神との対面編
第42話 翠石の洞窟
アイラとサルマを乗せた小舟はブラック・マウンテンを出航した後、コンパスの示す北へ向かって長い長い航海を続ける。
途中の航路は闇の大穴の影響もなく穏やかな海で、食糧調達などで立ち寄る島を見つけることも困難なくらいの、海の外れのとても静かな海域だった。
そして数少ない島を見つけては必ず立ち寄ったが――――そこでコンパスを確認しても針は回らず、変わらず北を指し続けていた。
ひたすら北を目指す旅がしばらく続いたところで――――穏やかな海が続き一切変わらなかったはずの景色に異変を感じ、サルマは船首の方から身を乗り出して前方を注視する。
「なんだ? あのキラキラしたようなものは……」
前方の空を見ると、これまで晴れ渡っていた空の北の方角に、白っぽい霧のような、キラキラとしたもやのようなものが漂っているのが見える。
「霧……が立ち込めてるのか? 霧にしては、キラキラ光ってるように見えるが…」
コンパスの示すとおり、その霧の見える方角に船を進めると、霧はどんどん近づいてきて――――次第に辺り一面が霧で覆われるようになる。
その白い霧は、近くで見るとオーロラのような虹色の輝きを放っている。
「わあ……きれい」
アイラは霧に見とれて思わずそう呟くが、サルマは辺りを見渡して焦り始める。
「んなこと言ってる場合じゃねーだろ。やばいぞ、霧で視界が悪くなって……辺り一面景色が全く見えなくなってきやがった。コンパスがあるとはいえ、このまま闇雲に進むのは危険だぞ……そうだ!」
サルマはアイラの方を振り返る。
「確か、オマエのその剣……光ったよな。どうにも視界が悪いから、その光で周りを照らしながら進んでみよう。多少は周りが見えるかもしんねぇし」
「わかった」
アイラは頷き、剣を
すると、剣の光が霧に反射したかと思うと――――霧が剣の周りを避けるように左右に流れ、前方のみ少し視界が開ける。
「なんだ? 剣の光が霧を払っているようにも見えるが……」
サルマはぽかんとした様子でアイラの剣を見つめる。
「確か……ブラック・マウンテンの上空の霧は剣の光で晴れたよね。だから……この霧も、剣の光で払うことができるのかもしれないよ」
「……なるほどな。だが、あの時は霧が完全に晴れて最後には青空が見えてたが……この霧は、そう簡単にはいかねぇみたいだな」
アイラはそれを聞いて周りを見渡す。確かに前方の海は見やすくなったが――霧は晴れたわけではなく、脇に流れただけのようだった。
そして空一面を覆う白い霧はそのままで、どこか一部にでも空が見えることはなかった。
「船首の方に来いよ、アイラ。そこで剣を光らせて……せめて前方の視界だけは確保しよう。そうすりゃ岩に激突するなんてことは防げるだろ。コンパスを見るのも忘れるなよ、霧に覆われた海だと方向がわかり辛いからな」
「うん、わかった」
アイラは頷き、光る剣を掲げながら船の先頭まで歩いていく。
船はしばらくの間、アイラの剣を頼りにゆっくりと進む。
アイラの剣を掲げる腕が疲れ、徐々に
「前方に何か影が見えるぞ! もし島だったら上陸してみようぜ!」
船を進め、その島らしきものに近づいてゆくと、不思議なことに徐々に霧が晴れてゆき――――前方にあった島らしき影が姿を現す。
それは
「……ニオう……ニオうぞ」
サルマが呟く。アイラは視界が開けるようになったところで剣を
「あの洞窟の中まで海の水が入り込んでいるようだ。行けるところまで船で入ってみよう」
サルマはそう言って
「……あ」
アイラは小さく声をあげる。その声を聞いたサルマが振り向く。
「どうした?」
「コンパスの針が……回ったよ……!」
「……やはりな!」
サルマはアイラのそばまで来てコンパスを見た後、これまでになく興奮した様子で洞窟を見渡す。
「この場所はこれまでにないくらいニオうぞ! この洞窟には絶対、俺の求めていたようなお宝が隠されてるんだよ!」
「よかったね、サルマさん」
目を輝かせているサルマを見てアイラはそう言うも、内心少しの寂しさを感じる。
(これまでにない匂いの強さ……かぁ。もしかして本当に、サルマさんの求めてたお宝がここにあるのかな。もしそうだとしたら……サルマさんとの旅も、ここで終わりだったりするのかな……)
洞窟の入り口付近は
外からの光がなくなるにつれて、洞窟内は次第に暗くなり、視界が悪くなる。
それに気づいたアイラは剣を
(きれい……なんて神秘的なんだろう)
アイラはこの洞窟の、これまでに感じたことのない雰囲気に圧倒される。
(この洞窟の特別な雰囲気……。本当にここが、旅の終着点なのかもしれない……)
しばらく奥まで進んだところで、海の水がなくなる場所に行き着く。サルマは岩場に
「船で行けるのはここまでみたいだ。ここからは降りて探索しよう」
「うん……」
アイラは剣を光らせたままの状態で、船を降りる。
しばらく洞窟の奥に向かって歩いていくと、アイラの持つ剣の光以外に――前方に別の光が見えてくる。
「なんだ? 外に繋がっているのか?」
光の正体を確かめたいためか、サルマの歩調が少し速くなる。アイラも小走りでそれについていく。
光の見える場所にたどり着くと、そこは洞窟の天井に穴が開いていて、見上げると空が見えていた。
そして、雲間から射す一筋の光が、この洞窟の――――まさにこの場所を照らしていた。
「ここが、洞窟の一番奥みてぇだな」
サルマは光が射している場所まで行くと、辺りを見渡して呟く。その後ろでアイラは、この場所は十分光が足りていると判断して、剣を
「とは言っても、空が見えて光が射している以外は特に何も…………ん?」
サルマは何かを発見したようで、光が射している場所からさらに奥へ向かう。アイラもそれに続く。
「なんだ、これは。祭壇……か何かか?」
洞窟の壁際に、洞窟と同じ
弓矢を下に向けている形の
「来たのですね。ずいぶん待ちましたよ」
後ろから澄きとおるような綺麗な声がして、アイラとサルマはハッとして振り返る。
先程は何もなかったはずの――ちょうど光が射している場所に、髪の長い女性と思われる人物が立っている。
その人物は髪も、肌も、着ているものも白っぽい色をしていて――――光が射しているせいなのか、白く眩しく輝いて見えた。
「アイラ……ここまでよくやり遂げてくれました。こちらにいらっしゃい」
先ほどまで無表情だったその人物はそう言って、アイラに向けてかすかに微笑む。
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