第15話 警備戦士の長

 リーシがおさの部屋の扉をノックする。


おさ、リーシです」

「おう、お入り」


 中から声が聞こえるのを確認して、リーシは扉を開く。


 ギイィと重たい扉の開く音がして、部屋の奥へと続く長い真紅の絨毯が目に入る。絨毯の続く先へ目をやると、そこには金の台座に真紅のふかふかとした背もたれ、そして竜と蛇の装飾のある豪華な雰囲気の椅子が一つ置いてあり、そこに一人の男が座っている。

 他の警備戦士と似たようなくれないの、首元の大きく空いたそでなしの衣服を着て、胸にサラシを巻いている黒髪のその男は、リーシが入ってきたのを見て顔を上げる。

 アイラはその顔を見て……ギョロリとした大きめの目が、サルマの目と少し似ているように思った。


「リーシ、そんなにかしこまらなくていいんだよ。顔を上げなさい」

 扉のそばで右膝を床につけ、かがんで頭を下げているリーシを見て、おさは困ったような笑顔を見せる。

「おまえは父さんの一人娘じゃないか」

 リーシはかがんだまま、顔だけを上げて長の方を見る。

「そういうわけにはいかないわよ……父さん。私だって警備戦士の一員なのよ。戦士は、おさに対しては常に礼儀と忠義を尽くすものだわ」

「だが、親子二人だけの時くらいは……」

 おさはそう言いかけたところで、扉の後ろに隠れてもじもじしているアイラを見つける。

「ん? その後ろの子は……誰だい?」

 リーシは再びかしこまった様子で顔を下げる。

おさ、この子は……」

 長はリーシの言葉を遮り手をひらひらとさせて言う。

「おいおい。おさと呼ぶのはやめてくれ。今は正式な会議や儀式の場でも何でもないんだ。一人娘にまでおさと呼ばれ敬語を使われていては、堅苦しくて、心休まる時間がないじゃないか」

「でも……今はこの子もいるんだし」

 リーシが困ったように言うと、長はアイラの方を覗き込んでにっこりと笑う。

「いや、いや。まだこの子は子供なんだし、むしろいかにもおさだって雰囲気を出してちゃこの子が緊張してしまいそうだから、堅苦しくなく普段通りの方がいいんじゃないか? なぁ、嬢ちゃん」

「う、うん」

「よーしいい子だ。さあさあ二人とも、そんなところでかがんでいないでもっと近くに来なさい」

「全くもう……しょうがないわね」


 リーシはやれやれと軽くため息をついて立ち上がり、アイラを促しておさの近くまで寄る。

「そうだ、それでいい。そんな感じで普段からかしこまらずに父さんに接してくれよ。ほら……サルマだっておさとか関係ないって感じで、昔っから父さんに言いたい放題だったろ?」

「アイツはただの礼儀知らずよ」

 リーシは少し機嫌を悪くして、ぴしゃりとそう言い放つ。

「……すまん、彼の話題は嫌いだったな」

 おさはリーシの顔色をうかがいながら言う。

「……いいわよ。どうせ今日はアイツのこと話さないといけなくなるんだから」

「サルマの話……だって? 何かあったのかい?」

 おさは不思議そうにリーシを見る。リーシはおさの方に向き直り言う。

「ついに捕らえたの……アイツを。アルゴ海賊団と一緒にいるところをね」

「……‼ そうなのかっ⁉」

 おさが椅子から身を乗り出す。リーシはにやりと笑って頷く。

「ええ。やっとヤツを牢に入れる事ができたわ」


 リーシはサルマの持っていた荷物……いつも背にしょっていた布袋と腰に巻いていた布を、おさの座っている傍らの小机に置く。おさはその荷物をじっと見つめた後、立っているリーシを見上げて言う。

「そうか。リーシ、後でサルマをここに連れてきてくれないか。ヤツには聞きたいことが色々あってな……」

「な……何言ってんのよ! アイツは、裏切り者なのよ⁉ 父さん直々に話を聞くなんてことしなくていいわ……戦士会議の場だけでいいじゃない!」

 リーシは声を荒げておさに詰め寄る。長は少し困ったように笑う。

「そう言ってやるなよ。サルマのヤツも、色々思うことがあって家を飛び出したんだろう。あいつには、兄貴……死んだサルマの父親のせいで、戦士島せんしじまでは肩身の狭い思いをさせていたのかもしれない。とりあえず、この島を出た理由を聞いてみたくてな」

「父さんは……怒ってないの⁉ ブレイズ家や警備戦士の名を、アイツに汚されたこと……」

「………………」


 おさは腕を組んだまま少しの間黙り込むが、ふとリーシの後ろにいるアイラに目をとめる。

「そうだ、リーシ。ところでその子は……どうしてここに連れて来たんだい?」

「そ、そうだわ。アイツのことなんかより先に、この子の話を聞いてあげて」

「ああ、わかったよ。嬢ちゃん、名前は?」

 おさはリーシの後ろを覗き込んでアイラの顔を見る。アイラはリーシの後ろから前に進み出て言う。

「わたしは、アイラ……です」

「アイラちゃんか。私は警備戦士のおさをやっている、サダカだ。よろしくな」

「うん!」

「この子はね、アルゴ海賊団の船にいて……サルマの手で木箱に閉じ込められていたの。その前にサルマと一緒に旅をしていたみたいなんだけど……」

 リーシがそう説明すると、おさ…サダカは首をかしげる。

「サルマと……? またどうしてだい?」

「そこから先はまだ私も聞いていなくて。アイラちゃん、話してくれる?」

「うん。あのね、わたしの住むメリスとうにサルマさんが来て……難破して船を壊したところを助けてあげたら、そのお礼に島の外に連れてってくれるって……それで一緒に旅をすることになって……」

「……サルマがお礼をさせてくれなんて、言いそうにもないけど。どうにも胡散臭いわね……」

「……うん。はじめは船のお礼のために連れてってくれたんだと思ってたんだけど……実は、わたしからお宝の匂いがするから連れてったみたい。メリスとうに来たのも匂いを辿って来たって言ってた」

「……バカバカしい。アイツ、まだそんなこと言ってたの。お宝のニオイなんて……そんなものあるはずないのに。でも、なるほどね。これでアイツがアイラちゃんに執着する理由がわかったわ」

 リーシは呆れた様子で言う。

「うん……。でも、もしかしてそのニオイっていうの、ちょっとだけ当たってるかもしれないよ。わたしのコンパスからもニオイがするみたいだし……」

「……コンパス?」

「うん。これなんだけど……」


 アイラはコンパスを手に持って二人に見せる。コンパスの針はくるくると勢いよく回っている。

「なあにこれ。針が回って……壊れているのかしら?」

「ううん。このコンパスは、わたしを育ててくれたミンスさんって人にもらったんだけど、特別なコンパスで……持つ人の行くべき場所を示すものだって聞いたの。だから島を出て、針の示す方に旅をすることになったの」

「ええっ⁉ そんなコンパスがあるなんて、聞いたことがないわ。それ本当なの?」

「うん。その証拠にほら、針がくるくる回ってるでしょ? これはここに居るべきだって示してるの。それに、針はメリスとう出身の、一部の人が手に持たないと見えないんだって。試しに持ってみてよ」

 アイラから手渡されてリーシがコンパスを持つと、くるくると回っていた針はすうっと消えてゆき、針が見えなくなる。リーシは目を丸くする。

「本当だわ! これは一体……」


 そこへ扉をノックする音がし、扉の向こうから男の声が聞こえる。

おさ、シルロです」

「シルロか。お入り」

 サダカがそう言うと、扉が開き、戦士の格好をした黒髪の青年が入ってきて、扉の傍で右膝をついてかがみ込み、頭を下げる。青年の腰には、今まで見た中で一番大きな三日月剣の――大剣の鞘がついている。

おさ……緊急事態です」

「なんだ、一体どうしたんだ?」

 サダカがそう言うと、その青年――シルロが顔を上げる。その顔は整った凛々しい顔立ちをしており、リーシの顔と似ているように思いながらアイラはシルロを見ていたが……次の言葉を聞いて思わず顔が曇る。

「賊が……闇の賊が現れて、メリスとうが……壊滅しました」

「なに⁉ 闇の賊だと⁉ ここ百年ほどの間、姿も見せていなかったじゃないか!」

 サダカは思わず立ち上がる。リーシははっとしてアイラの方を見る。

「メリスとう……! アイラちゃん、もしかして……!」

 アイラは涙をこらえるようにうつむいて、床をじっと見つめている。

「我々の船がメリスとうの付近を通って、異変に気づいた際には、もう島の住人は一人もおらず……島中全てのものが焼き尽くされ、そこには闇の賊の姿しかありませんでした」

「で、そこにいた闇の賊は……?」

「……我らの一隊がメリスとうに上陸して戦い、一部の賊は倒しましたが……島にはまだ賊が残っています。また、島の外に出た賊もいるようです。奴らの攻撃力はなかなかのもので、我々だけでは太刀打ちできないと考え……一旦引き上げ、おさに報告しようと、戦士島せんしじまに戻ってまいりました」

「そうか。ご苦労だった。残った賊を放ってはおけない。直ちに対策を立てるため戦士会議を開こう。その時は敵の戦力や持っている武器など、情報を頼むよ、シルロ」

「はッ!」

 シルロはおさをまっすぐに見てそう言うと、横にいるリーシとアイラをちらりと見て、ふとアイラの存在に気づいた様子で尋ねる。

「ところで、その女の子は……?」

「……また後で話すわ。シルロ」

 リーシがそう言うと、シルロは頷いて、立ち上がる。

「わかったよ、リーシ。では……おさ、失礼します」

 シルロはおさに一礼すると、扉を閉めて、部屋から出ていく。


 リーシはアイラの方に向き直る。アイラはまだ下を向いている。

「アイラちゃん……」

「……そうか、嬢ちゃんはメリスとうの出身だったな。ということは……闇の賊の姿も見たのかい?」

「と、父さん……そんな辛いこと無理に思い出させなくても……」

 リーシがサダカを遮って言うが、アイラは顔を上げてリーシに笑いかける。

「大丈夫……話せるよ。メリスとうが闇の賊に襲われてるのは……確かに見たよ。でも、その時わたしは島にはいなかったの。コンパスの示す先を目指して既に旅に出てて……船がメリスとうの横を通り過ぎる時に、ちょうど襲われてるのを見たの」

 アイラはそこまで話すとハッとして、サダカの顔を見る。

「そうだ、わたし、実は警備戦士のおさに……サダカさんに、お願いがあって来たの」

「なんだい。言ってみな」

「戦士の人達に……こっち側に出てきてしまった闇の賊を抑えて欲しいの。でないと他の島も、メリスとうみたいに、大変なことになるから……!」

 サダカは必死でそう訴えるアイラの頭にぽんと手を置き、大きく頷いて言う。

「わかっているよ。平和を脅かすもの……賊に対抗するのは我々警備戦士の役目だ。奴らはひとり残らず、必ず抑えてみせる」

「ありがとう! あ、あの、それともう一つ……」

「なんだい?」

「わたしを……船に乗せて、コンパスの示す方向に連れて行って欲しいの。このコンパスがあれば、闇の賊の勢力を抑えることができて、世界を救えるから……」

「……どういうこと? このコンパス……何か闇の賊と関係が?」

「あ、あのね」

 アイラは背中にしょっている袋から布にくるまれた細長いものを取り出し、布を広げて中身を見せる。中にはぼろぼろの、真っ黒に錆びた剣らしきものが入っている。

「この剣……オルクさんっていう物知りなおじいさんに貰ったんだけど、この剣は神様の落し物で……今は錆びてて使えないけど、本当は闇の賊を倒す力を持つ剣なんだって。これを持って行くべき場所を示すコンパスの方向に旅をすれば、この剣が使える方法もわかるかもしれないって。だから……」

「そ、それは本当なの⁉ 神の落し物……って……」

 リーシが驚いた様子で言うと、アイラは少し考えてから小さく頷く。

「本当なのかは……わたしにもよくわからないけど、もしその方法で闇の賊を倒せるんだとしたら……行ってみたいと思うんだ。この剣を持って、コンパスの示す方向へ」

 しばらく黙って話を聞いていたサダカも、その言葉を聞いて大きく頷く。

「……なるほど。試しにやってみる価値はありそうだ。いいよ、早速船を手配しよう。そして……闇の賊に遭遇しても大丈夫なように、お供に優秀な戦士の一隊もつけよう」

「父さん、その役目……私に任せて。アイラちゃんを必ず守ってみせるから」

 リーシがそう申し出ると、サダカは少しの間考えていたが、頷いて言う。

「そうだな。アイラちゃんもいきなり知らない船に乗るよりは、見知っているリーシの船に乗る方が心強いだろうし。リーシに任せることにするよ」

「あ、ありがとう……! サダカさん、リーシさん!」

 それを聞いてぱっとアイラの顔が輝く。サダカはその様子を見てにっこりと笑みを見せる。

「では、今日のところはこの島でゆっくり休むといい。できれば明日中には出発できるように、準備を整えておくから」

「うん!」

 アイラは大きく頷いて、リーシに促されてサダカの部屋から出ていく。



 その夜――――。アイラは自分のために用意された部屋の寝床でごろんと横になり、天井を見つめて物思いにふけっていた。


(なんでだろう。今日はなんだか色々考えてしまってすぐに寝付けないなぁ。いつもは寝床に入ったらあっという間に眠ってしまうのに……)

 アイラは寝返りをうって毛布にくるまる。

(とりあえず……今日は警備戦士のおさのサダカさんに会って、戦士の人たちが賊を抑えてくれることになって、本当に良かったな。それに、リーシさんの船でコンパスの示す方に連れて行ってくれることにもなったし……。これで、この戦士島せんしじまでやるべきことは果たせたよね。あとは明日の朝になったら、この島を出てコンパスの示すとおりに……)

 アイラは枕元に置いてあったコンパスを手に取って見るが、首をかしげる。

(あれ? まだくるくる回ってる。変だなぁ、やるべきことはもう全部やったと思うんだけど……。今のタイミングで出発しても駄目なのかな? でもこうしてる間にも、闇の大穴が広がっているかもしれないのに……どういうことなんだろう)


 アイラはしばらくコンパスをじーっと見つめて考え込んでいたが、突然何かを思いついたように、ハッとして起き上がる。

(……‼ もしかして……!)


 アイラは寝床から出ると、荷物を持って、勢いよく部屋の扉を開けて駆け出してゆく。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る