第14話 戦士島

「さあ、着いたわよ。ようこそ戦士島せんしじまへ」


 リーシに呼びかけられて、アイラはリーシの船の船室から甲板へ出る。

「うわぁ……!」


 石造りの背の高い円筒型の建物が島の中央にそびえ立ち、その周りに同じく円筒型の塔が六本建っている。中央の建物と塔、また、塔と塔の間を無数の吊り橋が繋いでいる――――そんな光景がまずアイラの目に飛び込んでくる。

 それらの下には民家などが立ち並ぶ町がある。そして石造りの頑丈そうな砦がぐるりと島一周を囲んでいる。

「島の中央にある一番大きな建物……本部塔と周りの六つの塔が警備戦士の基地なの。この島は警備戦士たちのためのような島でね、この島に住めるのは警備戦士とその家族たちや、何らかの関係者、協力者だけに限られるの。だから、この島全体が基地と言えなくもないんだけどね」

「へぇー……だからかなぁ。なんだか今まで見た島と雰囲気違うと思った」

 アイラは目と口を大きく開けたまま戦士島せんしじまを眺めている。


おさは……本部塔の一番上の部屋にいるはずよ。行きましょう、アイラちゃん」

 リーシはアイラにそう言うと後ろを振り返り、戦士たちに指示を出す。

「サルマとアルゴ海賊団も一緒に連れて行くわ。牢の場所は、とりあえず本部塔にある仮の牢にするつもりよ。船は、空いている船倉ふなぐらに入れておきなさい」

「「「はッ!」」」

 戦士たちがそれに答え、アルゴたちやサルマを繋いでいる縄を引っ張る。アルゴ海賊団の三人はうつむき気味に歩きだす。サルマはというと……恨めしそうな目でリーシを睨んでいる。

(あっ、そういえばコンパスは……)

 アイラはコンパスを取り出して針を見る。針はくるくると勢いよく回っている。

(目的地は……ここでいいんだね? よし、会ってこよう! 警備戦士のおさに!)



 リーシたちはおさのところに行く前に、まず仮の牢に寄る。アルゴたちは縄を解いてもらうと同時に牢に入れられる。

「とりあえず、あなたたちもまずは戦士会議にかけるわ。そこで今までに犯した罪の量や度合いなどを判断して、しかるべき牢に入って罪を償ってもらうから」

「……くっ…………」

 アルゴは悔しそうに唇を噛む。

「い……いつ出してくれるんすか?」

 デルヒスがかすかに震えた声で尋ねる。

「それも戦士会議で決めるわ。決まり次第知らせがくるからここで待ってなさいな」

「う…………」

 デルヒスとキャビルノは不安そうに顔を見合わせる。


 三人が入ったところで、戦士たちの手によって牢の鍵が閉められる。

「…………俺は?」

 サルマがぶっきらぼうな態度でリーシに尋ねる。

「アンタはここの仮牢をよく知っているから……今回は新設した、本部塔の別の場所にある仮牢に入れるわ。アンタは変にずる賢いところがあるし……ようやくアンタを捕えることができたのに、逃げられちゃかなわないからね。牢の中でたっぷり反省してもらわないとねぇ……」

「ちっ……毎度俺のこと目のかたきにしやがって。そんなに俺、悪いことしたかよ」

「当たり前でしょう。アンタはブレイズ家を……警備戦士全員を裏切った罪があるわ。私としては、アンタは一生牢に入っとくべきだと思うけどね」

 リーシは静かにそう言うが、その目には怒りの炎が見られる。

「……裏切ったとか罪とか言うけどよ、ただ嫌になって出てっただけだろ。何が悪い」

「……っ! アンタってヤツは…………!」

 リーシは怒りで顔を歪ませ、腰に下げてある三日月剣に手を伸ばす。それを見たサルマは鼻で笑う。

「……おっと、暴力はゴメンだぜ。いいから早く牢に連れてけよ」

「言われなくても……そうするわよ。こっちだって、アンタなんかといつまでも喋ってるのは不愉快よ」

 リーシは恨みのこもった目でサルマを睨みつけ、後ろの戦士たちに声をかける。

「アンタたち! サルマのことは任せるわ。私はこの子を連れて行かないといけないから」

「⁉ 連れて行く……だって? おい、どこへ連れて行く気だ‼」

 サルマはそれを聞いて血相を変える。リーシはアイラの肩に手を置く。

「父のところよ。アイラちゃんがそう望んでいるからね」

「オマエ……本当に、もう俺とは旅をしねぇつもりなのか……?」

 サルマはアイラをじっと見つめて言う。

「………………」

 アイラはしばらく黙ってサルマを見ていたが、さっとサルマから目をそらす。

「今から牢に入るくせに、旅って……何言ってるのよ。まだ詳しい話は聞いていないけど、アンタとの間の事情も、アイラちゃんに父の前で話してもらうつもりよ。それで、私たちでこの子をどうするべきか判断する。アンタはもう、関係ないわ」

「……くっ…………」

「さ、サルマを連れて行きなさい。アイラちゃん、あなたはこっちへ」

 サルマを連れた警備戦士たちと、アイラを連れたリーシは……その場で分かれ、別々の方向へ進んでゆく。

(アイツがこれまでのことを全部話したら……世界を守るって話だし、おそらく警備戦士のヤツらが協力して、アイツをコンパスの示す方へ連れて行くってことになるだろう。そうなったら……本当に俺の出る幕は、ねぇってことになるのか……)

 サルマは、落胆した様子で下を向く。


(思えばサルマさんと離れるのって……これが初めてかも。メリスとうからずうっと一緒に旅してきたから……)

 一方のアイラは後ろを振り返り、縄で繋がれて連れて行かれるサルマの背中をちらりと見る。

(これで……もうサルマさんを見るのは最後になるのかな…………)

 アイラはそんなことを考えながらリーシの後ろを黙々と歩いていたが、ふと口を開く。

「ねぇ、リーシさん」

「ん? どうしたの?」

「まだよくわかんないんだけど……サルマさんとリーシさんって、どういう関係なの?」

「え……関係?」

 リーシが少したじろいだ様子でアイラを見る。

「うん。それに、サルマさんがこの島の出身だって、前……ある人に聞いたんだけど。この島って確か、警備戦士に関係ある人しか住めないんだったよね。ってことは……サルマさんもそうなの?」

「そうね……アイラちゃんがサルマのヤツと会う機会はもう無いでしょうけど……いいわ、教えてあげる。サルマと私は……実はなの。父方のね」

「いとこ?」

「そう、同じブレイズ家って家柄でね。ブレイズ家っていうのは警備戦士の制度を始めた伝説の戦士の家系で、代々ブレイズ家の家柄の者は、自分の船と戦士隊を与えられる戦士隊長になる決まりがあるの。戦士全員を束ねるおさになるのも、このブレイズ家の者だって決まりがあるわ」

「ふうん。サルマさんもそのブレイズ家……なの」

「……でも今は違うわ。ブレイズ家に生まれた者は、警備戦士や戦士隊長になるものだと昔から決められている。だからアイツも警備戦士に……ゆくゆくは戦士隊長になるはずだった。でも、自分の家も使命も、何もかも放棄してこの島を飛び出していった。それだけでなく、本来取り締まるべき存在の盗賊なんかに成り下がった……! そんなヤツ、ブレイズ家の者だと認めるわけにはいかないわ。アイツは……私たちの誇りである、ブレイズ家……そして警備戦士の名を汚したのよ!」

 リーシは唇を震わせて、怒りの感情に任せた様子でまくし立てる。

「……そうだね。犯罪を取り締まる戦士になるはずだったのに、逆に悪いことする盗賊なんかになったんじゃ、リーシさんが怒るのも無理ないよね」

 アイラがそう言うと、リーシは少し冷静さを取り戻した様子で頷く。

「それに……実はサルマは私たちブレイズ家の中でも、次のおさの候補に一番ふさわしい血筋だったの」

「え……そうなの⁉ でも、今のおさってリーシさんのお父さんなんでしょ?」

「ええ。でも私の父がおさに選ばれたのは、父の兄……つまり私の叔父である、サルマの父親のソマルさんが任務中に命を落としたからなの。その頃サルマはまだ小さくて戦士にはなれなかったし……。ブレイズ家のしきたりでは、おさになるのは長男の血が最もふさわしいとされるから、父の次におさになるのは次男である父の子……私よりも、長男ソマルさんの子……サルマが順当ってことになるわ」

「サルマさんが警備戦士のおさ……なんだか想像つかないなぁ」

「そうね。まあ、おさになる条件は血筋だけで決まるわけじゃないから、本当のところどうなるのかはわからないわ。それでも……ブレイズ家の中でも一流の血筋のサルマが、賊なんかに成り下がるなんて……今まで正義を貫いて行動し続けた勇敢な戦士たち……警備戦士たちに対する酷い裏切り行為なのよ」

「……それでリーシさんは、サルマさんに対してあんなに怒って……」

「……ええ。アイツを見てると頭に血がのぼって……どうしても冷静になれなくてね。ふふ、カッコ悪いところ見せちゃったわね」

「そんなことないよ。リーシさんみたいにカッコイイ女の人、わたし今まで見たことないもん」

 リーシは目を見開いてアイラを見た後、アイラに笑いかける。

「あら……ありがとうアイラちゃん。嬉しいわ」

「えへへ」



 やがて、リーシは竜の顔と蛇の装飾のついた、重厚感のある大きな扉のところで足を止める。

「さて……話をしてたら着いたわね。ここが父の……警備戦士のおさの部屋よ」

「こ、ここにおさが……」

 アイラはごくりと唾を飲み込んで扉を見る。リーシがその様子を見て笑う。

「ふふ、大丈夫よ緊張しなくったって。父は警備戦士で一番偉いおさ……って意味では肩書きは立派だけれど、いたって普通の陽気な男なんだから」

「う、うん」


(リーシさんのお父さんでサルマさんの叔父さんにあたる人……警備戦士のおさって、一体どんな人なんだろう)


 アイラはそんなことを考えながら、手に持っていたコンパスをぎゅっと握り締める。


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