。

(あいつらの牢屋……そこだったのか。しょうがねぇな……ったく)


 サルマはアイラに自分の荷物を預け、お前はここにいろ、と黙ったまま指で合図を送る。アイラが頷くと、サルマはアルゴの大剣を両手で持って、こちらに背を向けている牢番の方にそろりそろりと近づいてゆき、大剣をさやから外さずに振り上げる。


 しかしその時、牢番は後ろにいる人影に気がついたようで、振り返る。


「お、お前、サルマ……⁉ ぐはっ‼」

 牢番は殴られる寸前サルマに気づいたものの、振り下ろされた大剣が頭の上にドカッと落ちてきて気絶する。サルマは舌打ちして呟く。

「ちっ、気づかれたか。まあいい。この重い大剣で殴られたんじゃ、しばらくの間は動けねぇだろ」


 サルマは牢の壁にかけられている鍵の束をまるごと掴み取り、先程デルヒスが顔を出していた牢まで行く。

 そして檻の隙間から鍵の束とアルゴの大剣を投げ入れて言う。

「悪いな、俺たち時間もねぇことだし先にこの島を出るわ。その中にそこの牢の鍵があるから探しな」

「悪いなんてそんな……ほんとありがたいっすよおおぉ」

 デルヒスが涙声で言うと、キャビルノはにやりと笑って言う。

「あら、アンタもたまには役に立つじゃない?」

「うるせぇ」

 サルマはキャビルノに向かってしかめっ面をしてみせる。

「……助かった、サルマ。俺たちはあの時、ヴァイキング・アイランドに向かっているところだった。この島から脱出できたら、しばらくそこにいるはずだから、何かあったら会いに来いよ。今回の礼でもしてやるから」

「ああ、ありがとよ」

 アルゴの言葉にサルマは頷いた後、アイラの待っているところに戻る。

「あいつらはもう大丈夫だ。さ、行くぞ」

「うん」


 アイラはサルマに荷物を渡す。サルマは袋の持ち手の紐を肩にかけ、いつも腰に巻いていた布を腰に巻きつけるが……違和感に気づいた様子で目を見開き、顔を青くする。

「……ない……」

「ど、どうしたの?」

 サルマはアイラの方を振り返る。

「オマエ、確かおさ……サダカのおっさんに会ったんだよな」

「う、うん」

「その時、部屋に俺の荷物はあったか?」

「えーと、確かリーシさんが荷物を持ってて、サダカさんの部屋の机に置いてたような……」

 サルマは拳を振り上げ、壁を一回叩く。ドンッという大きな音がしてアイラはびくっとする。

「ちくしょう、サダカのおっさんめ……」

 サルマはそう呟いた後、静かに言う。

「……ちょっくら行ってくるわ。オマエは……そうだな、ここで待っとけ」

「え、どこ行くの……?」

「ちょっと盗みたいものがあってな、おさの部屋に行かなきゃならねぇ」

「盗む……? サルマさんの持ち物がなくなったんでしょ? 取り返す、じゃなくて?」

「ああ、、だ」

 サルマはそう言ってアイラを置いて行こうとするが、アイラはサルマの服の袖を掴んで引き止める。

「わたしも行くよ」

「いや……でも……」

「ここで待ってるだけだと、なんだか……またサルマさんと離れ離れになりそうな気がするから」

 アイラはそう言ってサルマの目をまっすぐに見る。

「……そうだな。それは……俺も困る」

 サルマは迷っている様子を見せるも、最後はアイラの言葉に頷く。

「行くぞ。この塔の一番上まで……付いてこい。静かにな」



 二人は人目を忍びつつ、なんとかおさの部屋の扉の前まで辿り着く。

 サルマは扉の取っ手に手をかけ慎重に引っ張る。鍵はかかっておらず、ギイィ……と音がして扉がゆっくりと開く。

 サルマは扉の隙間から部屋の中をのぞいて辺りをうかがう。

「……部屋の中は、誰もいない……のか? おかしいな、鍵は開いていたんだが……」

 怪訝な顔でサルマはおさの部屋の中に入る。アイラも部屋入ったことを確認すると、なるべく音がしないように慎重に扉を閉める。


「……あれは…………」

 サルマは、おさの座っていた椅子のそばにある、小さな木の机の上に乗っているもの――サルマがいつも首にかけていたコンパスを手に取る。

「コイツも……ここにあったか」

「それ……サルマさんがいつも首にかけてたコンパス?」

「ああ……。だが、俺の探し物はこれだけじゃねぇ」


 サルマはコンパスの紐を首にかけ、部屋の中をざっと見渡す。そして壁に三日月剣がずらりと並んで飾られているところへ行き、それらを一つ一つ調べる。

「違うな……。これじゃねぇ……これでもねぇ……」

「おまえの探し物は……これじゃないか? サルマ」

 突然声が聞こえ、サルマは振り返って声のした方を見る。


 部屋の窓から室外に張り出したバルコニーのような場所にサダカが立っていて、その右手には……短めの三日月剣を持っている。


「待っていたぞ……サルマ。おまえがここに戻ってくるのをな。おまえが島を出て行った時から、ずっと話がしたかった」


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