ディール島編
第27話 ディール島
アルゴたちの船の修理が終わり、アイラとサルマ、そしてアルゴ海賊団の一行は、コンパスの針の示すとおりに、ヴァイキング・アイランドから北に向かって船を進めていく。
そのまま長い間航海し続けたある日のこと。アルゴたちは一晩明かすため、大きめの岩場につけて船を停める。
その夜、アルゴは、アイラとサルマに向かって尋ねる。
「コンパスは、まだ北を示しているのか?」
「うん、そうだよ」
アイラがコンパスを見ながら頷く。アルゴはそれを聞いて眉間に
「そうか……まずいな。ここから北へ行くとディール
アルゴはサルマを見る。
「闇の大穴の渦もこんな北まで来るとさすがに大丈夫そうだし、ここから先、ディール
「そうだな、わかったよ。じゃ、今日のところはもう遅いしこの船で一休みして……明日の朝、俺たちはディール
サルマはアルゴの意見に賛成して頷く。
次の日の朝、サルマの船はアルゴの船のつけてある岩場から出発し、昼頃にはディール
「アルゴの言ってたとおり、島の周りの見張り台や船から、すでに多くの
そう言ってサルマは島を眺める。
その島の景観にアイラは息をのむ。まず目に入るのが――島の中央にある、
ドーム型の大きい屋根を持つ建物が中央に、そしてその両側に細長い塔が二本建てられている。塔と中央のドーム屋根の建物は下の部分で繋がっている。そんな建物の外には広大な庭が広がり、その周りを高い塀がぐるりと取り囲んでいる。
それらの塀や建物は、全て眩しいばかりに輝く白い大理石で造られている。
そしてこの島には、もうひとつ目を引くものがある。それは――――この島の上を人を乗せて飛んでいる、数多くの空飛ぶ絨毯である。
「なんだありゃ! あんなもんがあるのか? あんな簡単に空なんて飛べりゃあ、俺たちみたく闇の大穴の渦に引っかかったりして苦労しねぇのに……なんでこの島の外には普及してねぇんだよ」
「本当だ! すごい……空なんて飛べるんだ!」
アイラは目を輝かせて、空飛ぶ絨毯を、そしてその下に広がる綺麗な街並みを眺める。
街にはドーム型の色とりどりの丸い屋根をもつ建物がたくさん見られる。道もきちんと舗装され、綺麗な細かい白砂の道が四方に向かって広がっている。
街を行く人々の多くはターバンや布を頭に巻き、ふんわりと膨らんだ独特の形のズボンを履いている。一部の女の人は色とりどりの綺麗な薄くてひらひらしたサテンのドレスを身にまとっている。
アイラは島の中央の建物を指差して言う。
「ねぇ、あそこが皇帝って人の住んでるところかな?」
「そうだろうよ。いつだって権力者は自分の権力の大きさを見せびらかしたいもんだからな。島で一番立派なあの宮殿には、おそらくディール帝国の皇帝が住んでいるんだろう」
「あんなすごい建物に住んでて、兵士もたくさん持ってて……皇帝って本当にすごい力を持ってるんだね。だったら、その皇帝って人に頼めば闇の賊退治に協力してくれたりしないかな?」
「……オマエ、皇帝っていうのは力を持ったすごい人って認識しかねぇな? 皇帝ってのは、警備戦士の
「……そうなんだ」
アイラは少し悲しそうな顔になる。
サルマは船を船着場に停める。そこに
「お前は……よそ者だな。どこから来た。身分を証明するものはあるか」
サルマは
「俺はただの旅人だよ。証明になるかはわからねぇが……俺は戦士島の出身で、親類に警備戦士がいる。その船は、その親戚から借りて乗ってるものだ」
そう言ってサルマは紅竜の船を親指で差す。
「確かに、紅竜の船首があるようだ。……よかろう。船を貸してもらう仲の警備戦士がいるのなら、賊ってことはあるまい。ただ、船をここに停めるのならば、その代金として銀貨一枚いただこう。この島は全て皇帝陛下の御土地だからな」
サルマはそれを聞いて苦々しい顔をするが、麻の巾着から銀貨を取り出して
兵士が立ち去ると、サルマは大きくため息をつく。
「はーあ、なんか話してて肩の凝るやつらだな、
「うん……。あ、そういえば、コンパスの針は……」
アイラはコンパスを背中にしょっている袋からごそごそと探し出し、取り出す。その目が大きく見開く。
「サ、サルマさん! コンパス……回ってないよ⁉ この島って、目的地じゃないのかも……!」
「何だと⁉」
サルマもコンパスを覗き込む。その針は――――まだ北を示している。
「どうしよう……引き返してアルゴさんのとこに戻る?」
アイラはサルマを見上げて言う。
「……しかし……来ちまったものはしょうがねぇ。船の停め賃も払っちまったし、今日一日はこの島を探索してみようぜ。この島は、この世界でも一二を争うでかい島なんだ。もしかしたら、この島の中の行くべき場所がもうちょっと北だって示してる可能性もなくはねぇ。試しに島をぐるっと回ってみよう」
「でも、今までは目的地の島に着いたとたんくるくる回ってたけどなぁ」
アイラはそう言って不思議そうにコンパスを眺める。
「ま、この島は、今までの島とは比べ物にならねぇくらいの大きさだからな。……とりあえず……腹が減ったな。昼飯にすっか。この大通りにはそこら中に店があるようだし、食いもんくらいすぐ見つかるだろ」
サルマはそう言って、アイラを連れて店のある通りに入っていく。
「ふー……美味しかったけど、結構辛かったね。あんな料理初めて食べたよ」
アイラとサルマは食事を済ませて店から出てくる。アイラは舌を出して顔を赤くして、パタパタと手で自分の顔を
「あれはタリーっていう香辛料の効いた煮込み料理だ。オマエみたいなお子様にはまだ早かったかな。俺も初めて食ったがなかなか旨かった……のはいいんだが、なんだよあの値段! ぼったくりにも程がある……と思ったが……この市場を見てる感じでは、どうやらこの島……いや、この国は物価が相当高いようだな」
「ぶっか? なあにそれ」
アイラが首をかしげる。
「物価ってのはだな、物の価値のことなんだが……。うーん……例えば、同じものひとつ買うにも、島ごとに値段が違うって話だよ。さっきみたくこの島は物価が高いっつったら、ものを買うのに他の島よりも多くのカネが必要になる、って意味だ。正直俺も難しくてよくわからねぇんだが……たぶん、そういうことだ」
「ふうん。じゃあおカネが好きなサルマさんにとっては居づらい場所だね」
「……ま、そのとおりだ。もしここが目的地じゃねぇならさっさと離れる方がいいかもな。とりあえずひととおり探索はするが……俺の考えはさっき言ったとおり、この島の中での行くべき場所がもうちょっと北だと示しているって可能性もあるって事だ。それを確かめるには、この島の北端まで行ってみることだ。そこでまだ北を指してるようならこの島が目的地じゃねぇってわかるだろ。だが、なにしろ今まで行った島と比べて桁違いに広い島だからな。徒歩で行くわけにもいかねぇし……移動手段を考えねぇと」
そう言ったサルマは、ふと目に付いた、たった今空から降りてきた空飛ぶ絨毯を見る。
いかにも豪華そうな立派な絨毯から裕福そうな太った男が降りて、小綺麗な格好をしている細身の少年に硬貨を一枚渡す。少年はうやうやしくそれを受け取り、男に向かって深くお辞儀をする。
「あれって……もしかして、金払えば乗せてくれるんじゃねーか?」
「え、本当⁉ わたし乗ってみたい!」
アイラが目を輝かせて言う。
「ああ、島を周るにもあれに乗ると手っ取り早そうだしな。よし、行くぞ」
サルマはアイラにそう言った後、先程の少年に向けて話しかける。
「おい、それ……金払えば乗せてくれるのか? 島の一番北側まで乗せて欲しいんだが」
少年は、サルマのことを上から下までじろりと見渡す。
「……旅人さん? お金は……あんまり持ってなさそうだね」
(な、なんだこのガキ……生意気なこといいやがって。てか、明らかにさっきの男の時と態度が違うじゃねぇか。同じ客だろーが!)
サルマは内心そう思ったものの、ぐっと
「で、いくら払えばいいんだ?」
「この絨毯は乗り心地もいい最高級品だからね。金貨一枚、てとこかな」
サルマはそれを聞いて眉を釣り上げる。
「はあ⁉ 金貨⁉ 足元見やがって……銀貨の間違いじゃねぇのか⁉」
「金貨だよ。なんだ、やっぱりおじさんお金ないんだね。悪いけど僕、お金持ちしか相手にしないんだ。もし安値で絨毯に乗りたいなら、裏通りで絨毯乗りを探しなよ。ボロっちい絨毯でよければ安値で乗れると思うよ。……ほら、あそこの道から裏街に行けるから」
少年はそう言って、きらびやかな表通りとは対照的に、細くて暗そうな裏道を指差す。
「お、おう……。ありがとな、ぼうず」
サルマは生意気なヤツだと思いつつも、役に立つ情報を教えてくれた少年に礼を言う。少年はぼうずと呼ばれたことが不快な様子で、眉間に
サルマとアイラは少年から聞いた細い裏道を通り、薄暗い裏街へと辿り着く。
そこは表の通りと比べてどこか薄暗く、そこにいる人たちはボロボロの衣服をまとい、多くは褐色の肌をしている。
「なんか……表の通りとは違う感じだね」
「綺麗で立派な国かと思いきや、裏ではこんなところもある……こういうもんさ。……お?」
サルマは絨毯を天日干しにしている、黒髪を頭の高い位置で結んでいて褐色の肌をした、アイラと同じくらいの背丈の少年に目をやり、声をかける。
「オマエ、絨毯乗り……とやらか?」
褐色の肌の少年はこちらを振り返る。
「うん、そうだよ。もしかして……お客さん?」
「ああ。ちょっと島の最北端に行きてえんだが……」
少年はそれを聞くと目を輝かせる。
「うん、任せてよ! 僕の絨毯はちょっと古いけど、その代わり安くしとくよ! そうだなぁ……銅貨五枚でどう?」
サルマはそれを聞いて頷く。
「悪くねぇな。ところで、その絨毯ってのは二人乗れるのか? 後ろのコイツも一緒に乗せてぇんだが」
そう言ってサルマはアイラの方を親指で指し示す。少年はアイラを見て少し考え、頷く。
「……うん。この絨毯本当は僕合わせて二人乗りだけど……お客さんは荷物も少ないし、その子なら軽そうだから大丈夫かな。やってみるよ。僕は、絨毯乗りのラビっていうんだ。よろしくね、お二人さん」
絨毯乗りのラビは、後ろにいるアイラにも微笑みかける。アイラは久しぶりに同じ年頃の子供と出会えて嬉しくなり、にっこりと笑う。
「うん、わたしはアイラっていうの。よろしくね、ラビ!」
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