第50話 それぞれの道

「そう……やっぱりね」


 リーシは顔に当たっているサルマの手を自分の両手でそっと握り、自分の顔からゆっくりと離す。


「オルクさんに、サルマのこれからの役割について聞いて……覚悟してたわ。アンタは、私よりもアイラちゃんの方を選ぶって……」

「お、俺は……」

 サルマはリーシの言葉を聞いて、慌てて否定する。

「リーシ、オマエとアイラのどっちが大事か……で決めたわけじゃねぇよ。ただ、アイラのヤツはまだ子どもで弱い。それなのに、一人ぼっちで天界に残され……おまけに背負ってる物がでかすぎる。何しろ、世界の命運を握ってるわけだからな」

 サルマは握られていたリーシの手をギュッと力強く握り返し、リーシの顔をまっすぐに見る。

「オマエは、強い女だ。強いから……俺がいなくてもやっていける。それに、戦士島せんしじまには、オマエを何よりも大切に思っているサダカのおっさんや、オマエの部下の戦士たち、それに……シルロもいる。オマエには、味方がいっぱいいるじゃねぇか」

 そう言われたリーシは、サルマからさっと目をそらす。

「わかってる。わかってるけど……それでも、アンタに守ってもらえるアイラちゃんのことが、少し羨ましいわ。私だって……弱いのよ。これでも一応、女だもの。アンタは、そんなこと考えたこともないでしょうけどね」

「そ、そんなことは……ねぇよ」

 サルマはリーシの求婚を断る以上、リーシが女だということを先程から考えないようにしていたが……それを聞いて、リーシが女だということをまたも意識させられ、ドキリとする。

「だが、そうだな……きっと、シルロの方がオマエのこと女として見てくれるし、守ってくれるはずだ」

「でも、シルロが求婚してくれたのも、私を愛してるからなんかじゃなくて……私の血筋のせいだと思う」

 リーシはサルマを見、ポツリと漏らす。

「その可能性はあるとしても……そう聞いたわけじゃねぇだろ。実際のシルロの本心はわかんねぇじゃねぇか」

 サルマはリーシにそう言った後、ぼそりと呟く。

「現に、俺だって……オマエの本心全くわかってなかったぜ。俺はずっと、オマエは俺のこと嫌ってて……結婚する気なんかないと思ってたからな」

「じゃあ、なんで私が怒ってると思ってたの?」

 リーシに突然問いかけられ……サルマは戸惑いながらも、なんとか答えを探す。

「なんでって……俺が一流の血筋なのに警備戦士を放棄して出て行って、賊に成り下がって、警備戦士の名を汚したから……。それで、オマエにとっての全てである警備戦士を、俺が全否定したから……」

「確かにそれも……半分くらいは当たってるわ。でも……」

 リーシはサルマの手を離し、笑う。

「一番は、許嫁いいなずけの私に何も言わずに……私を置いて出ていったからよ。まだ結婚していないとはいえ、婚約相手に捨てられた女で、怒らない人がいるはずないじゃない」

「……だよな。こないだ戦士島せんしじまを出た後からは……薄々わかってた」

 サルマはそう言って、頭を掻く。

「ホント、悪いことしたと思ってる」

「……いいわよ、もう」

 リーシはそう言うと、ぷいっとそっぽを向く。


「だが……今の俺には、役割ができちまった。それは、警備戦士と同時にできるような仕事じゃねぇ。それに、戦士島せんしじまで……シルロにも、もう島には戻らないって約束しちまったんだ。だから……アイツにも悪いし、俺はもう戻れない」

 サルマはリーシの背中に向けて語りかける。

「……シルロは真面目なヤツだからな。顔がいいからモテるだろうが、浮気はしねぇよ。それに……今はオマエの血筋が目当てだとしても、家族になれば……きっとオマエのこと、大切にしてくれるはずだ」

「……それはわかってる。シルロもアンタと同じ、いとこで……幼馴染だもの」

 リーシはサルマに背を向けたままそう言った後――サルマの方を振り返る。

「でもね、サルマ。私……アンタと一緒になれないなら、私自身がおさを継ぎたいと考えているの。もし私がおさになりたいって言ったら、シルロはどうするのかしら……」

「リーシ……!」

 サルマは驚いた様子で目を見開きリーシを見ていたが、ニヤッと笑って言う。

「オマエがおさになりてぇんなら……シルロにこう言えよ。私がおさになってもいいなら結婚を認める……ってな。そうすりゃきっと、シルロはその要求を飲むしかねぇよ。オマエと結婚する以外に、ヤツがおさになれる方法は無ぇんだからな。シルロは仕方なく諦めて、自分の子どもがリーシの次のおさになるだけでも十分だと思うだろうよ」

 リーシはそれを聞いて、同じくニヤリと笑う。

「アンタ……相変わらず、ずる賢いわね。でも、そうね……サルマの言う通りにしてみようかしら」

「ああ、そうしな。俺……この場所からオマエのこと、応援してるからな。お互い、別々の道で頑張っていこうぜ」

「ありがとう、サルマ。今の私には……その言葉が聞けただけでも、ここに来てよかったって思うわ」

 リーシはそう言ってサルマに笑いかけながらも……その目尻には、かすかに涙が光っていた。

「ああ……そう思ってくれたんなら、俺も嬉しい」

 サルマはリーシの涙を見ないようにうつむき、ぼそりと言う。


「さて……と。じゃあ私は戦士島せんしじまに帰るわね。その前に、船を返してもらおうかしら」

 リーシはさっと立ち上がり、サルマの乗っていた船に触れる。サルマはそれを聞いて慌てる。

「ちょ、ちょっと待て……。俺、この船……この先も使っちゃいけねぇか? その、俺の鼻を使って探し物をする役目があるんだが……。あ、でもそしたら、オマエがここから戦士島せんしじまに帰れなくなるか……?」

 リーシはそれを聞くと、ため息をつく。

「……そう言うと思った。大丈夫よ。アンタに盗まれた小舟の代わりに、私の帆船に乗せていた新調した小舟を、実はこの島に残してあるわ。島の裏側に停めているの」

「そ、そうなのか……? だから、この浜辺からは見えなかったのか。じゃあ、なんでさっき、俺が島に来た時はそれ言わなかったんだよ……」

「ずっと船盗られてた腹いせに、ちょっとだけ困らせてやろうと思っただけよ」

 リーシはニヤッと笑い、サルマの船をぽんと叩いて言う。

「アンタに盗まれて困ってたから、私の帆船に乗せる小舟は既に新調したし……もういらないわ。この船はアンタにあげるから、好きに使いなさい」

「ありがてぇ! 恩に着るぜ、リーシ!」

 サルマはそう言って、嬉しそうに自分のものになった船をなでる。


 リーシの大型帆船から盗みだし、メリスとうで難破し破損するも、アイラの助け船によって大工のログになおしてもらい、闇の大穴の渦に引っかかるも助けられてなんとか脱出し――そんなアイラとの旅の思い出が詰まった船――――――。


 そうやって船を手に入れてからここまでの出来事に思いを馳せていたサルマだったが、船についている紅竜の船首を見てハッとする。

「あ、でも流石に……この船首は取り替えた方がいいよな? その、俺……警備戦士じゃねぇんだし」

 リーシは紅竜の船首をじっと見て、しばらく思案した後、口を開く。

「……いいわよ、別にこのままで。でも、アンタが盗賊をやめてまっとうに生きてくれるって……約束してくれるならね」

 サルマは目を丸くしてリーシを見る。

(そうだな……盗賊サルマって名乗れなくなるのはちょっと名残惜しいが……。だが、俺の鼻は本当は、宝に反応するわけではないとわかったからには、『鼻のきく盗賊』である俺とは……ここでおさらばするか)

 サルマは決意を固め、ゆっくりと頷く。

「そこは……問題ない。俺は、アイラを守る役目につくからには、盗賊は、やめようと思ってる。だが、それでも戦士じゃねぇのに変わりはないってのに……本当にいいのか?」

 リーシは頷いて言う。

「アンタの役目のこと、父さんには言うつもりだし……詳しいことは警備戦士全員に周知されないにしても、アンタが今では別の方法で世界を守っていて、賊をやめたって話は、戦士たちにもするつもりよ」

 そしてリーシは、サルマににっこりと笑いかける。

「だから、アンタはもう警備戦士に捕まらないし、いつでも島に帰って来られるようにする。だから……いつか時間ができたら、帰ってきなさいよ」

「リーシ…………」

 サルマはその言葉を聞いて――――自分が堂々と戦士島せんしじまに帰ることは一生叶わないと思っていたため、思わず胸が詰まる。

「……ああ、時間ができたら行くよ。そーいや、サダカのおっさんにも、三日月の短剣をおっさんの元へ直接返せって言われてるしな。思えば俺が後先考えず矛盾した約束二つしてたから、シルロにしてた島には戻らねぇって約束を反故ほごにしちまう結果になるが……ま、オマエたちが結婚した後なら行っても怒らねぇだろ」


 サルマはそう言って、腰につけてある三日月の短剣を取り出し――ふとリーシの顔を見る。

「あ、でも……自分で返すことにこだわらず、今オマエに託しておいた方がいいのか? 俺が戦士になれねぇのは変わらねぇし……俺が戦士島に行くことができるまで、この剣ずっと持ってるってわけにもいかねぇよな……」

「それは……そうかもしれないけど…………」

 リーシは三日月の短剣を見、しばらく考えていたが――ゆっくりと首を横に振る。

「アンタも、これから世界を守る役目を果たすっていうのなら……警備戦士の仲間の一人でもあると、私は思うことにする。だから、紅竜の船首もそのままでいいって言ったの。だから剣も……戦士島に帰るまで持っていてもいいんじゃない? もし、父さんが今すぐ返してほしいって言うなら……私、またここまで取りに来てもいいし」

「……本当にいいのか? 俺、剣を授与されたわけじゃねぇんだが……」

「わかってる、借りてるんでしょ。だからその代わり、絶対戦士島まで返しに来るのよ」

「ああ、わかったよ」

 サルマは頷き、三日月の短剣をいつものように腰布に挟んで仕舞う。


「じゃあ……私はここで。船までは自分で行くから、見送りはここでいいわ。またね、サルマ」

「ああ。いろいろありがとな、リーシ……」


 リーシはサッとサルマに背を向け、歩き出す。そのまま振り返ることなく、自分の船まで歩みを止めずに向かうが――――その間に目尻に溜まっていた涙が溢れ、頬の上をつうっと静かに流れ落ちた。



「……いいのかい? サルマ。あんな美人のできた嫁さんをのがして」


 サルマがその場にたたずんでリーシを見送っていると、後ろから声が聞こえてくる。

 サルマが振り返ると、後ろにある森の入り口の茂みから、オルクが顔をのぞかせているのが見えた。

「なんだよじーさん、そんなところで盗み聞きかよ」

 サルマはそう言って笑う――が、茂みから出てきたオルクの姿を見ると――――笑顔が消え、しばらくその場で固まってしまう。


 以前のオルクはの背筋がしゃんとしていて老人とはいえ若々しく、老いぼれた感じは一切なかったが、そこに立っていたオルクは――――腰が曲がっており、杖をついて立っていて、いかにも老人といった雰囲気が漂っていた。

(……一気に年食ってやがる。これって、あの洞窟で爺さんが言ってたように、神が死んだ影響が出てるってことだよな……?)

 サルマはオルクの前よりも老いぼれた姿を見て、神だったレイラの消滅を感じ取り――――天界でアイラが一人になったという事実にも、ふと気が付く。 


「じーさん、なんか……一気に老けたな……」

 サルマは、オルクにこれから色々と教わらねばならないことを考えると、その老化について軽口を叩けるような状況ではないということに気づき――それだけ呟く。

「まだ大丈夫だ。体がきびきびとは動かしにくなっただけで……頭はハッキリしているよ」

 オルクはそう言って笑う。


「それでさっきの……彼女の話だが。私は……私が死ぬまでにお前にはしばらくの間色々と教えねばならないから、この島に来いと言った。とはいえ、一生お前をこの島に縛り付ける気はないのだぞ?」

 サルマはオルクを見、その言葉の意味を考えている。オルクは話を続ける。

「神を支えるため、私は理由わけあってこの島にいることを選んだが……お前までそうする必要はない。島に置いてある水盆は重く、しばらく動かしていないとはいえ、別の場所に移動できぬわけでもないし……島の外に出てアイラちゃんのことを支える方法も、きっとあるだろう」

 オルクは、サルマの両腕を自らの両手で掴む。

「私が死んだら、お前は好きにしろ。私はずっと独り身だったが……お前は所帯を持ってもいいし、故郷の戦士島せんしじまに戻り戦士を兼任してもよいのだぞ。どのやり方が一番よいか……アイラちゃんと二人で話し合って、やりたいようにやればいい」

 サルマは無言でオルクの言葉を聞いていたが――ゆっくりと首を横に振る。

「俺は……アイラを支えることに関しては、オルクの爺さんのやり方を見習うつもりだぜ? 爺さんが良かれと思って選んだ方法なんだろ? それなら、それが一番のやり方だと……俺は思う」

「……サルマ…………」

 オルクはしわの増えた顔でサルマを見上げる。サルマは軽く首を横に振って話を続ける。

「警備戦士と両立するってのも……俺には無理だ、そんな器用じゃねぇ。それに、俺は……やっぱりしきたりに縛られる戦士は向いてねぇし、今更……おさなんかにはなれねぇよ。リーシは認めてくれたとしても……他の戦士のやつらに合わせる顔がねぇ」

 サルマはそこで言葉を途切らせると、ふいに顔を上げ、島を見渡す。

「それに、この島……もうすっかり俺の第二の故郷になってて、居心地がいいんだ……戦士島せんしじまよりもな。だから、別に出ていく気はねぇよ」

「お前がそう言うなら……わかった。好きにしなさい」

 オルクは頷いて、サルマの腕を離す。


「とはいえ、島にずっといられるわけでもなく、剣も探しに行かねぇとだめなんだよな。それまでになんとか教われるもんは教わっとかねぇと。俺が旅に出てる間、爺さん一人島に置いてくと、勝手に死んじまいそうだしな」

「そうだな……確かに、お前に介護されるくらいなら、その前にこっそり死んでおきたい気もするな」

 オルクはそう言ってニヤッと笑う。

「なんでだよ。俺だってちゃんと世話してやるから……もっと長生きしろよな」

「オマエは知らないだろうが……もう十分長生きなんだよ」


 サルマとオルクは浜辺に座り、そんな風に軽口を叩きあいながら――――晴れ渡った青い空と、キラキラと輝く青い海を二人で眺める。


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