第22話 海賊の楽園

「だんだん近くに見えてきたよ! いや~懐かしいねぇ、ヴァイキング・アイランド」


 ケーウッドがはしゃいだ様子で船首の方に駆け寄り身を乗り出す。


 見えてきたその島は、石を積んだ強固な外壁で覆われ、大砲が海に向けてぐるりと備え付けられていて――――まるで要塞のようである。

 その外壁の内側には、多くの海賊船が停められている船着場がある。島の中央には大きな円柱型の石の砦があり、数多くの海賊旗が掲げられている。


「この島には俺もアルゴたちに連れられて一度来たことがあるが……なんだ、やけに今日は停まっている海賊船が多いな。砦から吊るされてる海賊旗も、前来た時はあんなになかったぞ」

 サルマも船首のそばで島を眺めながら呟く。ケーウッドがそれに答える。

「この時期、何年かぶりに海賊たちの集まる海賊会議があるんだよ。僕はそんなの行かなくてもいいかなって思ってたんだけど……キャビルノがこの島にいるなら話は別だね。ついでだし顔を出してみるか」

「なるほど……だからこの島には今海賊たちが集まってんだな。アルゴたちも、その会議に参加するつもりでこの島に来たってわけか。ところでその会議ってのは、オマエの言い方だと自由参加なのか? てか海賊が一堂に会して一体何を話し合うんだ?」

「参加は義務づけられてはいないよ。海賊は自由なヤツらの集まりだからね、たとえ義務にしたってどうせ全員は揃わないさ。会議内容は、海賊どうしの情報交換の他、この島のこと……頭領の選出や、ルールや当番の見直しってとこかな。ま、特に意見のないヤツは行かなくても、会議で取り決めがあった内容は後でカモメ便で知らせが回ってくるから大丈夫だよ。ただし、参加してないヤツに取り決めに対して文句を言う権限はないからね……。僕らみたいに有名で力のある海賊団でなければ、一応参加しておいた方が賢明だろうね」

「頭領? ルール? 当番? この島、海賊のって聞いてたけど、そんなのがあるの? 見た目も全然楽園って雰囲気には見えないし……」

 アイラは不思議そうに島を眺める。ケーウッドは島を眺めたままアイラの問いに答える。

「ああ、楽園って言われる由来はちゃんとあってね。この島には、海賊が金さえ払えば自由に利用できる店や施設が多くあるんだ。この島の外だと、店や施設を利用するだけで足がついて、その度に警備戦士どもに狙われる危険性があるけど……この島の施設はみーんな海賊の味方だからね、何の心配もなく利用できるってわけさ。航海に必要なもの……船の修理やメンテナンス、食料や武器や装備品なんかが全てここで揃えられるようになっている。それだけじゃない。食堂や酒場、浴場、診療所、娯楽施設、お宝の換金所など……あらゆる店や施設も充実しているよ。それに、この島の中央に見える砦には各海賊団のアジトが集まっていてね。海賊団ごとに部屋が用意されているから、宿代なしでいくらでも滞在できるんだ」

「へえーそうなんだ! でも……そんな島があったら警備戦士に狙われない? 海賊が絶対そこにいるってバレてるんでしょ?」

「ああ。だから当番制で、ある程度の海賊団がこの島にいるようにして、警備戦士ごときに破られない程度の戦力が常に保たれるようにしているんだ。海賊は自由な荒くれどもといっても、この島がなくなるのはさすがに惜しいと思ってるからね、たまには協力してなんとかやっているのさ。そうやって過去に何度か警備戦士どもの一隊を退けてきたから、今ではヤツらはこの島に無理に乗り込んできたりはせずに、海に出て来る海賊をちまちま捕まえる方針に変えたけどね。僕もそのやり方は賢明だと思うよ。海賊が集まってるところにのこのこ行くよりかは、バラバラに散らばってる状態で捕まえるほうがやりやすいし。ヤツらにとっても島の中にこもってる海賊よりも、島の外で暴れまわる海賊の方が、民衆に危害が及ぶから捕まえたいところだろうしね」

「ふうん……海賊同士で協力するんだ」

 長いケーウッドの話に飽きてあくびをしているサルマの横で、アイラは熱心にケーウッドの話を聞いている。


「そして……」

 ケーウッドは、ヴァイキング・アイランドの中央の、砦の一番上に掲げられている旗に目をやる。

「あの砦の一番上の海賊旗……あれが、現在の頭領のいる海賊団の旗だ。頭領はこの島で一番力のある役職で、海賊たちに認められた者……海賊たちの中で一番強い者が、頭領となる。あくまでも頭領は個人だから、属する海賊団の知名度や力がなくても強けりゃなれるものだが……決める時は海賊団の知名度に左右されないわけではないとも言えるね。逆に、頭領のいる海賊団はやっぱり一目置かれることになるし」

「ふうん……。ケーウッドさんは強いって聞いたけど、頭領にはなりたくないの? ケーウッドさんの海賊団、知名度も力もあるんでしょ?」

 ケーウッドは右手をひらひらと横に振る。

「僕はゴメンだね。頭領なんて、海賊たちをまとめなきゃならないし、島にいることは多くなるし会議は絶対参加だし……自由を追い求める僕ら海賊団からすれば面倒な役だよ。うちの海賊団はいわば自由な一匹狼さ。他の海賊団と協力するなんて性に合わないし、協力しなくても十分やっていけるだけの力もある。ま、この島の当番の時くらいは協力してやってるけどね」

 そう言ってケーウッドは、目を閉じて前髪をサッとかきあげる。

(カッコつけてそう言ってるが、海賊団って時点で集団だろ。一匹狼とは言えないんじゃねぇのか……)

 サルマはケーウッドを横目で見ながらそう思う。


 ケーウッドは再び島を眺め、話を続ける。

「今、砦の上には『ドゥボラ海賊団』の旗が掲げられているけど……会議の度に頭領をどうするかは議題にあがるから、今回の会議で変わる可能性もあるね。とは言ってもドゥボラのヤツが怖い連中も多いから、反対意見がそんなに出ずに今回も変わらないんじゃないかなぁ」

 ケーウッドはそう言った後、顔をしかめてみせる。

「言っておくが、僕は頭領のドゥボラのことは気に食わないよ。アイツ、頭領になったとたんデカイ顔して、安全なこの島からほとんど出ずに海賊団の部下に海へ稼ぎに行かせて……金を手に入れてはこの島で派手に遊んでの繰り返しさ。全く……未知なる場所への冒険やロマンを追い求めて、命の危険も顧みない……そんな海賊らしさの欠片かけらもないヤツだよ」

 サルマは意外なことを聞いた、という顔でケーウッドを見る。

(コイツ……そんな考えを持ったヤツだったのか。俺と考えが似て……なくもねぇ気がする。稼いで遊んで毎日楽しければそれでいいような、お気楽なヤツだと勝手に思っていたが……)


「さ、そろそろ上陸準備だ。一応海賊の許可があれば君たちも島に入れるからね、アルゴに会うまでは僕が許可人になってあげるよ。ただし、海賊じゃないキミたちにとってこの島は……安全とは言えないから注意しなよ」

 その言葉を聞いて緊張した面持ちになるサルマとアイラを見て、ケーウッドは笑って続ける。

「もっとも、海賊の僕たちだって安全とは言えないんだけど。海賊の楽園といっても、警備戦士がいないってだけで、海賊にとって完全な安全地帯ってわけじゃないから。むしろ警備戦士がいない分……」


 ケーウッドは頭の上の黒い海賊帽をかぶりなおし、改めて島を見る。


「同族のヤツら――海賊の脅威は、島の外以上にあるってことだからね」


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