第15話 警備戦士の長
リーシが
「
「おう、お入り」
中から声が聞こえるのを確認して、リーシは扉を開く。
ギイィと重たい扉の開く音がして、部屋の奥へと続く長い真紅の絨毯が目に入る。絨毯の続く先へ目をやると、そこには金の台座に真紅のふかふかとした背もたれ、そして竜と蛇の装飾のある豪華な雰囲気の椅子が一つ置いてあり、そこに一人の男が座っている。
他の警備戦士と似たような
アイラはその顔を見て……ギョロリとした大きめの目が、サルマの目と少し似ているように思った。
「リーシ、そんなにかしこまらなくていいんだよ。顔を上げなさい」
扉の
「おまえは父さんの一人娘じゃないか」
リーシはかがんだまま、顔だけを上げて長の方を見る。
「そういうわけにはいかないわよ……父さん。私だって警備戦士の一員なのよ。戦士は、
「だが、親子二人だけの時くらいは……」
「ん? その後ろの子は……誰だい?」
リーシは再びかしこまった様子で顔を下げる。
「
長はリーシの言葉を遮り手をひらひらとさせて言う。
「おいおい。
「でも……今はこの子もいるんだし」
リーシが困ったように言うと、長はアイラの方を覗き込んでにっこりと笑う。
「いや、いや。まだこの子は子供なんだし、むしろいかにも
「う、うん」
「よーしいい子だ。さあさあ二人とも、そんなところでかがんでいないでもっと近くに来なさい」
「全くもう……しょうがないわね」
リーシはやれやれと軽くため息をついて立ち上がり、アイラを促して
「そうだ、それでいい。そんな感じで普段からかしこまらずに父さんに接してくれよ。ほら……サルマだって
「アイツはただの礼儀知らずよ」
リーシは少し機嫌を悪くして、ぴしゃりとそう言い放つ。
「……すまん、彼の話題は嫌いだったな」
「……いいわよ。どうせ今日はアイツのこと話さないといけなくなるんだから」
「サルマの話……だって? 何かあったのかい?」
「ついに捕らえたの……アイツを。アルゴ海賊団と一緒にいるところをね」
「……‼ そうなのかっ⁉」
「ええ。やっとヤツを牢に入れる事ができたわ」
リーシはサルマの持っていた荷物……いつも背にしょっていた布袋と腰に巻いていた布を、
「そうか。リーシ、後でサルマをここに連れてきてくれないか。ヤツには聞きたいことが色々あってな……」
「な……何言ってんのよ! アイツは、裏切り者なのよ⁉ 父さん直々に話を聞くなんてことしなくていいわ……戦士会議の場だけでいいじゃない!」
リーシは声を荒げて
「そう言ってやるなよ。サルマのヤツも、色々思うことがあって家を飛び出したんだろう。あいつには、兄貴……死んだサルマの父親のせいで、
「父さんは……怒ってないの⁉ ブレイズ家や警備戦士の名を、アイツに汚されたこと……」
「………………」
「そうだ、リーシ。ところでその子は……どうしてここに連れて来たんだい?」
「そ、そうだわ。アイツのことなんかより先に、この子の話を聞いてあげて」
「ああ、わかったよ。嬢ちゃん、名前は?」
「わたしは、アイラ……です」
「アイラちゃんか。私は警備戦士の
「うん!」
「この子はね、アルゴ海賊団の船にいて……サルマの手で木箱に閉じ込められていたの。その前にサルマと一緒に旅をしていたみたいなんだけど……」
リーシがそう説明すると、
「サルマと……? またどうしてだい?」
「そこから先はまだ私も聞いていなくて。アイラちゃん、話してくれる?」
「うん。あのね、わたしの住むメリス
「……サルマがお礼をさせてくれなんて、言いそうにもないけど。どうにも胡散臭いわね……」
「……うん。はじめは船のお礼のために連れてってくれたんだと思ってたんだけど……実は、わたしからお宝の匂いがするから連れてったみたい。メリス
「……バカバカしい。アイツ、まだそんなこと言ってたの。お宝のニオイなんて……そんなものあるはずないのに。でも、なるほどね。これでアイツがアイラちゃんに執着する理由がわかったわ」
リーシは呆れた様子で言う。
「うん……。でも、もしかしてそのニオイっていうの、ちょっとだけ当たってるかもしれないよ。わたしのコンパスからもニオイがするみたいだし……」
「……コンパス?」
「うん。これなんだけど……」
アイラはコンパスを手に持って二人に見せる。コンパスの針はくるくると勢いよく回っている。
「なあにこれ。針が回って……壊れているのかしら?」
「ううん。このコンパスは、わたしを育ててくれたミンスさんって人にもらったんだけど、特別なコンパスで……持つ人の行くべき場所を示すものだって聞いたの。だから島を出て、針の示す方に旅をすることになったの」
「ええっ⁉ そんなコンパスがあるなんて、聞いたことがないわ。それ本当なの?」
「うん。その証拠にほら、針がくるくる回ってるでしょ? これはここに居るべきだって示してるの。それに、針はメリス
アイラから手渡されてリーシがコンパスを持つと、くるくると回っていた針はすうっと消えてゆき、針が見えなくなる。リーシは目を丸くする。
「本当だわ! これは一体……」
そこへ扉をノックする音がし、扉の向こうから男の声が聞こえる。
「
「シルロか。お入り」
サダカがそう言うと、扉が開き、戦士の格好をした黒髪の青年が入ってきて、扉の傍で右膝をついてかがみ込み、頭を下げる。青年の腰には、今まで見た中で一番大きな三日月剣の――大剣の鞘がついている。
「
「なんだ、一体どうしたんだ?」
サダカがそう言うと、その青年――シルロが顔を上げる。その顔は整った凛々しい顔立ちをしており、リーシの顔と似ているように思いながらアイラはシルロを見ていたが……次の言葉を聞いて思わず顔が曇る。
「賊が……闇の賊が現れて、メリス
「なに⁉ 闇の賊だと⁉ ここ百年ほどの間、姿も見せていなかったじゃないか!」
サダカは思わず立ち上がる。リーシははっとしてアイラの方を見る。
「メリス
アイラは涙をこらえるように
「我々の船がメリス
「で、そこにいた闇の賊は……?」
「……我らの一隊がメリス
「そうか。ご苦労だった。残った賊を放ってはおけない。直ちに対策を立てるため戦士会議を開こう。その時は敵の戦力や持っている武器など、情報を頼むよ、シルロ」
「はッ!」
シルロは
「ところで、その女の子は……?」
「……また後で話すわ。シルロ」
リーシがそう言うと、シルロは頷いて、立ち上がる。
「わかったよ、リーシ。では……
シルロは
リーシはアイラの方に向き直る。アイラはまだ下を向いている。
「アイラちゃん……」
「……そうか、嬢ちゃんはメリス
「と、父さん……そんな辛いこと無理に思い出させなくても……」
リーシがサダカを遮って言うが、アイラは顔を上げてリーシに笑いかける。
「大丈夫……話せるよ。メリス
アイラはそこまで話すとハッとして、サダカの顔を見る。
「そうだ、わたし、実は警備戦士の
「なんだい。言ってみな」
「戦士の人達に……こっち側に出てきてしまった闇の賊を抑えて欲しいの。でないと他の島も、メリス
サダカは必死でそう訴えるアイラの頭にぽんと手を置き、大きく頷いて言う。
「わかっているよ。平和を脅かすもの……賊に対抗するのは我々警備戦士の役目だ。奴らはひとり残らず、必ず抑えてみせる」
「ありがとう! あ、あの、それともう一つ……」
「なんだい?」
「わたしを……船に乗せて、コンパスの示す方向に連れて行って欲しいの。このコンパスがあれば、闇の賊の勢力を抑えることができて、世界を救えるから……」
「……どういうこと? このコンパス……何か闇の賊と関係が?」
「あ、あのね」
アイラは背中にしょっている袋から布にくるまれた細長いものを取り出し、布を広げて中身を見せる。中にはぼろぼろの、真っ黒に錆びた剣らしきものが入っている。
「この剣……オルクさんっていう物知りなおじいさんに貰ったんだけど、この剣は神様の落し物で……今は錆びてて使えないけど、本当は闇の賊を倒す力を持つ剣なんだって。これを持って行くべき場所を示すコンパスの方向に旅をすれば、この剣が使える方法もわかるかもしれないって。だから……」
「そ、それは本当なの⁉ 神の落し物……って……」
リーシが驚いた様子で言うと、アイラは少し考えてから小さく頷く。
「本当なのかは……わたしにもよくわからないけど、もしその方法で闇の賊を倒せるんだとしたら……行ってみたいと思うんだ。この剣を持って、コンパスの示す方向へ」
しばらく黙って話を聞いていたサダカも、その言葉を聞いて大きく頷く。
「……なるほど。試しにやってみる価値はありそうだ。いいよ、早速船を手配しよう。そして……闇の賊に遭遇しても大丈夫なように、お供に優秀な戦士の一隊もつけよう」
「父さん、その役目……私に任せて。アイラちゃんを必ず守ってみせるから」
リーシがそう申し出ると、サダカは少しの間考えていたが、頷いて言う。
「そうだな。アイラちゃんもいきなり知らない船に乗るよりは、見知っているリーシの船に乗る方が心強いだろうし。リーシに任せることにするよ」
「あ、ありがとう……! サダカさん、リーシさん!」
それを聞いてぱっとアイラの顔が輝く。サダカはその様子を見てにっこりと笑みを見せる。
「では、今日のところはこの島でゆっくり休むといい。できれば明日中には出発できるように、準備を整えておくから」
「うん!」
アイラは大きく頷いて、リーシに促されてサダカの部屋から出ていく。
その夜――――。アイラは自分のために用意された部屋の寝床でごろんと横になり、天井を見つめて物思いにふけっていた。
(なんでだろう。今日はなんだか色々考えてしまってすぐに寝付けないなぁ。いつもは寝床に入ったらあっという間に眠ってしまうのに……)
アイラは寝返りをうって毛布にくるまる。
(とりあえず……今日は警備戦士の
アイラは枕元に置いてあったコンパスを手に取って見るが、首をかしげる。
(あれ? まだくるくる回ってる。変だなぁ、やるべきことはもう全部やったと思うんだけど……。今のタイミングで出発しても駄目なのかな? でもこうしてる間にも、闇の大穴が広がっているかもしれないのに……どういうことなんだろう)
アイラはしばらくコンパスをじーっと見つめて考え込んでいたが、突然何かを思いついたように、ハッとして起き上がる。
(……‼ もしかして……!)
アイラは寝床から出ると、荷物を持って、勢いよく部屋の扉を開けて駆け出してゆく。
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