第43話 神との対面

「剣とコンパスは持っていますね」


 その人物はアイラに尋ねる。


「は……はい!」

 アイラは少し緊張した面持ちでそう答えた後、恐る恐るその人物に尋ねる。

「あ、あの……もしかして、神様……ですか?」

 その人物は――――少しの沈黙の後、ゆっくりと頷く。

「地上の者から見ると、そうなりますね。闇の世界からの侵略を防ぐ……神としての役割を果たしている者です」

(どういうことだ? 神としての役割を果たす者って……。そんな遠回しに言わず、神だってんなら自分は神だって名乗ればいいのに……)

 サルマはその「神」の言葉に少しの疑問を感じる。

(しかし、この神とやら……どうもニオう。アイラやお宝と同じか、それ以上に強烈なニオイがする。一体全体どういうことなんだ)

「あの、これ……! 剣とコンパスです。神様の落としものなんでしょう? どうぞ……!」

 アイラはコンパスをつかにはめている退魔の剣を神に差し出す。しかし神はそれを受け取ろうとはせず、ただアイラに微笑むだけである。

「ありがとう、アイラ。よく持ってきてくれました」

「あ、あのう……」

「でも、今は受け取れないわ……。そのままあなたが持っていて。あなたの役割は、まだあります。……さ、こちらへ」

 神はアイラの肩に両手を乗せ、洞窟の光が射している場所へといざなう。


 サルマは腕を組み、いぶかしげに神の一挙一動を見ていたが、ふいに口を開く。

「ちょっと待てよ」

「……何ですか」

 神は眉をひそめてサルマを一瞥いちべつする。

「オマエは本当に神なのか。アイラのことをなぜ知ってるんだ。それから……これから何をする気なんだ。ちゃんと俺たちに説明しろよ」

「あなたは、サルマ……? 確かそんな名の……戦士島せんしじま出身の盗賊でしたね」

 神のその言葉に、サルマは目を丸くする。

「俺のことまで知ってるのか? 一体どうして……」

「……神ですからね、全て知っていて当然です」

 神はそう言うが、サルマは納得できない様子で神に食ってかかる。

「なんなんだよ、オマエ……! アイラを特別視してるように見えるし、俺のことも知ってやがるし。そもそも、俺たちがここまで来た目的は一体なんなんだ。剣とコンパスをオマエに渡せば、この旅はそれで終わりじゃねーのか」


 神は無言のまま、冷ややかな目でサルマを見ている。そのまましばらくした後――――ようやく口を開く。

「アイラには……これから私とともに天界で、闇の大穴を閉じるのに協力してもらいます」

「な……なんでアイラが⁉ てか、俺は……」

「あなたは……天界へ行くことはできない。それは、天界の泉へ立ち寄った時にも経験したことでしょう」

「……!」

 サルマはそれを聞いて、自分たちは天界の雲に触れることができず、アイラ一人だけが天界に足を踏み入れたことを思い出す。

「あなたの役目は……ここでひとまず終わりです。ここまでアイラを守っていてくれたことには、礼を言います。ですが、これから先はあなたには関係のないこと。手出しは無用です」

 神は澄んだ声できっぱりとそう言い放つ。


 サルマは神を見る。その時お宝のニオイが鼻にひっかかり、サルマは疑問に思っていたことを口にする。

「俺は……確かにアイラを守るためにここまで来たが、それ以外にも、お宝のニオイを辿ってここまでやってきた。だが、ここにはそんなもの何もねぇじゃねぇか」

「宝の匂い。……そう、あなたの目的はそれでしたね」

 神はそう言うと、手を広げ、洞窟全体を指し示す。

「この洞窟自体が、あなたの言う宝になるとも言えますね。なぜなら……この洞窟は『痕跡石こんせきいし』でできているのだから」

「⁉」

 サルマは洞窟を見渡す。確かにそう言われると――――そのみどり色には見覚えがあった。

(そういうことだったのか……? 確かに、ロシールの奴との取引を思い出すと、痕跡石こんせきいしとやらは、小さな石でも大粒のルビーに匹敵するほどの宝だったが……)

「……とはいえ、洞窟ごと持っていくことはできないわね。取りやすくしてあげましょう」

 神はそう言うと、傍にあった岩の塊に向けてサッと手を振る。すると痕跡石こんせきいしでできた岩は砕け、ある程度の大きさに分割されて散らばった。

「これだけでは足りぬようならさらに増やしましょう。私が今この洞窟にいるだけでも、神の痕跡によってできる痕跡石こんせきいしは時間が経てば増えるので、いくらでもあなたに与えることは……」

「……この石の価値はわかる。だが、これが……俺が追い求めていた宝……だというのか」

 サルマは神の言葉を遮り言う。神はそれを聞いて少し思案した後、目を伏せて呟く。

「……わかりました。あなたのお宝への執着は、痕跡石こんせきいし程度では済まないようですね。ならば……」


 神は両手を、何かを持つように自身の胸の前に構える。すると神の手から金色こんじきの光が溢れ出て眩しく輝く。


 そして金色こんじきの光が消えると――――その手の中には黄金に輝く腕輪のような飾りや四角い箱、盾などの、美しい装飾がほどこされ、痕跡石こんせきいしと同じと思われるみどり色の石がはめ込まれている数々の宝物が現れる。


「これらは、地上の神学者の間では聖遺物と呼ばれるもので……私の持ち物であり、とても貴重な宝です。私の持つ魔力も一部込められていて、その方向で使い道を探るもよし……地上にはない材質や技術が使われているため、装飾品としての価値も高くつけられることでしょう。金銭が欲しければ売り払っても構いません。……本当の使い道がわかる者は、ごくわずかでしょうから」

 神はそう言って、サルマの前に宝を差し出す。サルマはごくりと唾を飲み込んで宝の数々を見つめる。

(これは……紛れもない宝だ……。鼻もこれまでにないくらい強烈に反応しているし、モノとしても見事なのが見てわかる。この宝と痕跡石こんせきいしがあれば、俺は一生贅沢して暮らせるだろうな……)

「さあ、これでもう必要なものは手に入ったでしょう。あなたへの恩としては十分に足りるはずです。痕跡石こんせきいしも好きなだけ拾ったら……お行きなさい」


 神はそう言ってサルマに背を向け、アイラを光の射す場所へ促す。そして、絹のような非常に薄い素材の羽衣を取り出し、綺麗に広げる。

「さあ、アイラ、この羽衣をまといなさい。そうすれば、天界への道が開けます――――」

 神は促されるままのアイラの肩に、羽衣をふわりとかけようとする。


 サルマはそれを見て嫌な予感がし、血相を変える。

(‼ あの羽衣とやら……ヤバいニオイが……っ!)

 サルマはそう感じると同時に素早く動き、気づいた時には――――神の手から、羽衣をぎ取っていた。


「何をするのです‼」

 神は大きな声で叫び、怒りに満ちた形相でサルマをにらみつける。その声には何か力がこもっていたようで、サルマの体が一瞬硬直する。

 しかしサルマはなんとか気を持ち直し、羽衣を手に、にやりと笑う。

「この羽衣とやらが非常にニオうんでな……これが一番のお宝なんじゃねぇかと見た。これをもらって帰るぜ」

「何をバカなことを……っ! それは、これから必要なものなのです! 返しなさい、今すぐに……!」

「嫌だね。欲しいってんなら……俺の手から奪い取ってみろよ」

 サルマはそう言って不敵な笑みを見せる。


「サ、サルマさん……」

 アイラが心配そうな様子でサルマに声をかけるが、サルマはそれを遮る。

「アイラ。オマエ、さっきから神とやらに素直に従ってるが……この状況わかってんのか? オマエが天界に行って、生きて戻ってこられる保証はねぇんだぞ? この神とやらの反応を見てると、どうもそんな予感がするぜ」

 サルマはそう言った後、再び神の方を見る。

「返してほしければ、全てを洗いざらい話しな。これから何をするのか、この旅は何だったのか……」

「……仕方ないですね」

 神はサルマから目をそらさないまま、スッ……と静かに右手を上げる。

「……あなたは本当の目的は何であれ、ここまで協力してくれた。本当は……手荒な真似はしたくはなかったのですが」

(手荒な真似……だと⁉ まさか、これは……マズイ状況なんじゃ……)

 サルマは焦りながらも、とっさに腰につけている、三日月の短剣に手を伸ばす――――。


「やめんかッ‼」


 どこかから迫力のある大きな声がして――――その声が反響し、洞窟中に響き渡る。


 サルマは、その声はどこかで聞いたことのある声だと思ったが……しかし周りを見渡しても、神とアイラとサルマの三人以外に、洞窟内には誰もいなかった。


「……オルク」

 神はポツリと呟き、そして光の射す場所から離れ、祭壇の方へ歩いていく。サルマはその隙にアイラの手を掴み、自分の近くに引き寄せる。

(オルク……? 爺さんの名前じゃねぇか。今の、オルクの爺さんの声……?)


 神は、祭壇の前に立つと、水盆の中をのぞき込み、そこに向かって話す。

「やはり、あなたなのですね……」

「おいおい……一体全体どうなってんだ」

 サルマはアイラとお互い顔を見合わせ呟く。


 すると、水盆の中からオルクの声が聞こえてくる。

「先程から会話はを通して聞こえていたよ。お前がなるべく全てを秘密にしたまま事を為そうとしていたから、私もそれに従っていたが……こうなっては仕方がない。全部話した方がいいだろう」

「そんな、全て話してしまったら……。それに、もう時間がないの。今すぐ天界に行かなくては……!」

 二人の会話を聞いて、サルマは内心驚く。

(こいつ……さっきから思っていたが、外見も内面も、神にしては人間らしすぎねぇか……? それに、オルクの爺さんのこと、知っているのか? オルクの爺さんは、こいつと俺たちのどっちの味方なんだ……?)

「抵抗されるくらいなら、話す方が早い。私が話そう。顔を……そちらに見えるようにしてくれないか」

 オルクの言葉に神は少し躊躇するも、観念したかのようにため息をつく。そして祭壇の水盆の両脇にある皿に、自分の両手を重ね、何かを呟く。


 すると、水盆の中からオルクの上半身が現れる。それはみどり色の光でできていて、実際にその場にいるわけではないようだが……オルクにはこちらの様子が見えるようで、アイラとサルマの方を見て頭を下げる。


「これまで、全てを明かさないまま旅を続けさせてすまなかった。ここからは私が全てを話そう。聞いてくれないか」


 アイラとサルマは、全てを明かされる覚悟を持ち――――オルクに向かってゆっくりと頷く。


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