第9話 東の果ての島

「……そろそろ次の島が近づいてきたな」


 豊かな緑と大きな滝の見える島が、前方に見えてくる。

「あれは地図には載っていない島で……俺は『東の果ての島』と呼んでいる。俺が知る限り、東の最果ての島だ。あそこより東へ行っても、濃い霧に阻まれて船は進めないからな。時間も遅いし、今日はあそこで一旦休んで……」

 サルマはそう言いながら、アイラの方を振り返る。アイラは帆を張った柱にもたれて座り、ずっとコンパスを眺めている。

「なんだ? まだメリスとうのことを考えてるのか?」

「……うん」

 アイラはコンパスから目を離さぬまま、目に涙を浮かべている。

「……あんな風に炎に包まれちまったんだ。あの島には船もないって話だし……生き残ってるやつがいたら奇跡だろうよ」

「…………」

 アイラはまだコンパスから目を離さない。サルマはいつまでも落ち込んでいるアイラにイライラして、声を荒げる。

「ったく、悲観的にばっかなってねぇで、少しは自分が助かったことを喜べよ! オマエだって、つい昨日まではあそこに……」

「……わたしが……」

 サルマの言葉を遮って、アイラは目に涙を溜めたまま話しだす。

「わたしがこのコンパスを持って旅に出なかったら……コンパスは敵が来るってちゃんと島のみんなに知らせて、ミンスさんや島の人たちを助けたかもしれないのに……」

「な、何言ってんだよ! それとこれとは関係ねぇだろ⁉ むしろオマエはそのコンパスにちゃんと助けられたんじゃねぇか!」

「それなら……なんでコンパスはわたしだけ助けて、持ち主のミンスさんには島から出るように針を示さなかったの? わたしだけ助けるなんてそんなのひどいよ……。わたしひとり残してみんな……大切な人達に大切な故郷……みんな失ってしまうなんて……」

「………………」


 サルマはアイラを見ていたが、くるりと背を向け海を眺めながら呟く。

「……オマエは幸せだな」

「⁉ なんでっ⁉ わたしの大切なもの……みーんな奪われたんだよ⁉」

 アイラは激しい口調でサルマに食ってかかる。サルマはそれに動じず海を見つめたまま言う。

「それでも……オマエはまだいいじゃねぇか。奪われたことに怒り震えるほどの、自分にとって大切な故郷や人や思い出が……たくさんあるんだからな」

「……サルマさん?」

 アイラはようやく落ち着きを取り戻し、同時にサルマのいつもと少し違う様子に気がつく。


 サルマは黙って帆を畳む作業に入り、横目でアイラを見てぼそりと言う。

「……ほら、着いたぜ。東の果ての島だ」


 それを聞いたアイラが手の中のコンパスを見ると、針がくるくると勢いよく回り始める。



「ねえ、サルマさん」

 島に船をつけ、船から降りたところでアイラが尋ねる。

「あの黒い変な波……闇の大穴のうねり……って言ったっけ。わたし、闇の大穴とかあの黒い船のこととか、そのあたりのことよくわからないんだけど、サルマさんは何か知ってるの?」

「まぁ……俺も噂というか昔話というかそんな知識しかねぇし、よくは知らない。そのことなら……たぶんこの島でわかると思うぜ。この島には俺の知り合いで物知りな、オルクって名前の爺さんがいる。その爺さんに聞いてみようぜ。ついて来な。あの前に見えてる森の奥か、滝のあたりにいるはずだ」

 サルマは緑の生い茂った深い森の中に入っていく。アイラも慌ててサルマについて行く。



 二人はしばらく森の中の小道をまっすぐ歩き続ける。アイラは色とりどりの花や変わった形の葉をもつ植物や、見たこともない動物や虫などに関心を示し、辺りをきょろきょろと見渡しながら歩いている。

(同じ森でもメリスとうの、ログさんのいる森とはずいぶん違うんだなぁ)

 思わぬところでメリスとうのことをまた考えてしまい、アイラは見ていた植物からそっと目をそらす。

「ねえサルマさん。島に入ってから誰にも会わないけど……この島って人がいないの?」

「ああ、オルクの爺さん以外はいねぇな。東のはずれのこんな辺鄙へんぴなところに住む変わり者は爺さんくらいなんだろう」

「……でも、緑豊かできれいな島だね」

「……まぁな」


 二人は森のひらけたところに出る。そこには水たまりのようなものがあるだけで、先へは行けず行き止まりになっている。サルマは首をひねり、きびすを返す。

「いつもはこの時間だいたいここにいるんだが……早めに寝床に行っちまったかな。行こうぜ。森の中にもいなかったし、ここにいなけりゃたぶん滝の方だ」


 アイラはサルマの言葉に頷くも、水たまりを前にして、はたと足を止める。

(あれ、水たまり……? 雨降ったのかな? 他の場所には水たまりなんてなかったけど。でも池にしては小さいし……)

 アイラは不思議に思って中をのぞく。

「…………!」

 アイラは水たまりから飛び退いて離れ、サルマの方に駆け寄ってくる。サルマはその様子を見て不思議に思い尋ねる。

「なんだ? 水の中なんかのぞいて……どうかしたのか?」

「サルマさんっ! あの中から……誰かにのぞき返された気がした!」

「は? 何言ってんだ……んなわけねぇだろ。自分の顔が映っただけじゃねぇのか?」

 サルマは呆れてそう言うが、あごをさすりながら水たまりの方を見る。

「だが、そういや俺も……その場所気になってるんだよな。初めてこの東の果ての島に来た時、お宝のニオイをたどって、この島とそこの水たまりに行き着いたわけなんだが……。ただその時詳しく調べてみたが、本当に何もなかったぜ? 何か秘密があるとにらんでオルクの爺さんに会うたび詰め寄ってるんだが、お宝なんてねぇって言われるし……」

「お宝の……?」

 アイラがいぶかしげにサルマを見る。

「前に言ったろ。俺はどんなお宝のニオイも嗅ぎつけ、どんなに隠された秘宝をも探し当てる、宝探しの達人として知られる盗賊サルマ……ってな。俺は他の盗賊とは違って、お宝のニオイがわかる。ニオイのするところにはどこにだって飛んでいく盗賊なんだぜ?」

「ふうん。……そういえばサルマさん、メリスとうでもお宝探してたよね。あれって見つかったの?」

 サルマはそれを聞いてギクリとするが、顔に出さないよう笑ってごまかす。

「ああ、あれな……俺の勘違いだったか、見つからなかったな。まぁあん時は船が壊れてそれどころじゃなかったしな……」

(……コイツとコンパスからニオうってのは言わない方がいいか。前にコイツのことニオうって連呼した気もするが……コイツは忘れてるみたいだし大丈夫だろ)

 サルマはそう思いながら、アイラを横目で見る。

(水たまりもメリスとうのお宝もどっちもハズレみたいだし、結局その匂いっていうのはあてにならないんじゃ……)

 一方のアイラは、今の話を聞いてそう判断した。

「とりあえず、滝の方へ探しに行こうぜ」

 サルマはそう言って、アイラとともに来た道を戻り始める。



 サルマとアイラは滝の下にたどり着く。水が上からドドドと音を立てて勢いよく流れ落ちる様子を、アイラは目を見開いて眺めている。

「わぁ……すごいなぁ。水が上からあんな勢いよく……」

「滝を見るのは初めてか」

「うん。メリスとうには……あんなのなかったよ」

 サルマは滝を見上げて言う。

「爺さんは、あの滝の裏にある洞穴を寝床にしてるんだ。雨風がしのげるのはあそこくらいだって言ってな。そこに行ってみるぞ」


 サルマとアイラは滝の横の崖道を登ってゆき、滝の後ろにある洞窟へと入ってゆく。

 少し奥に進むと、中からパチパチと焚き火の燃える音がし、ほんのりと灯りが見える。

「お、爺さん今いるみたいだ」


 灯りのある方に進むと、洞窟内の小さな空間に部屋のようなものがこしらえてある。

 そこに少し茶色がかった灰色の、髪の長い老人が、目をつむって腕を組み、あぐらをかいて焚き火の前に座っている。

 あごには先端になるにつれ細くなる髭をたくわえ、腕には翡翠ひすいのようなみどり色をした丸い石がついている木の杖を抱えており、古くてぼろぼろのマントを着ているものの、まるで賢者のような風格をしている。

 老人とはいえ背筋がしゃんとしているため、老いぼれた感じは一切なく、どことなく若々しく見える。


「おっす、オルクの爺さん」

 サルマが声をかけると、オルクと呼ばれた老人は目を開いてサルマを見る。オルクの右目は長い前髪で完全に隠されており、見えづらくはないのかな、とアイラは不思議に思う。

「サルマか……? お前、またここに帰ってきたのか……。しょうがないやつだな」

(……帰ってきた?)

 アイラは不思議そうにサルマとオルクを見比べる。サルマは少しバツの悪そうな顔で、オルクから目をそらす。

「今日は……ただちょっと聞きたいことがあって立ち寄っただけだよ」

「……聞きたいこと? 一体何だ?」

「旅の途中でコイツに会ったんだが、コイツが妙なコンパスを持っててな。なんでも持った人の行くべきところを針が示し、居るべきところにたどり着くと針が回るって代物しろものなんだが……おい、この爺さんに見せてみな」

「……うん」

 アイラはオルクの前まで行き、手に持ったコンパスを見せる。コンパスの針はいつものように、くるくると勢いよく回っている。


 それを見たオルクは目を大きく見開く。

「……! これは……‼」

「爺さん、何か知ってるのか?」

 サルマの問いには答えず、オルクはアイラの顔を見て尋ねる。

「お嬢ちゃん、名前は?」

「アイラ……です」

「アイラちゃん……か。私はオルクと言ってね、この島にひとりで住んでいる老いぼれ爺さんだよ。ところで、アイラちゃんはもしかして……メリスとうの出身じゃないかい?」

「う、うん! なんでわかったの⁉」

「何だよ爺さん、何か知ってるんなら教えてくれよ!」

 アイラとサルマは身を乗り出し、同時にオルクに尋ねる。


 オルクは二人の質問には答えず、杖をついてゆっくりと腰を上げ、この部屋に置いてある数少ない荷物の中から何かを探しだし、両手で大事そうに持ってくる。

 そして、その探し物――――細長くて布でくるまれたものをアイラに差し出し、にっこりと微笑む。


「私は……アイラちゃん、君のことをずっと待っていたんだ。とうとうこれを渡す役目を果たせる時が来たようだ」


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