エピローグ

※エピローグについての補足

この作品及びエピローグは「~完~」が出たところで一旦完結になりますが、

下の方までスクロールすると、隠しエピローグが出てきます。

隠しエピローグは続編に繋がる内容が少しだけ書かれ、謎を残した感じの終わり方になっています(そして続編については投稿がいつになるかは未定)。

なので、後者はお好みに応じて、気になる方のみお読みいただければと思います。

以下、本文になります。





 サルマが東の果ての島に帰ってから、ひと月ほど経った頃――――――。



 ディールとうの皇帝の大宮殿では、ドリー朝ディール帝国の皇帝――アンが、ある一人の奴隷を謁見の間に呼び出している。黒い髪を頭の高い位置で結んでいる、細見で褐色の肌をした男の子――絨毯乗りのラビだ。


 ラビが皇帝に謁見するかたちで、堂々と正面の入り口から宮殿内部に入ったのは、前皇帝であるアンの父親が生きていた頃以来だった。ラビはなぜここに呼び出されたのか疑問を感じたまま、頭を下げて静かにアンの言葉を待っていた。


「おまえたちは一旦退出しろ」

 アンは近衛兵らに向かってそう言い、人払いをする。近衛兵が全員出て行ったことを確認すると、アンはラビに向かって話す。

「人払いしたことだし、いつものように敬語なしでいいぞ、ラビ」

「わかったけど……今日はこんなところに呼び出してどうしたの?」

「ラビ、おまえ、最近ぐんと背が伸び、中庭までの隠し通路を通りにくくなってるだろ。それに今日は一応、大事な話だからな。ここに呼び出したのだ」

 ラビはそれを聞いて自分の体を見、それから周りを見渡す。相変わらず体は細いが、確かに前にこの部屋に来た時と比べると、部屋の景色が変わって見え……これは自分の背が伸びたということなのかなと考えた。


「では本題に入るが……ラビ、おまえは今まで親子二代に渡り、よく仕えてくれた」

「え……」

 ラビは奴隷である自分の持ち主でもあるアンに、もう必要なくなったと言われるのかと思い、身構えるも――次の言葉に目を丸くする。

「だから……おまえを、今この瞬間、奴隷から解放しようと思うのだが」

「ええっ⁉」

 ラビはアンを見る。アンはラビを驚かせることに成功して満足気な顔をしている。

「ラビ、おまえは……あと一年もすれば、絨毯に乗れなくなる年齢になるだろう。だから、それまでに稼いで資金を貯め、そこから先、どう生きていくか、どういった商売をするか……将来のことを考えて、今から行動するといい。もちろん私に仕える近衛兵になるなら、歓迎するが。それよりも、おまえの本当にやりたい道を、応援したくてな」

「え、でも国王が奴隷を解放するなんて……前例がないじゃないか。僕だけ特別扱いを受けたら、周りがどう思うか……」

「そこは、よい。奴隷制度はこれを機に、徐々に無くしていく。まずは、子どもの頃しか仕事ができぬ絨毯乗りの奴隷たちが、絨毯乗りをやめるまでに、奴隷から解放して一般人にする計画から始め……必要がなくなったら捨てられる奴隷の問題を、なくすつもりだ。ラビ、おまえは、その奴隷解放計画の先駆けとなるのだ」


 ラビは、驚きの目でアンを見る。

(アンが、そんなことを考えていたなんて……)

「そして、一般人が持つ奴隷についても、なるべく私が買い取り……時が来れば解放するつもりだ」

「でも……そんなことしていいの? 奴隷を買いとるにも一般人にするにも、国王であるアンに入ってくるお金が減るんじゃ……」

「構わぬ。自分たちだけがいい思いをしたいなんて思想は……この世界にはそぐわぬ。それを、今回、アイラたちに教わった。闇の世界の者どもが、常にこちらの世界を侵略しようとしているというに、自国のことだけ考えているようでは……いずれ、この国は世界から見放されてしまう。この世界の問題は、この世界全体で戦い、解決せねばならぬのだからな」

 アンはそう言ってラビを見る。

「それもあって、徐々に奴隷を解放したい。奴隷制度なんて人間の尊厳を無視した制度は、この世界の他の島の住人……特に警備戦士なんかには、決して認められぬだろうからな」

「……わかった。そういうことなら……ありがたく受け入れるよ。アン……ありがとう」

 そう言ったラビの目の奥には、かすかに涙が光っている。

「わかれば、よい。ほら、そこに置いてあるのが、餞別だ。受け取れ」

 アンはそう言ってあごをくいっと動かし、ラビの傍らに置いているものを指し示す。

 ラビはそれを見ると、目を輝かせる。

「これって……絨毯⁉ しかも、かなり良さそうな品じゃないか!」

「ああ。長時間飛べる代物しろものだ。私が目利きしたから、間違いない」

 アンはそう言ってニヤッと笑う。

「アンが選んでくれたなら、なおさら嬉しいや……! ありがとう!」

 ラビはそう言うと、絨毯を手に取り体全体でぎゅっと抱きしめる。


 それから、アンの方をしげしげと見て――――ぽつりと言う。

「……前から聞きたかったんだけど、アンって本当に……子どもなの? 僕より年下……なんだよね?」

「……この見た目だし、そうであろう? それに、まだ絨毯乗れるしな」

「そっか……じゃあそうだよね」

 ラビが納得した様子でそう言うのを見て、アンはちょっぴり意味深な笑みを浮かべた後、ラビに尋ねる。

「ラビ、おまえは、これで晴れて奴隷ではなく、自由の身になったわけだ。この先何をしたいとか、あるか?」

「そうだね……アンの言うとおり、絨毯に乗れるうちは稼いでおきたいけど。その後は……島を出て、旅をしてみようかな、アイラたちみたいに」

「そーいや、おまえ、アイラのコンパス見た時……そんな感じの反応だったな」

 アンは頷いてラビを見る。

「ならば……旅の話を土産みやげにくれ、ラビ。私は、国主として、島を出るにはいかぬから、おまえが私の分まで、世界を見てきてくれると嬉しい」

 ラビはアンをじっと見つめた後、頷く。

「わかったよ……アン。僕は、旅に出たとしても…………アンのこと、ずっと放っておいたりしないから。必ず、この島に戻ってくるから」

 ラビがそう言うと、アンは嬉しそうに頷いた。

「ああ、必ずだ。約束だぞ、ラビ」



 同じ頃、ヴァイキング・アイランド――――別名『海賊の楽園』では、アルゴ海賊団が出航の準備をしている。


 この島の砦の一番上には――――今は、アルゴ海賊団の旗がはためいている。


 アルゴ海賊団は、ヴァイキング・アイランドでアルゴが頭領になったこと、またその頭領としての働きぶりからアルゴに心酔する者が増えたことで、今やアルゴ海賊団の人数は、前のたった三人だった頃に比べると、何倍以上にも膨れ上がっていた。


 これまで海賊団で一番下っ端だったデルヒスにもついに後輩ができ、担当していた見張り役は、後輩に任せるようになった。

 また、海賊団の人数が増えたこともあって――デルヒスは、アルゴ海賊団の料理長となる。デルヒスの料理はヴァイキング・アイランドでも評判になり、その料理の評判も、アルゴ海賊団の人数を増やすのに一役買ったとか買っていないとか。


 キャビルノも、女性ながらアルゴの右腕――副船長に選ばれた。

 女性であることもあり、戦闘能力はさほど高くはないものの、海賊をやっていた一家に生まれた彼女はなかなかに海賊の経験が豊富であり、船の舵捌かじさばきや、海や天候を見る能力、また大砲を扱う能力にも実はけていて――――古参であることに加えて、それらも副船長に選ばれた要員となった。

 そして最近では、兄のケーウッドに会うと剣の指導を乞うようになっている。実力はまだまだだが、兄と同じ双剣使いの道も歩み始めるようだ。


「や、アルゴ。出立するのかい?」


 出航の準備をしていたアルゴはその声を聞いて手を止め、声の主を見る。声の主はニカッと笑って白い歯を輝かせた――黒い海賊帽をかぶり、白いシャツに黒いコートを羽織っている赤髪の青年、ケーウッドであった。

「ああ。今回の船旅は、船員の半分はこの島を守らせるためにも残しておくが……俺の他にデルヒスや、それにキャビルノも連れていくつもりだぜ」

「そっか。今回は警備戦士どもには捕まらないように気を付けなよ。ま、警備戦士のヤツらには恩を売ったから、しばらくは捕まっても多少考慮してくれそうだけれどね」

 ケーウッドはそう言ってウインクする。

「ああ……警備戦士と一緒に、闇の大穴で賊どもと戦った時のことか。あの時俺らの船が闇の大穴付近を通ったら、お前の海賊団が警備戦士と一緒に戦ってやがったから、捕まえられる危険性リスクもあるのに驚いたぜ。しかも、俺の海賊団まで巻き込みやがるし……」

「賊にこっちの世界にはびこられるのはマズイじゃないか。そんな時くらい協力してやってもいいだろう? ま、恩を売っておけば後々助かるって考えもあったんだけど。実際、あの後彼らは協力の礼からか、捕まえずに見逃してくれたしね」

「その結果、てめぇ、最後には警備戦士隊長のシルロとまで仲良くしてやがったもんな。ったく、その世渡りの上手さは正直羨ましいぜ……」

「まあね」

 ケーウッドは鼻高々な様子である。


 そしてアルゴ海賊団が出航の準備をしている様子を眺め、ふとアルゴに尋ねる。

「ちなみに今回の航海は、何が目的なんだい?」

「……サルマに会いに行くんだよ。アイツ、お宝を手に入れやがったみたいでな。それまでにいろいろと協力した礼に、分け前をくれるんだそうだ。先日、カモメ便で知らせてくれた」

「へーえ! あの盗賊くん、今回はやけに気前がいいじゃあないか。それに、本当にお宝を見つける能力があったとはね!」

「ま、それは宝を見てみないことにはわからんがな。アイツのやる気がいつも以上にあったからな、今回は……期待できると思ってる」

「そりゃあ楽しみだね」

 ケーウッドは向こうにいるキャビルノに手を振りながらそう言い――唐突にアルゴに尋ねる。

「ところで君は、うちのキャビルノをもらってくれる気はあるのかな?」

「⁉」

 アルゴは非常に驚いた様子でケーウッドを見ると、動揺しながらもなんとか言葉を絞り出す。

「そう言われても……キャビルノのことをそんな目で見たことはねぇよ。それに、アイツは船長として俺を慕ってくれてはいるが……一緒になる相手となりゃあ話は別で、俺みたいな強面こわもては嫌がるだろうよ」

「そうなのかな~? ま、キャビルノは僕みたいな完璧な男を見て育っているからね。なかなか理想は高いかな?」

 ケーウッドは自慢げにそう言うも、アルゴの肩をポンと叩いて続ける。

「ま、君なら一応、キャビルノの婿むことして歓迎するってことは、キャビルノの兄として言っておくよ。とりあえず、この先もお互い頑張ろうぜ、兄弟」

「ったく……誰が兄弟だよ……」


 アルゴは言いたいことだけ言って去っていった、ひらひらと手を振るケーウッドの背中を苦々しい顔で見送る。



 同じ頃、戦士島せんしじまでは、リーシがおさの部屋の扉をノックしている。


おさ、リーシです」

「おう、お入り」


 中から声が聞こえるのを確認して、リーシは扉を開く。部屋の奥へ続く長い真紅の絨毯の続く先には、金の台座に真紅のふかふかとしたクッションや背もたれ、そして竜と蛇の装飾のある豪華な雰囲気の椅子があり、一人の男が座っている。

 他の警備戦士と似たようなくれないの、首元の大きく空いたそでなしの衣服を着て胸にサラシを巻いている黒髪のその男――警備戦士のおさ、サダカは、リーシが入ってきたのを見て顔を上げる。

 リーシはおさのギョロリとした大きめの目を見て――――似た目をしていたサルマのことを思い出す。


 リーシは今日は一人で来ているためか、扉のそばでかがんで頭を下げたりはせずに、そのまま父であるサダカの元へと歩いていく。

「闇の賊の残党の状況はどうだい?」

 サダカはリーシが何か言う前に自分から尋ねる。

「今日は見かけていないわ。あの光の柱が空を照らした時……だいぶ消滅したみたいだし、残った賊もこれまでに対処してきたからね。最後に闇の賊の侵攻の被害を受けたのは黄金島おうごんとうで……それ以降は襲来を受けた島はないわ。でも、これから先は、闇の大穴に対する警戒を強化するべきだと……今回の一件で思い知ったわ」

「……そうだな。戦士島せんしじまが闇の大穴の近くにある理由が、少しわかったような気がするよ。伝説の戦士は、もしかしたら、闇の賊に対抗するために警備戦士を始めたのかもしれないと……最近思うんだ」

「……そうかもしれないわね」


 会話が途切れた後、サダカはリーシをじっと見つめていたが……ふいに頭を下げる。

「ところで……サルマのことは、すまなかった」

 リーシは驚いた様子で、サダカを見る。

「アイツの問題は、おさである私が、何とかすべきだったのに……。それに父親としても、おまえの望む道を用意してあげられずに……すまないと思ってる」

「やめてよ、父さんのせいじゃないわ。それに、サルマは……アイラちゃんを守る役目がなかったとしても、ここに戻ってくる可能性は少ないと思っているわ。昔っから自由奔放なヤツだったから、任務を遂行するような真面目な戦士にはなりそうにないもの」

「………………」

 サダカは黙ったまま、悲し気な目をしてリーシを見ている。

「今回、サルマとの仲違なかたがいは無くなって……サルマがここに帰ってこられる道も用意できた。それに……盗賊はやめて、別々の道だとしても、私たち警備戦士のように世界を守る役割を果たしてくれている。それだけで、私は十分よ……」

「リーシ…………」

 サダカは、リーシが心の中で既に諦めがついていることを悟り、落ち着いた様子を良かったと思うとともに、少しのやるせなさも感じるが――――首を軽く横に振ると、ニヤリと笑って言う。

「私の可愛い娘を悲しませるなんて……罪なヤツだよ、全く。アイツが三日月の短剣を返しにきた時には、一発だけでも殴ってやるからな。その時は止めるなよ、リーシ」

 リーシは、それを聞いて笑う。

「ふふ。ありがとう……父さん」



 同じ頃、東の果ての島の海岸では、翡翠ひすいのようなみどり色をした丸い石――痕跡石こんせきいしめられているオルクの杖をサルマが手に持ち、魔法の練習をしているようである。


「何だよこれ、何にも起きねぇぞ」

 サルマは杖をブンブンと振り回し、傍らの石の上に座っているオルクを見て文句を言う。

「こらこら、剣じゃないんだからそんなに杖を振り回すな。しかし、まだ始めたばかりとはいえ……どうも上手くいかないようだな。お前が魔法の力を信じていないせいじゃないか?」

「んなこと言われたってよぉ……。はーやめたやめた。とりあえず休憩だ休憩!」

 サルマは杖を恨めしそうに睨んだ後、ぽいっとその辺に投げ捨て(オルクはそれを見てしかめっ面をする)、大の字になって浜辺に寝転ぶ。


「…………あっ!」

 サルマは空を見上げ、上空に虹がかかっているのを見つけると、嬉しそうに声をあげる。

「じーさん、あそこ! 虹がかかってるぞ! アイラのヤツ、水盆のある洞窟まで降りてくるんじゃねぇか?」

 オルクはゆっくりと立ち上がり、同じく空にかかる虹を見て微笑む。

「本当だな。虹がかかると神が移動したしるしになると言われているだけで、水盆に向かっているかどうかはわからないが……可能性としては、あるだろうな」

「よーし! しばらくは森ん中にこもってアイラを待つぞ! 食糧とか用意しねぇと……あ、じーさん、もし特製のスープを作ったら差し入れに来てくれよ!」

 サルマはそう言いながら起き上がり、森の方へと向かう。

「全く……私が年老いたら世話するとか言っておきながら、逆に私がお前の世話をしているようじゃないか」

 オルクは、やれやれといった様子で落ちていた杖を手に取り、ゆっくりとサルマの後を追う。


「アイラ……待ってるからな! 早く顔見せに来いよ!」


 サルマは空にかかる虹に向かってそう叫ぶと、アイラにもうすぐ会えるという嬉しさを嚙みしめ、水盆の置いてある森に向かって駆け出してゆく。




~完~

 


























 同じ頃、サルマが難破して辿り着き、アイラが旅立った場所――――メリス島の南の浜辺には、一人の少女が漂着し、倒れていた。


 その少女の傍らには小さな布製のポーチが落ちていて、ポーチの中には――みどり色の石がいくつか入っていて、中身が一部その辺りに散らばっていた。


「うーん……」


 少女はずっと気を失っていたが、ようやく意識を取り戻し、起き上がる。黄金こがね色の髪があちこちハネている癖っ毛のその少女は、目をこすると辺りを見渡す。


(ここは……どこ……? 闇の賊は……?)


 少女にとって見知らぬ島であるメリス島は――――あちこち建物が焼けた跡が残されているが、周りに誰かがいる様子はなかった。


(……いない……よかった。なぜだか知んないけど、黄金島おうごんとうからずっとアイツらに追われてたから……やっと逃げ切れた……)


 少女は砂浜から立ち上がろうとして、自分のすぐそばに何かが砂に埋もれていることに気が付く。


「……なんだろ、これ…………」


 少女はそれを拾い上げる。それは、方位磁針コンパスのようであったが、針が半分しかなかった。


 そしてその針は――――――ここから南東の方角を指し示していた。



~続編に続く~












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