第44話 サルマの鼻の秘密
「その前に……少しだけでいいから、昔なじみと話をさせてくれないか」
オルクは、アイラとサルマにそう言うと、神を見て微笑む。
「ずいぶん久しぶりだね。お前は神だからあまり年をとらないんだろうけれど、それでも……大人になったな。一方私の方はすっかり老いぼれているのに、一目でよく私だとわかったね」
「もう……時間がないのに無駄話する余裕なんて……。あなたがオルクだとわかったのは、あの水盆から話しかけるのがあなたしかいないからよ。それに……」
神は、オルクの顔をじっと見つめる。
「昔と同じように、右目を……隠してあるから。失明させたのは私のせいなんだから、長年経ってもそれくらい覚えているわよ」
(あの髪型……右だけ長い前髪で目を隠していて、気にはなっていたが……右の目が見えていなかったのか。しかし、失明がこいつのせいって……?)
サルマは神の言葉を聞いて首をひねる。
「水盆を通して会話ができるというのに、なぜ今まで話しかけてはくれなかったんだい。私は毎日ずっと水盆の前で、いつ声をかけられてもいいように待っていたというのに」
「それは……っ。……神としてやるべきことがあるから、天界からこの洞窟まで降りてくる……そんな余裕はないでしょう」
神はオルクの言葉に対して何か別のことを言おうとしたようだったが口ごもり、別の答えを選ぶ。
「その、オルクの爺さんが毎日いた場所って……」
サルマはその会話を聞いて思いつく節があり、口を挟む。
「東の果ての島の、森の奥……あそこか? 爺さん、毎日あそこの水たまりの前に座ってたろ」
オルクはサルマの方を見て頷く。
「ああ……その通りだ。お前が水たまりと思っているものは、ここに置いてある水盆と対になっている、同じ水盆なのだよ。これも神の持つ宝の一つでな、水盆に水を張っていれば、対の水盆を通して会話ができるというものなのだ。水盆として置いておくと、宝と気づかれ盗まれる可能性もあるのでな、地面に埋めて使っていたら、長い年月を経て水盆の上から土が入り、その上には草も生えてきていて……一見お宝には見えず、ただの水たまりのような見た目になっていたゆえ、お前の鼻は反応していたようだが、宝には見えなかったようだな」
「くそ、そういう訳だったのか。爺さんに上手くやられたな。せっかく宝が置いてあったというのに見抜けなかったぜ」
それを聞いてサルマは悔しがる。
(……そういうことだったんだ。サルマさんの鼻はでたらめじゃなくて、ちゃんとお宝に反応してたんだ)
アイラは東の果ての島を訪ねた際に、サルマが水たまりがニオうと言っていたことを思い出す。
そして――――もう一つその時のことを思い出して、ハッとする。
(そういえば、あの時……水たまりを
「でもまあ、それなら俺様の鼻は正しかったってことだな。アイラの剣も、コンパスも、
サルマはそう言って鼻を高くする。オルクはそんなサルマを見て――――なぜか複雑な表情をしている。
そしてしばらく無言で何やら考えていたが、ようやく重い口を開く。
「サルマ……お前に言っておかねばならないことがあるのを思い出したよ」
「俺に? 俺とアイラに……じゃなく、俺個人にか? 一体なんなんだよ」
「…………」
オルクはまた少し沈黙した後――言葉の整理を終え、覚悟を決めたように口を開く。
「……話がそれてしまってすまない。その件も含めて……本題に入ろう。まずはお前の能力と……これまでの役割についてだ。サルマ」
「俺の……能力? お宝に反応する鼻のことか?」
サルマは眉をひそめてオルクを見る。
「お前のその鼻は、お宝に反応するんだと思っているのだろうが……実際は、違うのだ。地上に残された神の痕跡、気配……といった神の『気』に反応しているのだ」
「神の……気……だと?」
サルマは事情が呑み込めない様子でオルクを見る。
「確かに神の気を
(そう……なのか? 確かに、これまでニオイで見つけたお宝は、コンパスも、剣も、
サルマは思い当たる節をいくつも見つけ――――鼻で宝を見つける盗賊だという、自分のポリシーを壊された気がしてかなりのショックを受ける。
「それでも、その能力で隠されたお宝を実際に見つけているようだし……他に類を見ない、お前の誇るべき能力だという点には変わりはないのだよ」
サルマはオルクの言葉を聞いて、まだ混乱しつつも、気を取り直して頷く。
「……そうだよな……。それでも、俺は鼻の効く盗賊サルマってことには変わりはねぇんだよな……。俺だけの特別な能力なんだよな……?」
「ああ。それは、特別な能力だ。簡単に手に入るものではない、貴重なものだ。しかし……」
オルクは一息つき、サルマを真っ直ぐに見る。
「その能力は……実は、私も同じものを持っている」
その言葉に、サルマは目を見開いてオルクを見る。
「なんだって⁉ じーさんが……? この能力は、簡単に手に入らない貴重なものなんじゃねぇのかよ!」
「その通りだ。この世界で今、これを持っているのは……私とお前だけだ」
「それは……一体どういうことなんだ」
サルマは混乱した様子で呟く。
「その能力は、ある役目を与えられた者が持つ能力なのだ。私はかつて……お前と同じ役目を果たしたことがある。それゆえ、同じ能力を持っているのだ。厳密に言えば、私の場合は匂いではなく直感で神の気を感じる……という点では少し違うがな」
「俺と同じ役目……だあ? そもそも俺の役目って……一体何なんだよ」
サルマはずっと掴んでいたアイラの手を離し、オルクの姿が映されている祭壇の方に詰め寄る。アイラもサルマに続き、祭壇に近づく。
「お前の役目、それは……『神の子の付き人』だ。神の子を守り、無事にここまで連れてくる役目……お前は、神の気に反応する能力を持った時から、その運命を辿ることが決まっていたのだ」
サルマはそれを聞いて、訳が分からないといった様子でぽかんとしている。
「お前と初めて出会った時は、お前が付き人だということは見抜けなかったが……アイラちゃんを連れてきた時、そのことにようやく気づいたよ。私のいる東の果ての島は地図にも書かれていないように、普通の人には見えないように力が働いているゆえ、お前がこの島の存在に気がついたという点は少々不思議だとは思っていたが……」
「……ちょっと待てよ。神の……子……? それって、もしかして……」
サルマはオルクの言葉を遮り、アイラを見る。アイラは驚いた様子でオルクの方を見ている。
「そう、アイラちゃんのことだ」
サルマとアイラはそれを聞いて、お互いに顔を見合わせる。その後、サルマはオルクの姿が映された祭壇の方に再び向き直り、静かな口調で尋ねる。
「じゃあ……一体何なんだよ、その神の子っていうのは」
「『神の子』……それは……」
オルクは、アイラの方をじっと見て、答える。
「次に神の役割を引き継ぐ……神の後継者となる、子どものことだ」
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