第23話 海賊砦での再会

 ケーウッドの船は船着場に入り、一行はヴァイキング・アイランドに足を踏み入れる。


 島の中央の砦の下に広がる街並みは、多くの店が並び一見普通の街のようにも見えるが――――そこで買い物をしているのは明らかに普通の人とは違う、武器を持った海の荒くれ者たちであった。


「……街は意外と賑わってねーんだな。おかしいな、海賊はこの島にいつも以上に集まってるはずなんだが……今まさに会議中なのか?」

 サルマはぽつぽつとしか人のいない、がらんとした大通りを見て首をひねる。

 

 街を抜けると、石を積み上げた石壁にぶつかる。そこから壁沿いに歩いていくと、門番が立っている門の前に行き着く。ケーウッドが門番と会話を交わし、門の扉を開けてもらう。


「さ、この門の中にあるのが、各海賊団のアジトがある、海賊砦だよ。たぶんアルゴたちも自分たちのアジトにいるんじゃないかなあ。……ほら、あそこにアルゴたちの旗もあるようだから、少なくとももうこの島にはいるみたいだね」

 ケーウッドはそう言って、掲げられている多くの海賊旗の中の一つを指差す。アイラにも見覚えのあるアルゴ海賊団のエムブレムの描かれた旗が、他の海賊団の旗の中に紛れてはためいているのが見える。


 一行は先程の門から少し歩いて海賊砦の入口にたどり着き、砦の扉を開ける。


 中に入ったアイラは思わず息を呑む。砦の内部には、ゆるやかな螺旋状の階段が壁面に沿ってぐるぐると伸び、一番上まで続いている。道のない砦の中心部分は天井まで吹き抜けになっていて、移動を楽にするためか時折対角線上に簡易な吊り橋が掛けられている。

 そして階段沿いの壁際にはいくつもの扉があり、その扉の先が各海賊団のアジトに繋がっているようである。


「とりあえず、まずはアルゴ海賊団のアジトに行ってみよう」

 ケーウッドはそう言って、螺旋状の階段をのぼって行こうとする。


「文句があんなら目の前来て言ってみろや‼ あぁ⁉」


 突然ドスの効いた怒鳴り声が少し上の方から聞こえてくる。

 声のした方を見上げると……人だかりができており、その中心には、怒りの形相でひとりの海賊の胸ぐらを掴んでいる、アルゴの姿があった。


「す、すいません……」

 胸ぐらを掴まれている海賊が弱々しい声で言うと、アルゴは乱暴に海賊の胸ぐらから手を離す。そして周りで見ている海賊たちに背を向けこちらに向かって歩いてくる。

 その後ろにいる二人……顔をしかめて先程の海賊を不快そうに見ているキャビルノと、おどおどした表情で周りの人々の顔色を伺っているデルヒスも、その後ろに続く。


「……やっぱ怖ぇな、アルゴは」

「だが……アルゴの海賊団が落ちぶれてるってのは事実だよなぁ」

「現に、あんなに腹立ててるってことは、図星ってことなんだろうよ」

「最近警備戦士に捕まってたとかいう噂もあるぜ。あのアルゴが……情けねぇよな」


 周りで見ている海賊たちがひそひそと噂する中、アルゴは黙ったまま螺旋状の階段を降りてくる。

 そしてようやくサルマたちに気がついた様子で、ゆっくりと近づいてくる。


「……サルマ。それに……ケーウッドか、ずいぶん久々だな。てめぇら、一緒にこの島まで来たのか?」

「ああ、通りがかったケーウッドの船に乗せてもらってさ。闇の大穴が広がってからは、俺の船では航海がしづらくなって……」

 サルマがアルゴに話している途中で、ケーウッドが横から割って入る。

「サルマくんからキミの海賊団がこの島にいるって聞いてね。それを聞くといてもたってもいられなくなって、真っ先にかわいい妹に会いにきたんだよ」

「きゃーーっ! お兄ちゃん‼」

 ケーウッドの顔を見たキャビルノが顔をぱっと輝かせて駆けてきて、勢いよくケーウッドに抱きつく。ケーウッドは両手を広げてとびきりの笑顔でキャビルノを迎え入れる。

「キャビルノ! 久しぶりだなぁ! おやおや、また綺麗になったんじゃないか⁉」

「うふふ、お兄ちゃんだってあいかわらず素敵なんだから!」

 兄妹きょうだいが仲睦まじく会話をしている様子をアルゴの後ろで眺めていたデルヒスは、アイラの姿を発見すると、こちらも顔を輝かせて駆け寄ってくる。

「あっ! アイラちゃん‼」

「あ、デルヒスさん」

 小躍りしそうなくらい嬉しそうにやってきたデルヒスに対して、アイラはいつもと変わらない態度でデルヒスを迎える。


 その二組が話を弾ませているのを見ながら、サルマはアルゴに話しかける。

「さっきは何を揉めてやがったんだ? オマエがあんなに本気で怒鳴る姿なんて……初めて見たぜ」

「……見てやがったのか。ちょっと、俺たちの海賊団がバカにされただけだ。ま、いつものことなんだが……影でこそこそしてる態度が気に入らなくて、思わずカッとなっちまった」

「そいつ……例の『ドゥボラ海賊団』のヤツなのか?」

 アルゴは首を横に振る。

「いや、違う。どこのやからとも知らない海賊だよ」

(そんなヤツらにまでバカにされてるのか……アルゴの海賊団は。怒るのも無理ねぇな)

 サルマはそんなことを思った後、ここに来た目的をふと思い出してアルゴに話しかける。

「そうだ、オマエらは大丈夫だったのか? 闇の大穴……ずいぶん広がってたろ」

「ああ、あれには俺たちも驚いた。まさか戦士島せんしじま出てすぐに、闇の大穴の渦が見えるとは思ってもいなかったからな」

「俺たちも……そんなに広がっているとは知らずに、夜、視界の悪い中航海してたもんだから……異変に気づかずに、船を大穴の渦に引っかけちまったよ。偶然ケーウッドの船が通りかかったから助かったものの、あれは正直ヤバかったぜ」

「なるほど、それでそのままケーウッドについてこの島に来たってわけか」

「ああ」


 サルマはアルゴをちらりと横目で見て、本題に入る。

「……あの大穴の様子じゃ、俺の小船だとこの先航海しづらいと思うんだ。だから……よかったらオマエの船で、アイツ……アイラのコンパスの行き先に連れてってくれねぇか。もしお宝が見つかったら、オマエらにもちょっとは分けてやるからさ。……どうだ?」

 それを聞いたアルゴは、アイラの方をちらりと見る。

「……どうやら、仲直りは済んでるようだな」

「ああ……。ま、一応な」

「そうだな…………」

 アルゴは少しの間思案した後、口を開く。

戦士島せんしじまの一件でてめぇには借りもあるし、連れてってやりてぇのはやまやまだが……。悪いが、今はそんなことしてやれる状況じゃなくてな」

「……どういうことだよ。会議がまだ続いてるからか? それなら海賊会議とやらが終わるまでは待ってもいいんだぜ」

 サルマはそう言って食い下がるが、アルゴはゆっくりと首を横に振る。

「……いや……今俺たちの船は、リーシの一隊に攻撃されたせいでボロボロでな。ぎりぎりこの島まではもったんだが、さすがに直さねぇとこれ以上は航海できねぇ状態なんだよ」

「なんだよ、そんなことか。それならこの島で直してけばいいだろ。なんなら直るまで待つぜ。どれくらいかかるんだ?」


 アルゴは口ごもり、目線をサルマからそらして歯切れの悪い様子で答える。

「それが……今この島は、ドゥボラの野郎に……その……なんだ、半ば占領されてるような状態なんだよ」

「……はぁ? どういうことだよ」

 それを聞いたサルマは眉をひそめる。

「この島にある店や施設はドゥボラの支持者以外には使わせないと、アイツが昨日の会議で勝手に決めたらしい。ドゥボラのヤツ、腰抜けで安全な島から出たくないだけなのかと思っていたが……アイツがずっとこの島に居座っていたのはその手回しをする為でもあったみてぇだな。おかげで今では会議でもアイツの支持者が増えて、反対派は少数になってやがる」

「なんだよそれ。ドゥボラのヤツ、この島を乗っ取る気なのかよ」

「……そうみてぇだな。俺はドゥボラ側につく気はねぇから、この島で船の修理はできねぇ。それどころか、食料も買えねぇし食いもんを出す店も使えねぇから困ってるところだ。ドゥボラ反対派は、皆自分の船に残ってる食料でなんとか食いつないでる状況だ」

「それなら、さっさとこの島から出ていきゃいいだろ。店が使えねぇなら、警備戦士に嗅ぎつけられてでも島の外の店に行くしか…」

「それはそうなんだが…………」

 アルゴはサルマの言葉を遮り、険しい表情で続ける。

「今、俺たちの船は破損が目立って、満身創痍まんしんそういな状態だ。そこを、島から出る時にドゥボラの奴に攻撃されたらどうなる。今や、この島にある大砲もヤツらが抑えている。この島にある大砲は警備戦士どもに対抗するために、威力の高い一級品ばかり揃えてあるからな。それで集中的に狙われちまえば……俺たちの海賊団は終わる。おそらく、ドゥボラの野郎もそれを狙っている」

「……そこまでまずい状況だったのか」

 サルマの呟きに、アルゴは頷く。

「今回の海賊会議は明日で終わる。明日までにドゥボラ支持派についた連中を説得してこの状況をなんとかしなければ、俺たちはおしまいだ」


「……それは聞き捨てならないね」

 後ろから声が聞こえ振り返ると、ケーウッドが今の話を聞いていたようで、こちらをじっと見ている。

「この島のことにはあまり関心がなかったけど、ドゥボラに乗っ取られると聞いて見過ごすわけにはいかないな。それに……キミの船が沈んでしまえば、僕のかわいい妹も海の藻屑もくずとなってしまう。それだけはゴメンだよ。……わかった。僕も明日の会議には参加して、何とかしよう」

「ああ、お前みたいな知名度も力もある海賊が味方になってくれりゃ心強い。お前が皆を説得してくれたらきっと……」

 アルゴの言葉を遮って、ケーウッドは首を横に振って言う。

「でも、僕は大したことはしてやれないよ。キミが中心になって動いてくれなけりゃ、この島を取り戻すことはできないと思うね」

「……だが、俺は……今じゃこの島の海賊どもにも馬鹿にされる程度の、力のないただのさびれた海賊団の船長だぜ?」


 それを聞いたケーウッドは白い歯を見せてニヤリと笑う。

「そんなことないよ。キミは剣の腕がたつから、未だ多くの海賊や戦士どもに恐れられているし。何より、かの有名な海賊団、『フランクリン=ロッド海賊団』の一員だった『豪剣のルゴルス』――――キミのお爺さんの知名度は凄まじいものがあるからね。その孫ってだけでも一目置かれているよ」

「フランクリン=ロッドだと? それって……百年前に世界中の海を暴れまわった、海賊の先駆けで、このヴァイキング・アイランドを作ったっていう……?」

 サルマはそれを聞いて目を大きく見開き、ケーウッドを見る。

「ああ。アルゴの祖父――ルゴルスは、ロッド船長の右腕……言わば副船長のようなものだったんだよ。知らなかったのかい?」

(……アルゴの爺さんが剣豪だとかで、何かと有名だってのは聞いたことはあったが……まさかそこまでとは……)

 サルマは口をあんぐりと開けている。アルゴは苦々しい顔で言う。

「……爺さんがいかに有名で、その一人息子の親父が多くの海賊を率いた大海賊団を持っていたとはいえ……その海賊団を引き継いだ俺のもとには、今や二人の船員しかいない。こんな俺じゃあ海賊どもは付いてこねぇだろうよ」

「……不運が重なっただけだ。決してキミが無能だったわけじゃない。僕はそう思うけどね」

 ケーウッドはぽつりとそう呟いた後、アルゴを意味ありげな目つきで見る。

「それに……ロッド船長の残したこの島が、ドゥボラみたいな奴のものになるなんてことになったら、キミのお爺さんは悲しむと思うけどなぁ」

「………………」

 アルゴはその言葉を聞いて黙っている。


 ケーウッドは海賊コートをひるがえして後ろを向き、手をひらひらと振る。

「じゃ、僕はここで。今日はひとまずアジトで一息ついて……できればドゥボラ支持派のヤツらを説得してみるよ。明日、会議の場で会おう」


 そうして背を向け去ってゆくケーウッド海賊団の一行を、アルゴは黙ったまま見送り――――少しうつむいて、自分の腰につけてあるにそっと触れる。

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