第45話 神の子
「神の……後継者……だと?」
サルマはそれを聞いて、眉をひそめる。オルクはゆっくりと頷く。
「……そうだ。神は普通の人間よりも心や体の衰え少なく、長生きできるのだが……神の聖なる力を使い果たしてしまった時には、力尽きてしまう。そうなってしまうと闇の力に対抗し、闇の大穴を閉じることができなくなってしまうゆえ……いつかは神も、代替わりする必要があるのだ」
「代替わり……それって、アイラに代わるってことか? てことは、次の神はアイラになる……ってことか……?」
サルマはアイラを見る。アイラはそれを聞いて、恐れを抱いているような表情をする。
「そんな……わたしが次に神……になるなんて……。無理だよ……」
「いいえ。アイラはこの世で次に神になる資格があるただ一人の人間……。あなたは、そのために生まれてきた存在なのよ」
神がアイラの方を見て、熱っぽく言う。
「私の聖なる力は、もうわずかしか残されていない……。私が消滅するのは時間の問題なの。だから一刻も早く、アイラは私とともに天界に行って、神としての務めを引き継ぎ、大穴を閉じなければならない。……わかってくれるわね」
神はそう言って、再びアイラに近づこうとするが、サルマが急いで神とアイラの間に割って入る。
「そんなこと……はいそうですか、って簡単に言えっかよ。オマエは、まだこんなにちっこいガキにそんな重荷を背負わせる気なのか」
神はそれを聞いて、少し目を伏せる。
「この子は神の子……選ばれた、特別な存在なのよ。普通の子供ではないの。それに、コンパスを手にしてからここまでの旅路は、神になるための試練でもあったのだけれど……その試練も成し遂げることができたこの子は、充分に神になる資格が備わっているわ」
「だが俺は……アイラは、普通のガキと何ら変わらねぇと思ってる」
サルマはそれを聞いて神に食ってかかる。
「確かに、この子の親は普通の人間……メリス
「なんだって⁉ オマエがアイラを育てた……⁉」
「ええ。だから、神の子、と呼ばれるのです。人間として生きる時間のためにも、ここでの記憶は一旦消して地上に返していますが……天界に行くことで、再び思い出すことでしょう」
アイラはしばらく呆然とした様子で神の言葉を聞いていたが……なんとか気を持ち直し、これまでのことを考える。
(そう……だったんだ。だから、わたしはメリス
「私があなたを育てる中で……アイラ、あなたはすでに、神として必要な聖なる力は充分与えられています。その証拠に、コンパスの針が見えたり、退魔の剣を光らせることができるのは、あなただけなのですから」
(剣を光らせることができるのは、わたしだけだったんだ……! 剣を天界の泉につけてから他の人が持ったことなかったから、知らなかった……。あれ、でも……)
アイラはそれを聞いて一つ疑問を感じ、神に尋ねる。
「ちょっと待って、メリス
アイラはそこまで言って、ある可能性を思いつき、ひどく心がざわつく。
(ミンスさんって確か、そこにある祭壇の模様と同じ、弓矢をモチーフにした銀色のロザリオを部屋に飾ってて、よくそこにお祈りしてた。誰よりも信心深かった人って、もしかして……)
神はアイラのその感情には気づいてないようで、淡々と先程の問いに答える。
「彼女……いえ、メリス
「そうだ。そこもおかしいって、アイラ前に言ってたよな。なんでメリス
他のことを考えて
「そうです。メリス
神は少し目を伏せ、答える。
「神の子の、
「なっ……⁉」
サルマがそれを聞いて血相を変える。一方のアイラもハッとした様子で顔を上げ――その顔が青ざめる。
「
「仕方がないことなのです。闇の賊は……こちらの世界に来たら、神の子を狙ってまず、神に一番ゆかりのあるメリス
「でも……今のメリス島のやつらはそれを知らないんじゃ……」
「……知ってしまっては、恐怖から島を去ってしまう人が出てしまうため、今の人々がそれを伝え聞いていない可能性はあるかもしれません。しかし……囮の契約は悪いことばかりではないのですよ。メリス島は神の加護によって守られ、争いごとには無縁で、人々は皆幸福を感じ、理想郷のような島に保たれています。それは、囮の契約の代償として得たものでもあるのです」
「……メリス
神の言葉を聞いたアイラが呟く。それを聞いて、皆がアイラの方を見る。
「わたしのせいで、メリス島の皆が死んだってことだよね……やっぱりそうなんだ……っ!」
そう言って、アイラはわっと泣き出してしまう。
「……! アイラ……っ」
サルマはアイラの肩に手を置き、神を思いっきり睨み付ける。
「ずいぶん、都合よく人間のことを振り回してきやがったんだな、オマエは。神とはいえ、何様のつもりだよ。アイラのこともそうだ。生みの親から引き離すわ、故郷の皆を失わせるわ……」
「私がしたくてしているのではないのです。神の代替わりの際の
冷ややかにそう言い放つ神に、サルマは思わずカッとなり、アイラを自らの方に引き寄せて叫ぶ。
「アイラは……もうオマエなんかに振り回させねぇ! オマエの思い通りに神になんかさせてたまるかよ! こいつは……こいつの生きたいように、これからは自由な人生を送るんだ!」
「な……っ……!」
それを聞いた神は血相を変える。アイラはハッとした様子で、涙ぐんだ顔のままサルマを見る。
「それはなりません! アイラが神にならなければ、この世界は……闇の賊の侵略により、必ず滅びます! 言ったではないですか、私の力はもうわずかしか残っていないと……! 今すぐ、闇の大穴を閉じなければ……」
「そんなもん……」
サルマは腰から短剣を取り出し、神の方に突きつける。
「俺たち人間が自力でなんとかするさ。オマエの……神の力なんぞ借りなくてもな」
神はそれを聞いて、怒りを
「そんな……そんなことは不可能です! 闇の賊の力はこの旅の中で知ったでしょう? 一体人間がどうやって対抗する気なのですか!」
「そうだな、確かに退魔の剣が使えるアイラに協力を
サルマはアイラを見てニヤリと笑う。
「オマエのためなら……警備戦士にもなるさ。すげー嫌だけどな」
「サルマさん……⁉ それ、絶対嫌なことじゃなかったの? どうしてそんな、わたしのために……」
「さあてな。オマエと旅をする中で、変に情が湧いちまったかな。とにかくだ」
サルマは神に短剣を突きつけたまま話を続ける。
「神とやら、オマエみたいに、アイラを強制的に神にして……天界で一人戦わせることはしないつもりだ」
「……そんなことでは、何も解決しないわ」
神は怒りを抑え、ポツリと呟く。
「そのやり方では、この子が退魔の剣を使えても……次に剣を使える人が途絶えてしまう。神の聖なる力は……形式に乗っ取り受け継がなければならないのです」
神は、オルクの方を見る。
「オルク……あなたからも何か言って。あなたなら……わかるでしょう? 神の力が世界を守るために必要で、受け継いでいかねばならないということが」
オルクは腕組みをし、黙って様子を見ていたが――――やがて頷き、口を開く。
「アイラちゃん……神は確かに天界で一人、闇の勢力と戦わなければならない。君のような小さな子供にそれをさせるということが酷なことは、承知しているつもりだよ。しかし、そうしてまでも……必要な力だというのはわかってくれるかい」
「な、じーさん……! あいつの味方なのか……⁉」
「サルマ……。お前も、アイラちゃんも……わかってやってほしい。目の前にいる神も……子供のころに涙を
アイラはそれを聞いてハッとし、神を見る。神はオルクのことを、驚きと悲しみが混ざったような――――なんとも人間らしい感情が溢れる表情で見ていた。
「……アイラは私よりも強い子よ。だから、弱かった子供の頃の私よりは……ちゃんと役目を果たしてくれると思ってる」
神は、アイラではなく……オルクに向けてそう言った。そして、オルクの言葉を聞いて、何も言えずに黙り込んでしまったサルマを見て、かすかに微笑む。
「あなたたちの絆も……旅の中でずいぶん深まったのね。本当に宝が目当ての盗賊が神の子の付き人なら、今、こんな揉め事が起きることもなかったでしょう。それが狙いであなたを付き人に選んだ……それなのにこうなるとはね」
「……あんたが俺を付き人に選んだのか」
サルマはそれを聞いて、神の方に向けていた短剣を下ろす。神は頷き、再び話を始める。
「付き人には、戦士をつけたいと思っていたの。私たちの旅の時、付き人のオルクは魔法が使えたものの、物理的な戦闘力には長けていなくて、闇の賊との戦いで苦労していたから。そして……」
神はアイラをちらりと見る。
「辛かった別れも経験させたくなくて、神の子と付き人の絆はほどほどにさせたいとも思っていた。そんな時、サルマ……あなたを発見した。戦士の能力はあっても戦士の任務にはついておらず、自由に行動できる人物……。さらに宝が目当てだと情が深くなりすぎず、利害関係のみで繋がることができる……。ちょうど理想の付き人がいたと思って、神の気を感じる能力を授けた。……それなのに……」
「……俺を付き人に選んだことに関しては感謝してるよ。それまでの俺の人生は生き甲斐もなく、本当にくだらなかったからな。鼻のきく盗賊になって、宝探しができて、アイラと出会って……この旅ができて、本当によかったと思ってる」
サルマの言葉を聞いて、アイラは目を潤ませる。
「だが、アイラを神の子に勝手に選んだことは……アイラが嫌だと言うなら、やらせる気はねぇぜ」
サルマはそう言って、再び剣を構える。その様子を見て、オルクはサルマに声をかける。
「アイラちゃんが神になったら……天界にいることは多くなるだろうが、この洞窟まで下りて、祭壇の水盆を使って会話をすることはできるのだよ。そして……地上からアイラちゃんを助けることもできる。アイラちゃんを一人で戦わせたくないのならば、そんな方法もあるのだよ。そのやり方は、私が教えよう」
「爺さんが……? つまり、爺さんはこれまで、この神のことを地上から助けていたのか?」
オルクは頷き、神の方を見てにやっと笑う。
「そこの神さんが、一度も水盆から話しかけてくれなかったゆえ……意思の疎通は思うようにできてはいなかったがね。地上でいろいろと……できることをやっていたよ」
「でも神様、前に東の果ての島で、水たまり……じゃなかった、水盆を
アイラがそう言うと、オルクは目を丸くしてアイラを見、次に神の方を見る。神は真っ赤な顔をして、オルクから目を逸らす。
「あの時は……っ、その、アイラがそろそろ着いていないか、確認したかっただけよ!」
「……そうだったのか。一度は来てくれていたのだな。教えてくれてありがとう、アイラちゃん」
オルクは嬉しそうに頷いている。神はそんなオルクを盗み見た後、アイラにこっそりと耳打ちする。
「……私が水盆を見に行かなかったのは……オルクの顔を見て、地上が恋しくならないようにするためだった。それくらい私は心が弱いの。だからアイラには、同じ気持ちにさせたくなくて色々手を打ったのに……結局ダメになってしまったわね」
(神様も、わたしと同じ子供の頃に、同じような旅をして……ここでオルクさんと別れたんだ)
アイラは目の前にいる神も昔は人間で、自分と同じような少女だったのだと思うと、いたたまれない気持ちになる。
(わたしだけ、神の役目から逃げるわけにはいかない。サルマさんは神にならなくても、別のやり方もあるって言ってくれた。でもそれは危ない方法で……わたしのせいで、この世界が犠牲になるかもしれない。そんなことになるのは……もうメリス
アイラは、心の中でそう考えると――――顔を上げ、皆に向けて言う。
「わたし……わたし、天界へ行って、神さまの役目をやるよ! サルマさんたちが地上から支えてくれるなら……きっと、わたしにもできると思うから!」
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